2017年・九州~関東 巨樹旅4

〇9日目

 いやー、まいったまいった。
 朝、京都市内で、写真仲間のto-fuさん(「with photograph」)と合流。
 売り言葉に買い言葉で、京北の山中に存在するというスギ巨樹群を目指したのですが……。

 彼いわく、

「下見に途中まで行ったら舗装が切れてて、四駆の方が良かろうと感じました。
 そこらの木からヒルがボトボト落ちてきたり木の幹には熊のマーキングだらけ…
 という状況なら即退散して都会でコーヒーでも飲みましょう 笑」

 まー、そんなことはまず起きないでしょ、ははは、と、正直軽く見ていましたが。

 後から思えば、前回の台風にへし折られた倒木で林道が塞がれていたのからして、先の険しさの暗示だったのかも。

 一本ものの倒木は、(当然ながら)どうもできず、路肩の茂みを強行突破。
 ガサガサガサ! すすめすすめ、ヘッヘッヘッ。

 その後、予告通りに舗装が切れ、ダート、ぬかるみ、水たまりが深い! ラリーか!
 こ、これは、完全に、楽しい!? (すげえ揺れてる)
 予想外に(それも頻繁に)スバルの四輪駆動の頼もしさを味わう道中でした。

 数キロ続く上りを越えると、車止めのチェーンに阻まれました。
 ここからは合羽上下を着込み、徒歩で巨樹群落を探す。
 雨にけむる果てしない山林を望み……そう、まさに今口にするのにぴったりな格言を知ってる。

 「樹を隠すなら森」

 携帯は圏外。
 落ちている栗のイガは全て空。
 雪崩や地滑りの跡多し。

 そもそも観察路への入り口がわからずにさまよい……ついに目的の「伏条台杉群生地」に辿り着きました。
 巨樹の個別ページを見て頂ければ一目瞭然ですが、この森は……まさに魔界と呼ぶにふさわしい……。

 土地勘がないのはもちろんですが、例え存在を知っていたとしても、この凶暴とも言える巨樹たちに到底独りで立ち向かえたとは思えません。
 to-fuさんの導きに心より感謝します。

片波川源流域伏条台杉群生地
平安杉

 すっかり忘れていましたが、ドライブレコーダーの動画を保存していたので、これも記念にアップしておきます(駄菓子のおまけレベルです)。
 動画だと、さほどひどい道に見えないのが不思議ですが……まあ、行きの道中、先がわからないのが一番怖いんですよね。

 話によると、現在ではちゃんと舗装がつながったようですが、森の深さを侮らないように。
 できれば観察ツアーなどに参加することをお勧めします。

 下山まで至れば、苦難も疲れも充足感の一部に転化されます。
 コーヒーで冷えを癒しながら、次回は奈良のRYO-JIさん(「The B grade ・・・」)も交えて巨樹巡りをしよう! と盛り上がりました。

 ……それはほどなくして実現され、いっそう珍道中に磨きがかかるのですが、この時点ではまだ先のお話。
 (「徳島・高知 四国巨樹探訪旅」をご覧ください。)

 漠然とした今後の方針を伝えたところ、to-fuさんから有益なアドバイスが。

 「東へ進むのであればこれはもう前方に琵琶湖が立ちはだかるのだけれども、一見して湖の南側を進むと決めてしまうのは浅はかな考えである。
 何故ならばそこは慢性的かつ悪夢的混雑が続いておる道筋で、だからと言って琵琶湖が眺められる訳でもない。

 少しでも快適に進みたいのであらば北側のルートを選ぶのが良かろう。……」

 現地の人からのリアル情報には従うべきです。
 北湖岸を流しながら福井方面を目指し、岐阜・長野方面へ突入を図ります。
 しかしながら、まず琵琶湖をなめてはいけない。あれはでかい。
 北岸のいずこかで今晩の宿営地を見つけることとしました。

 京都の夜=真っ暗というのが率直な印象。
 以前それこそto-fuさんとこに遊びに行った際、夜の京都をスナップをする! などと息巻いて完全敗北したのを思い出します。

 滋賀に入るとなおさら暗い。まっくら。
 ナビをチラ見るに、本来この視界には広大なびわこが見えているはずなのですが……。

 闇が濃すぎて気配すら感じられない。琵琶湖じゃなくてブラックホールがあるんじゃないのかな。

 途中、コンビニ飯をさみしく食べ、改めて疲労が実感されました。
 疲れたが楽しかったオフロード。
 しかし、長距離移動は絶対的オンロード。
 オンロードかつオフロードでいなければならない。これは悩ましい。
 オンロード、そしてオフロード、オフロー……お風呂。

 そう、お風呂に入りてえよ。
 調べると、まだ入浴可能な施設が10キロ圏内に! いそげ!

