湯殿山総本寺・瀧水寺大日坊は、弘法大師によって開かれ、徳川将軍家にもゆかりがあったそうです。
お寺の奥に安置される真如海上人の即身仏は、今でも数々の奇跡を起こしているとか。
住職の説法を聞きながら参拝することになりますが、なんというか、ストロング・スタイルだなと。笑
現世利益満々なプレゼンに打たれ、ものは試し、自分もお守りを買ってみることにしました。
ちょっと株券か宝くじを買ったような気分になってしまって、どうかなあ……とは思いましたが。
杉についての数々の伝承も、お寺とセットで訪ねるとギャップを感じません。それはそれということで納得。パワフル。
7件のコメント
RYO-JI
わからないものですねぇ、これで幹周5.65mですか!
もっともっと大きく見えますよ。
丁度私も同じサイズのスギを掲載したばかりですが、オモテとウラはやっぱり全然違いますね。
迫力で言えばウラの圧勝でしょう。
しかもこちらは野性味が凄くて荒々しい。
厳しい自然環境を生き抜いてきた逞しさが溢れ出ているかのようで、見てみたいスギです。
名称も解説文も只者じゃない感があって・・・とにかく面白い(笑)。
その勢いからしてお守りも効果ありそうで楽しみですね!
狛
RYO-JIさん>
さっそくそちらの記事も拝見させていただきました。
5メートル台……これだけでは埋もれてしまう数値ですよね。
やはりビジュアルを添えて紹介してあるサイトや資料は必要なのだと改めて感じました。
裏杉は根元から分岐するものが多いですが、こういう単幹でもはっきり野性味を出してくるところ、面白いです。
もう何百年か経つと「松保の大杉」みたいな巨杉になる可能性もあるかも。
うーん……あと500年くらい必要か? すごい時間スケール。
お寺については、Google mapのレビューでも色々と面白い感想が載ってるんですが、うん、まあそうだったなと。笑
500年後もまだありそうな逞しいお寺でした。
湯殿山大日坊
この皇壇の杉は、「おうだんのすぎ」で間違いありません。
以前鶴岡市教委には訂正するよう連絡を入れてあります。おそらくそれ以前にそのサイトさんは問い合わせされたのでしょう。
また、樹齢1800年も全く嘘ではありません。
空海が大日坊を創建するずっと以前からこの杉はこの大網の地にあったのです。
湯殿山大日坊
何度もすみません。
もう一つ、皇壇の杉の周りの木が6本、最近切られたのは、エリアの拡張の為ではなく、日当たりを良くすることで皇壇の杉を守る為です。
鶴岡市教委を通し、樹木医の指示でそのように致しました。
根元を踏むことが悪影響となるので今後は杉の周り5mは一般の人が入らないようにした方がいいと指導を受けています。周りに柵ができるかもしれません。
狛
湯殿山大日坊様>
わざわざコメントありがとうございます。恐縮です。
名称の読み方、「おうだん」が正しいのですね。承知致しました。
加えて、周囲の杉が切られたのは日照確保のためだったのですね。
確かに、切られた杉も大きかったです。影を落とされるとなると、影響が心配ですね。
実際訪ねさせていただいて、大変迫力があり、素晴らしい杉だと感じました。
今後も健康に、ますます大きく育っていって欲しいと願っております。
to-fu
これはまた凄い杉が来ましたね。冒頭の正面からのアングルだけ見ると手入れされたカヤを思わせる形状ですが、細部を見るとこれはとんでもない。同じ雪国の北陸でもここまで荒々しい杉の巨樹は見たことがありませんよ。気根のようなものも恐らく大地に根を張るための知恵なんでしょうね。この杉が子孫を残すことが出来たら、二世樹三世樹はもう杉という樹種の枠組みを超越した外見にまで進化していそうです。
樹齢に関しては私も個人的に思うところがありますが、まあそもそも石徹白大杉が1800年というのも怪しいものですからね。あの大杉はどうも過少申告しすぎているように思えてなりません。あの環境込みでも1000年クラスの杉があと800年であそこまでの姿に変貌するとはどうしても考えられません。
狛
to-fuさん>
同じスギといえど、表/裏で性質がぜんぜん違い、かつ、裏杉は特に千差万別だなと、改めて感じさせてくれるスギでした。
気根的な突起の発生が多く……これが気根だとすればですが……この先、さらなる見たこともない形に成長していきそうにすら感じます。
イチョウもそうですが、生存戦略に実に多彩なカードを持っているところ、生き物という同じカテゴリーの存在として、単純に驚異を感じますね。
世界記録として最高齢の樹木だったというブリッスル・コーンパインにしても、科学者が一例として切って数えたところ、世界最高齢の樹木だったということがわかった……わかった時にはすでに遅し、みたいな話がありましたね。
現代においてもそれくらい測りにくいものだという、なんだかそれ自体が寓話のようですが。
数多ある千年巨樹(と言われる)存在の中で、もしかしたら逆に過小評価でその数値がついてるものがあったら……と、考えてみると、すごくロマンを感じます。