巨樹たち

千葉県いすみ市「長福寺のマキ」

雲龍型イヌマキ巨樹

 外房のちょうど膨らんだところ……。
 千葉県いすみ市の「硯山長福寺」は平安時代からあるという古刹です。
 特に観光地化はされていない印象で、この仁王像も質実剛健さというよりは洗練される前の朴訥さを感じる造形です。

 そう……春までもう少しという予感を感じ取って、ならばこちらから春を迎えに行ってみようと、温暖な房総半島の巨樹を巡ってみることにしたのです。
 カメラ事情できちんと撮れていない巨樹の再訪をしつつ、未探訪のものもぜひ加えたい。

 今回はいすみ市の「長福寺のマキ」にしました。
 全国的にも珍しいイヌマキの巨樹です。

 門をくぐってすぐ、右手にあります。
 初見の印象としては、えっ、こんなに小さいの? という感じ。
 書籍ではアングルが限られた1、2枚の写真しかなく、いかに自分が抱いた印象が偏っていたかがわかります。

 小さいと思う要因としては、まず樹高の低さがあります。10メートル前後というところでしょうか。
 それもそう、ほどほどの背丈と横に広がりやすいイヌマキの性質は、生垣に多用される際には大きな利点です。
 スギだとかモミで生垣を作れないのと同様に、イヌマキにそれらのような巨大さを求めてはお門違い。
 しかし、そこは目通り高さで幹周3メートル以上という巨樹認定を受けている樹です。
 じっくり見てみましょう。

 ああ、なるほど、こうなってるのか……と、合点がいく。
 幹は、いわば板状に横に広がっていっています。
 そのため、本堂に向かいながら横目で見ると、薄っぺらく見える。
 これも初見の印象を小さく見積もってしまう要因になりますね。

 しかし……この角度の姿にしても、こんな大きさのイヌマキは初めてです。
 上記したように、千葉や茨城の南部では、古い農家の生垣はだいたいイヌマキで作られています。
 水気や塩気にも強く、いつでも青々として強風や視線をしっかりと防ぐ。
 ぴしっと剪定されたマキの生垣を見ると気分がよくなります。

 それだけ利用の歴史があって数も多いというのに、大きなものは少ない。
 単独木で扱われることが少なく、御神木のような立場に上ることが少ない樹種だからでしょうか。

 そばには「筆掛けの槙」との碑。
 かつて源頼朝がこの樹に筆をかけたとのいわれだそうで、おそらくはそこから樹齢を推定すると思われます。
 (あわせて神奈川県湯河原町の巨樹たちを思い出すと、頼朝の足取りが追えて、またいっそう感慨深い。)

 頼朝の没年が概ね西暦1200年とすると、現在まで800年……
 あれっ、解説文の「樹齢1200年」って計算だと、頼朝サン時代にすでに400歳だったんですか? んー、それは……
 ま、数字は置いておくとして、これほど高齢なイヌマキ自体、大変貴重だと思われます。
 (終始このフレーズばっかりになる予感が……。)

 巨樹写真家、故・渡邊典博さんの名著「日本の巨樹・巨木」に大きく写真が載っていて知った樹ですが、91年に撮られた写真ではもっと色艶が良かったように見えました。
 しかし、単純に写真や印刷の色が偏って赤っぽくなっているようにも思うし、多少の違いはあれど、幹の大きさや葉の多さはさほど変わっていないようです。
 傍にある建物(売店跡?)の崩壊具合の方がよほど顕著。

 この角度から根幹を撮ると、これはまさしく巨樹という姿にふさわしい。
 やはりこんな姿をしたイヌマキというのは……(そればっかり) でも、実際これはかなりすごい。
 ズドンとまっすぐに育つというわけにはいかず、うねりながら広がっていく様が特徴的です。

 違う角度から。
 幹周囲は地上1.3メートル地点で4.8メートルとのことですが、板状に広がった配置を考えても誇張はないと思います。
 その上部からの分岐部分も太く、実にたくましい。
 見る角度は選びますが、見るうち、これって実はすごい樹なんじゃないの? と実感がこみ上げてきます。
 やはり巨樹は実際現場に立って見てみないことにはわかりませんね。

 枝ぶりも見事。
 長福寺には、房総界隈では有名な彫刻師「波の伊八」の作だという彫り物が残っていますが、このマキの枝ぶりもどこか波を思わせるところがあります。
 ダイナミックで、見ていて味わい深い。庭木のきわまりを見るかのようです。

 ちなみに、イヌマキは雌雄異株の樹で、上が水色下が鮮やかな赤という串団子みたいな実をつけます。
 上のは固くて食べると食中毒になるらしいですが、下は熟すと甘く、酸味のない葡萄?りんご?みたいな味がします。
 小さい頃たまにつまんで食べてました。
 植物の名前で「イヌ」とつくのは大抵「〜じゃないもの」の意味で、代用とかあまりありがたくないとか、そういう接頭語です。
 マキというのはコウヤマキであるとか、杉の古名が「真木」であるとか言いますが、それじゃない樹ということでイヌマキ。
 というのも、杉が育たない地域では材として使うことがあったからです。
 沖縄の文化財指定されている古民家もイヌマキで作られていますね。

 見る角度によって大きく姿が変わるので、撮りがいがあるとも言えます。
 なーんだ、小せえじゃねえか、なんて言わず、違いのわかる大人のための巨樹ですね。
 明らかに名木というジャンルにも属している。
 じわじわとその良さが身に浸透してきて、結果として見られてよかったなあ! と満足できるようなタイプの樹でした。

 古くて地味ながらも手入れが行き届いた長福寺もぜひご覧ください。
 これから春になれば、イヌマキとともにもっと映えてくるだろうと思いました。

 長福寺は、武勇知略に優れながらも、それゆえに誤解されて源頼朝に誅殺されてしまった上総介広常のゆかりの地だそうです。
 頼朝はすぐにその行いを反省したそうですが、筆掛けの故事も何か所以があるのかもしれませんね。
 当時はこの辺りも上総介広常のような坂東の豪族が治める地で、朝廷の威力も及ばなかった。
 その独立心を恐れて斃したというのが本当のところのようです。
 このイヌマキは、もしかしたらその当時からここにあって、激動の歴史をずっと見続けてきたのかもしれませんね。

「長福寺のマキ」
 千葉県いすみ市下布施757 硯山長福寺
 推定樹齢:1200年
 樹種:イヌマキ
 樹高:12メートル
 幹周:4.8メートル

 県指定天然記念物

 訪問:2019.3

 探訪メモ:
 アクセスに特に難しいところはありません。
 巨樹というより名木ですが、常緑で、温暖な地域にあるので、冬の探訪にいかがでしょうか。

後日感想を頂いたのですが、西日本では生垣にせよイヌマキはあまり見られないそうで、驚きました。
それくらいに千葉界隈ではありふれた樹種です。

 中国でも人気があるらしく、庭に大きなイヌマキがあるとバイヤーが来るとか、ユンボで盗まれたという話すら聞きました。
 地元では植木産業もさかんです。

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