 ……むち打って飛ばしてきたものの、雨強くなる中、エントランスは開かず。
 宿泊施設と入浴施設が合体したようなそこに、モノ言いたげにしばらく突っ立っていると、ようやく係の人が気づき。

 僕:「あのう……おふろ」
 人:「すいません、もうやってないです」
 僕:「そんなことあるか! まだ20時台ですよ?」
 人:「今月から営業時間が変わったんです」
 僕:「オーマイ」

 雨また強くなり、車に戻るまでにもまたいくらか濡れて冷たく。
 惨めになりそうだったので、せめてフォレさんを餌付け(燃料)し、とぼとぼ琵琶湖畔の道の駅に向かいました。
 エンジンを唸らせ続けるトラック集団から距離をとり、真っ暗な駐車場で仮眠準備。
 手洗いでタオルを濡らしてきて身体を拭き、着替えだけはします……。

 この旅のハイライトと言って間違いない数日間を振り返る。
 ここから先の目的地は標高が高くなり、季節の進みも早くなる。
 無理せず、ネットで宿を予約することにしました。
 車中泊も5泊続くと感動はないし、どうにも世知辛くなってくる。

 いや、きっとルーフを叩き続けるこの雨音のせい……。
 いかんいかん、後ろを振り返るのは駐車の時だけでいい。
 疲れたならもう寝るに限る。……

〇10日目

 九州から走り始めた旅は、いよいよド真ん中日本・岐阜県に突入です。
 夜は明けたものの、道すがら琵琶湖を望むことはかなわず。いつかわざわざ見に行くべきかもしれない。
 朝靄の中北上、間も無く滋賀県を出て、福井県敦賀市に入ります。
 ああ、敦賀には行ったことがある。気比さんとカツ丼(ソース)とラーメンと原発と松原と八百比丘尼の町。
 寄りたいが、これもまた今度にする。

 山がこんもりとしてきて、「そばまつり」のノボリに気を惹かれたりしつつ、スノーシェッドをくぐり、水力発電所を見かけ……
 そうして、岐阜県をどこかに見失ったまま、目的とする巨樹の所在地に近づいてきたようです。


 と思ったら、猿! 猿注意!
 車の前を堂々と横切って橋の欄干に飛び乗ると……あっ、威嚇します!
 なにおう、くそ猿!

 よかった、舗装は切れなかった。
 ここは岐阜県郡上市白鳥町。最も山深い位置で福井県と境をなしている岐阜県の町です。

 大変歴史ある「白山中居神社(はくさんちゅうきょじんじゃ)」。
 この辺りは山全体が神域と言える土地で、その昔は村人全員が神職であったとか。
 こんな山深くにあるというのに、戦国武将など、ものすごいビッグネームからも大事にされていたようです。
 身を置けば、自然と気が引き締まる感じがあります。

 神社裏手にある杉巨樹を見に行きます。
 なるほど、ここから300メートルね。なんてわかりやすい立て札だ(それしか書いてない)。

 と、その300メートルがまあまあ辛い。軽登山、登攀続きで、だんだん道ではなくなってくる。

「浄安杉」

 サンダル履きでコンビニにガムでも買いに行くみたいな距離にもかかわらず、それにしては随分息を切らせ、目的の素晴らしい巨樹「浄安杉」に出会うことができました。
 なんという逞しい杉だろう。大変に感動しました。

 白山中居神社へ戻り、本当のご神木を訪問しに仕切り直します。
 そう、ここでもし「さあ帰るか!」なんて言ったら、全国あまたいる巨樹愛好家の皆さんに往復ビンタを食らってしまいます。
 その樹に会うためには、神社脇の細い道を7キロ、白山中居神社の恐ろしく広い「境内」を走っていかねばならない。

 そもそも「中居」という言葉からして、白山頂上と白山長滝寺というお寺を結ぶ信仰の道のちょうど真ん中にあるという意味らしく、ここが最深部などではないと示している。
 前述の通り、かつて石徹白の村人は皆神に仕える身の方々だったそうで、どの藩にも属さず苗字帯刀も許されていたというから、その格式の高さたるやすごい……。
 現在はこの一帯が「白山国立公園」とされています。

 湧き水で小さな洗い越しのようになっていたり、落石をどけて進んだり……(数年後に再訪した夜には熊の子供を見かけましたが……)

 狭い一本道でノーガードレールですが、舗装は切れず、ちゃんと管理してくださっているのはありがたい。
 終着点には広めの駐車場があり、白山への登山ルートの始点ともなっています。
 下車。準備を整え、山道に入ります。

 「大杉まで三百四十米」。
 ひたすら、……石段を……登れば、良いのですが……やたら疲れるのはどうして。
 登山の方々に笑われてしまいますが、この地点ですでに海抜1000米程度あるらしく、多少は運動に影響があるのかも?

