巨樹たち

千葉県勝浦市「上野村の大ジイ」

日蓮受難の地の老大樹

 房総半島にはシイの巨樹が多い。
 ほとんどスダジイ王国と言っていい……他の樹種の勢力を押しのけるようにして幅をきかせています。
 クスを見るより、スギを見るよりシイ、シイを見て楽しめればこの半島は巨樹の楽園です。
 (逆を返せば、クスもスギもあんまり見られない土地なんですがね……)

 その房総大シイ軍団の中でも、ぜひとも押さえておきたい巨樹の一本がこの「上野村の大ジイ」です。
 日蓮聖人が説法を行なったというお寺にある、別名千年シイともいう存在です。

 庫裏のような建物とお墓はあるものの、寂光寺は今は無人のお寺。
 しかし、かつては日蓮上人が7日間滞在して布教につとめた地だということです。

 日蓮は鎌倉時代の僧(1222年生)。
 安国論を熱心に唱え、宗教と国のあり方を絡めて幕府や他宗派と対立したせいで、多数の災難に見舞われた人です。
 それでも決して折れずに信念を貫き徹したことで有名ですが、この寂光寺での説法の直前にも、地元の地頭に襲撃され(小松原法難)、弟子を殺された上、自身も負傷しています。
 そこからの復活の舞台がこの地であり、そう考えるとかなりドラマチックな地であるわけですね。
 日蓮自身が小湊(ここ勝浦の隣の町)の出身でもあります。

 寺の記録では、その布教の際、大椎はすでに大樹であったとのこと。
 日蓮上人も、その説法を聞きにきた鎌倉時代の人々も、皆この椎の樹を見たことでしょう。
 樹の元に集まったり、木陰で休んだりしていたのかもしれません。

 日蓮自身が大量の書物を遺した人であるので、こういった記録の正確さには信憑性があると思います。
 もちろん、樹自身を見ていても、その歳月は疑うところがありません。
 朽ちたり、折れたりしているところも多いですが、それだけにいっそう凄みを増して感じられました。

 竹林のざわめきや鳥の声くらいしか聞こえない寺の静かな空気の中で、威厳の気配を漂わせています。

 足下にヒューマンスケールとして立ってみましたが、どうです? こんなに大きいんですよ。

 その姿は、すさまじいディテールの塊。
 もちろん、この樹を撮影したデータを拡大してもそんな感じを得ますが、実物を肉眼で見ればなおさら圧倒される。
 痛々しい、グロテスク、不気味、醜悪……いろんな負の印象を受けると思いますが、それらをまとわりつかせて、中心にドン! と巨大な存在感がある。
 これぞスダジイの巨樹だなと思いました。

 大枝には折れた後が生々しい。
 実際、こんな枝が一部でも折れて落下して来るととても危険なので、周囲にはロープが張ってあります。
 

 しかし、勢いは失われることなく、樹という命の激しさを見せつけてきます。
 見ていて、すごくエキサイティングです。
 植物じゃなくて、恐竜とか……もっといえばドラゴンみたいなモンスターを目撃して撮っている気になってくる。

 これもシイの巨樹独特の感触なのですが、角度や距離を変えるたびに姿が違って見え、幾度となくシャッターを切りたくなってしまいます。

 樹自体は「Y」の字のような形をしています。
 が、かなり巨大な上、歳月がもたらした様々な影響が、ものすごく複雑な形に感じさせる。どこから見ればいいのか戸惑ってしまう……。

 地上1.3メートルでの幹周が7.3メートルだって?
  ……あれはウソだ。

 なんて、いや、実測できていませんが、おそらくはこの巨樹の一番細いところを測っていますね。
 その上部で膨れ上がり、広がる部分を見れば、いっそうの巨大さを感じられます。

 その全体において、何百年も生き抜いてきた証、傷や汚れ、生命の生々しさで覆い尽くされている。
 なんてすごい被写体なんだろう……と、こちらも胸を熱くせざるを得ません。
 試行錯誤し、どうやったらベストにこの有様を撮ることができるか……と挑みます。
 気づけば2時間が経過していました。

 歳とともに無に還ろうとしているのか……。

 派手に欠損した大枝の部分も、個人的には好きです。
 この満身創痍感、自分の内部に死を抱え込みながら何百年も生きる凄まじさ。
 この樹はこのままずっと生きつづけて、ある日突然、轟音を立てて崩れ落ちるのでしょう。
 しかし、ぐずぐずに崩壊したとしても、まだその状態で生きているような気がする。
 完全に木屑に還ったとしても、まだそこに巨大な気配がそびえ立っているような気がする……そんな樹なんじゃないでしょうか。

 思わず合掌したくなる、これこそお寺にふさわしい巨樹の有様と思えました。

 解説文。
 千葉県にはスダジイの巨樹が多く、この樹は樹種別県内第3位の大きさです。
 冒頭にも書きましたが、千葉県はスダジイ王国。
 県内上位陣は全国的に見ても指折りの幹周のものがあります。
 この巨樹に加え、「安久山の大シイ」なども要チェックです。

 

 実は、この時2度目の訪問。
 写真を見比べていて気付いたのですが、樹冠の盛り上がりがちょっと薄くなったのではないかと。
 しかし、これにワケがあることにすぐに気づきました。

 以前の写真(上の写真が2016年のもの)に写っている樹冠……その1/4ほどが、幹の分岐あたりから大きく育ってしまった他種の着生植物のものだったのです。
 その存在には前回の訪問時にも気づいていたのですが、今回確かめてみると、なくなっている。
 したたかな着生植物が勝手にいなくなるわけがないので、これは人為的・外科的に取り払われたということです。
 緑色は多少減りましたが、ああよかった……と胸をなでおろしました。
 老巨樹にとっても、身が軽くなったことでしょう。

 巨樹を撮っててよかった……そう実感させてくれる存在です。
 2度目だというのに、今回も夢中で撮ることができました。
 スダジイファン(?)を自称する方は、絶対に一度訪ねてほしい巨樹です。
 また訪ねさせてもらうと思います。 

「上野村の大ジイ」
千葉県勝浦市 寂光寺
推定樹齢:800年
樹種:スダジイ
樹高:24メートル
幹周:7.3メートル

県指定天然記念物

訪問:2016.8、2019.4

 探訪メモ:
 看板もあり、迷うことはないと思います。
 周囲の山深い急カーブが多い感じや、勝浦の海に降りていく感じは、ドライブとしても上々に楽しいです。
 房総巨樹ドライブを、ぜひ。

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