巨樹たち

高知県大豊町「六社聖神社の大杉」

天空集落の御神木

 大豊町「杉の大杉」から数キロ北上。
 悪名高い国道439号をちょっとだけ走り、急斜面に手荒に糊付けしたような細道を登っていきます。
 アワアワしながら、この辺りなのだけど……と、見回すも、入り口が見つからない。
 道が狭くなりすぎて車が回せない恐れが出てきたところで、住人の方に訊くことができ、ようやく入口を断定しました。

 ……と、このように、道中のソワソワがだいぶ強く印象に残っている巨樹、「六社聖神社の大杉」。
 集落へのノーガードレール狭路を進み、大杉が初めて目に入った瞬間は忘れられません。
 動画が残っていましたので、ぜひご覧いただければと。
 探訪時の参考にもなるかもしれません。

 ……さて、どう見ても一般のお宅の門構えのようなところを入っていき、芝生のきれいなお庭のようなところを歩いて行った先、鳥居が見えてくる。

 これが目指してきた「六社聖神社」なわけですが……「六社聖」とは?
 「ろくしゃひじり」とも、「ろくしゃせい」とも読む説があるらしく……しかし六つの何なのか? など詳細は我々のリサーチ力では全くわかりませんでした。
 検索してみたところ、「六社神社」なる神社ならば日本各地にあり、

 「その国の一宮から六宮までの祭神を勧請して総社としたことによるものである。このことから、歴史学者吉田東伍は、「六所」とは「六か所」という意味だけではなく、管内の神社を登録・管理し統括する「録所」の意味でもあるとしている。」

 とのことで、もしかすると、この六社聖神社も、この辺りを管理する立場、「録所」の神社だったのかもしれません。

 (この後で訪問する「五所神社の大杉」のある五所神社についても似た印象で、おそらく神社合祀令によって「五社を一つにまとめた」という意味であろうと推測。)

 

 「聖」は、ひじりと読めば仏教用語ですが、「聖神」という年神が古事記に出てくるそうで、この関係もあったかもしれません。
 いずれにせよ、神社・巨樹ともに解説板も資料もなく、ミステリアスです。

 ……そして、いや、その上、この立地。
 かなりの急斜面にへばりついて立っていて、ほとんど空中に浮いているような状況。

 写真だけでは伝わりにくいと思いますが(良い動画カメラさえあれば、撮るべきシーンだったと思う……)、たたずむ二人のすぐ後ろが、何もつかまるところのないような急斜面なのです。
 ただ立ってカメラを構えているだけで、すぐに背筋がぞわぞわしてくる……。
 バックパックの重量で後ろにのめって、そのまま背後の空中に吸い込まれてしまうのではないか? と冷や汗がにじみます。
 いや、ほんとに。

 この写真や、↑トップ掲載の写真を見ればわかって頂けるかな……と。
 鳥居前、人間が立てる幅がわずかに1メートルほどしかない……。

 ここへ至る道の細さ、ガードレールなしの転落一発アウトのスリルドライブにもかなりキモが冷えましたが、こんな空中庭園のような土地にも人が住んでいる……そこにもちゃんと神社と神様がおられるというのは、平野民は驚くしかない光景でした。

 この異郷感は本当に強烈。
 気持ちが浮ついてしまい、神社や巨樹のことについて住民の方に取材しよう! とか、思いつきもしませんでした。

 話を巨樹に戻せば、そんな急峻きわまりない立地に力づくで根を踏ん張り、幹周囲9メートルという大きさにまで成長した大杉です。
 低木の茂りに隠れたこの根の、象が立ち上がって踏ん張っているかのような力みようはすごい。
 やはり、かなり下の方まで掌握しないと巨体を支えきれないわけで、斜面を覆うかのように根が巨大化しています。

 神社までの石段も恐ろしく急で、手すりもない。
 ほとんど四つん這いになるようにして、実際時々手をついて登りました。
 そんな我々を、すぐそばで巨大な幹が見下ろし、その根が石段の端をめくりあげ、壊しつつある。

 手を触れながら見る周囲9メートルの幹というのはかなりの迫力ですが、立地ゆえ、この杉は石段の途中で立ち止まって見上げることを許さない。
 その先端を見ようとしてひっくり返ったらと思うと、思い出しただけでもぞっとします。

 なので、とりあえずは黙って最上部まで登る。と……。

 境内では、こんな狛犬? 珍獣? がお出迎えしてくれました。
 狛犬はオーソドックスなものが鳥居前に一対いるんですが、これは? 

 見たことないですが、なんだかとってもかわいいやつですね。笑
「物好きな連中だなあ、よくこんなとこまで来たよ」
 とか言ってそうです。
 大杉と一緒にいる神獣なのかな?

 神社の正面に立ってやっと、自由に体を使えるようになります。
 とはいってもスペースは最低限で、成人男子3人が並ぶとかなり手狭。5人いたら、ラジオ体操できないんじゃないか?

 やっと杉を見上げることができました。
 雪の重みのために変形するようなことはないのでしょう、その幹は定規を当てたかのようにまっすぐ天を突いています。

 根の上部数メートルで、いきなり幹の太さが細くなっている。
 それでも幹周囲は5、6メートルありそうですが……いや、幹が細くなっているのではなく、根元が太いのです。
 この場所に生育することの苦労を物語る姿です。

 大枝と呼べるものは一本だけ。開けた空中へとむけて手を差し伸べている形です。
 枝葉は弱々しくはないですが、控えめ。「根で生きている巨樹」という印象を受けます。

 ひととおりその姿を把握し、ふうっと息をつきました。
 高知の山地風景が一面に見下ろせます。 
 この杉は、大昔からこの光景を見守り続けてきたんですね……。

 眼下を、ちいさな電車が走っていきます。
 下からここまでやってくる人はそうはいないはず。
 向こう側の尾根に登ったとしたら大杉はよく見えるでしょうが……はるか下から見上げる人は、いないかも。

 世間から切り離された環境。
 立つことも難しいような狭小な土地に根を張る大杉と、そこでの暮らし、日々の営み……。
 こんな世間があるんだなあ、と、気が遠くなるようでした。

 強者ぞろいの徳島・高知の巨樹めぐりをし、「杉の大杉」のような超メジャーな巨樹の後で訪ねると、地味に見える杉かもしれません。
 しかし、この風景と杉の幹をいっしょに眺めた時の、「遠くまで来たんだなあ……」という実感は、ずっと心に残り続ける感動そのものでした。
 ここに巨樹があったから、来ることができた。
 逆に言えば、巨樹がなければ一生来ることもなかった場所へきて、見るはずもなかった光景を見ることができたのです。

 一枚の写真とわずかな散文を頼りに、たった一本の樹を探し、旅する。
 それこそ巨樹探訪の本来の姿。
 その達成感、すがすがしさは、シンプルながら強烈で、忘れがたく心に刻まれる。
 高度な情報化社会の現代において、プリミティブな感動をくれる巨樹でした。

「六社聖神社の大杉」
 高知県長岡郡大豊町日浦
 推定樹齢:不明
 樹種:スギ
 樹高:38メートル
 幹周:9.1メートル

 訪問:2019.5

 探訪メモ:
 地図では掴みづらいですが、439号からはかなり急で細い斜面を登っていきます。
 当然すれ違い不能、脱輪したら大事故。
 筆者も上手ではないですが、運転がニガテ……という方にはおすすめしません!

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徳島・高知 四国巨樹探訪旅4

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