 学生時代、900米にある富士の建設作業研修施設にぶっこまれたことがあったけど、ポテトチップの袋はあほみたいにパンパンだったし、ビオレとか、ああいうクリームのフタを開けた途端、プーとか吹き出るのね? あれには笑ったと同時にうすら寒い気がした。ご飯はべちゃべちゃだったし、カナブンは大発生していた。

 というより、長旅の疲れが出ているのか、あるいは風呂……いけない、それは忘れることにしたんだろうが。
 今、風呂と言った奴は誰か! はっ、こいつであります! ナニー、貴様か!
 そら見たことか、思い出してしまったじゃないか。
 昨日逃げていった私の風呂。今、どのあたりを逃げているのでせうね。

 ……とか無駄口叩く暇があったら登ったらどうです?(自分の右親指と会話している)

 馬鹿に時間のかかる340メーターを超え(登るのも大変なのに、この石段作った人もいるんだから、ものすごい)……
 「石徹白の大杉」の前へ駆け出、待ち望んだ対面を果たしました!

「石徹白の大杉」

 巨大でありながら静かに直立する白い杉。
 巨樹探訪の醍醐味を象徴するかのような素晴らしい体験でした。

 遠い世界に辿り着いた達成感を感じる……。
 この「辿り着くまでの努力」がしっかり旅になるところ、巨樹探訪良いなあと思う理由です。
 「何かのついで」とか、「一足伸ばして」とか、そういう感じで来られる場所ではありませんが、必ず再訪しようと心に決めたのでした。

 さあ、どんどん下って、高山市を目指します。
 そこにも見るべき巨樹があったからですが……あの有名な高山市に入るというのに、おそらくこのルートは間違っている。

 あの有名な高山市に入るのに、延々何キロもノーガードレール、対面通行不可……荒れた路面の坂でジャンプしたり、こんなルートはおかしいと思いませんか。
 あほナビめ……と悪態をつきつつ、実は結構おもしろかった(あんたもおかしい)。

 あの有名な高山市ですが、つまり市町村合併のせいでしょう。
 コンピュータは最短のルートを指した。乗る人のことはまるで関係ない……お前らグルだな?(ナビコンピュータと四輪駆動がグル)。

 などと、「治郎兵衛のイチイ」「千光寺の五本杉」を巡りました。
 国天指定の不思議に考え込みつつも……そう、実際自分の目で見なければわからないことは多いのです。

治郎兵衛のイチイ
千光寺の五本杉

 この時点ですでに15時を回り、しかし食料を購入できる商店に出くわさず、飢餓状態に陥りました。
 実際何を食べたのか記憶にないし、ドライブレコーダーを遡っても、どこにも停まらないので、「耐えた」のでしょう……。

 高山市街に入り、郵便局で現金を下ろしはした。
 そう、昨日までは現金がないなら車で寝れば良かったのですが、今日は違います。ちゃんと宿をとっているんです。
 宿……ああすなわち安らぎです。やはりぐっすり眠るなら車輪がついてないものの中に限ります。それに風呂……ああまた……。

 えらく昭和仕様を貫いているビヂネス・ホテルにチェックイン。
 フロント係の人たちの制服まで昭和じみてるが、それでもスマート・ホンでもって、インター・ネット予約ができるのだから、今は間違いなく21世紀です。
 電気のとこに差し込むプラスチック片付きのルームキーが出て来るまでの間、お客さんをホッとさせてあげようという配慮か、カウンター下の蒸し器から、ほかほかのおしぼりを出してくれる。
 カウンター下に蒸し器とは。しかしこれはいいですね。

 遠慮なく顔を吹き、フーとか言う。
 おっさんくさいが、僕ももう中年であるし、このおしぼりはこうするためのもんだろ?
 ……と、顔だの手を拭いたおしぼりを見て愕然としました。やばいほど真っ黒。
 慌てて丸めて隠すも、自分の身なりを見回すと、泥だの土埃だのでかなり汚れていました。
 でかいリュックも背負ってるし、なんかの訓練から帰って来た人? みたいな。
 まあそう、午前中は落石どかしたりしてましたし……。

 速足で部屋へ → 
 即シャワー浴びる(下半期最高のシャワー体験!) →
 たまった洗濯物をコインとともにランドリーにぶち込む(粉洗剤30円) → 
 サスペンスドラマの再放送を無視しながら(でもつけてる)、日暮れてきた高山市の景色を見下ろす。

 飢えを乗り越えてきたこともあり、晩御飯はふんぱつ。
 「飛騨牛」この3文字にやられて、「飛騨高山ラーメンと飛騨牛ミニ焼肉丼セット」。うまし!

 すっかり元気を取り戻し、高山市の古い町並みを流してスナップなど撮りました。
 いわゆる地方都市の夜というと歓楽街が賑やかだったりするのですが、高山市はとても静かでした。
 それとも、違う方角にあるのかな。

 宿に戻り、巨樹の記憶を薄れないうちに書き留めておきます。車中泊から、毎晩書くのが日課になっていました。
 ホテルの部屋でそういうシゴトをしていると、偉い先生になったみたいでいいですよね。

 「私はみた。ふかいふかいやまの中につったっている、ものすごいでかい木のすごさを」

 ……ふうむ、ちょっとありきたりだから、ここで写真をつけ加えるかな。よし、よくなったぞ。
 そうしていたのは数十分程度。
 寝落ちしたらしく、かなり夜中に起きて、お風呂に入った気がします。

(つづく)

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