巨樹たち 岐阜県郡上市「石徹白の大杉」 / 0件のコメント 神界との境界樹 白山中居神社とその裏手の尾根の「浄安杉」から、「白山国立公園」内を車で進むこと7キロ。 終点が白山への登山路の始点とあって、駐車場があり……そこからさらに420段の石段を登る。この時点で早や標高は1000メートルを超えており…… それでも白山を目指す登山の方々からすれば玄関の段程度に過ぎないのでしょうが、軟弱者をへとへとにさせるには充分。 何度目か膝に気合を入れて進むと、いつしかぱっと空間が開け……これまで見たことのないような姿の巨杉が目前に現れました。 「石徹白の大杉」。白山中居神社の御神木とも言える存在です。 御神木が神社から7キロも先にあるなんて? とも思いましたが、言うなればこの広大な山地全体が白山中居神社の境内でしょう。 「神社のご神木」から外れた存在ではない。 そして、この杉から先、白山は、そのものが神の世界。 「石徹白の大杉」は、白山参道の入り口を守り、人界と神界の境界として存在する巨樹なのです。 当日、朝は小雨でしたが、のちに快晴、燦燦と降り注ぐ日光の下、その杉は静かに佇立していました。 明らかに単幹ですが、これまで見てきたどの杉巨樹とも似ていない姿。 そして、この幹の色……日光を反射して光って見えるほど、白い。 おそらく、もっと高かったものが雪などで折れたか、樹高はさほど高くはない。 (否、太さとの比率のせいでそう見えるだけで、25メートル以上ある……。) あちこちから枝を伸ばしているが、ほとんどが折れ、死んでいるように見える。 そして樹皮も、先に見て来た「浄安杉」と同種の樹だとは思えないほど、大部分が白骨化・白化し、石灰岩の塊を削った彫刻のようにさえ見えます。 地上1.3メートルでの幹周は14メートルとされ(環境省データベース値、現地の案内板では13.1メートルとある)、列強ぞろいの杉巨樹のランキングでも全国第5位の存在感を誇ります。 計測が確かなら、あの筋骨隆々とした浄安杉よりも太いということになるのです。 「(白山信仰を啓いた)泰澄大師の杖が根付いた」という伝説とは食い違うものの、樹齢は推定1800年とされる。 巨樹の常として、これが確かかどうかはわかりません。 たいていはその半分程度ではないかと推測していますが、この大杉に関しては、前に立った巨樹仲間そろって「数値よりも高齢なのでは……?」と呟きが漏れました。 雪に耐え、風に耐え、あらゆる生存の手段を使い尽くし……一本の裏杉のたどり着いた姿。 ここまで、このように生き抜いた樹は無いのではないか…と感じさせる、まさに巨樹界のレジェンドです。 数少ない国の特別天然記念物に認定されているのも、ふさわしいとしか言いようがありません。 背中がわは、正面と比べればまだ白骨化の進行が遅く、天をついて伸びる枝も見えます。 その根本には、多種多様、色とりどりの植物たちが、まるで大杉を慕うかのように身を寄せていました。 大杉がこの深山の長老として尊敬されているのだろう……そう想像したくなる光景でした。 樹上の着生植物も多く、白化した老体に遠慮もなく根を下ろしている。 季節柄、着生したカエデ科の植物が鮮やかな黄葉を見せつけているも、老いたる大杉は、もはやそれすら受け入れているかのようにも見えました。 青空に映えるその色で彩ってもらって、むしろ喜んでいるのかもしれない。 巨大で、異形でもある。 それなのに同時に静かで優しい巨樹だとも感じました。 以下、二度目の訪問(2019.10)の写真も交えます。 この樹の前に立つと、不信心なはずの自分の心までもがすっと静かになってしまう。 二度目とは言えども、それは全く同じでした。 まぶしい朝日の中、何とも言えない嬉しさが込み上げてきて、思わず大杉に向かって手を合わせました。 とても元気そうには見えない。静かだ。 けれど、絶対に死んではいないし、今も暖かい感じがする。 たくさん巨樹を見てきたけれど、この感じを与えてくるのは、やはり、あなただけだな……と。 この感覚、体験こそが、まさに信仰の原初の姿だったのかもしれませんね。 ここから白山山頂まで、また実に25キロとのこと。 杉へ至る石段で息を切らしているような素人には、とてもチャレンジできない厳しい道のりです。 信仰とは楽なものではないのだと思い知ります。 容易には至れない神の領域に近づかんとする者たちには、この杉の特異な姿はまたいっそう神々しく見えるのではないでしょうか。 唯一無二の存在。さらに永く生きてください。 「石徹白の大杉」 岐阜県郡上市白鳥町石徹白 白山中居神社 推定樹齢:1800年 樹種:スギ 樹高:25メートル 幹周:14メートル 国指定特別天然記念物 訪問:2017.10、2019.10 探訪メモ: ここへ至る林道ドライブの様子は主に「2017年・九州~関東 巨樹旅4」をご覧ください。 石段は整備されていますが、「浄安杉」と同様、トレッキングシューズ、雨具、熊鈴があった方が気分的にも楽です。 冬は人の背丈よりも積雪する地域、夏は大型のアブに襲われるそうで(写真仲間to-fuさん談)、シーズン考慮もあるべきかも。 2度目の訪問時は、早朝アタックに備えて夜明かし。 当然、林道は真っ暗で怖かったです。 子熊チャンを見かけてしまい、怒れるママが出てこないことを祈りました。 息の詰まりそうな暗黒と、歓声を上げずにはいられない満天の星空も。 関連