巨樹たち

神奈川県小田原市「早川のビランジュ」

巨樹界屈指のトリックスター

 神奈川県海老名市で樹種中日本最大の「有馬のはるにれ」「大谷観音堂の大カヤ」を訪ね、小田原駅に着いたのは完全に夜。
 なんとか夕食にありつき(やっぱりかつ丼を食う)、宿に転がり込んで寝落ち。

 翌早朝、完全回復した体調で向かったのは、小田原から東海道線で一駅の早川駅です。
 漁港風景や咲き始めの河津桜を眺めながら、てくてくと20分ほど歩きました。

 今回の巨樹は国指定天然物だけあってGooglemapにもポイントされており、ルート検索すればどなたでも近くまではたどり着ける。
 ……のですが、詰めのパートにちょっと問題があります。
 入口、地形、巨樹の所在……実際に見て頂く方が早かろうと思いますので、動画に撮ってきました。
 探訪のお供にぜひどうぞ。

 動画は、こんなのどうやっても地味ですが、その先に待ち構える巨樹はとびきり面白い!
 あなたはこの樹種、見たことがあるでしょうか……?
 日本一の大きさを誇るバクチノキ、「早川のビランジュ」です。

 あまりにも特異な印象を叩きつけてくる樹で、目の前に現れた瞬間、異様な圧を感じる。
 つやつやと光る濃い緑色の大量の葉が屋根のように覆いかぶさってくるのにも驚きます。

 そして、言うまでもなく、目について離れなくなるこの幹の赤さ。
 かつて奈良の「八ツ房杉」を訪ねた時もあの赤銅色の幹に驚きましたが、こちらは鉄錆のようなオレンジ色をしている。
 書籍の写真の彩度あげすぎ疑惑か、さもなくば病気なんじゃ? とさえ怪訝に思ってましたが、これで万全の状態らしい。

 サクラなどと同じバラ科の植物で、「バクチノキ」というけったいな樹種名は、その独特な形態に由来している。
 すなわち、絶えず樹皮が剥がれ落ちていくところから、博打で負けて着物を脱がされる様になぞらえてこの名がある。
 なんだ、負けてんじゃないかギャンブラー……。
 魚でも地方名で「バクチコキ」というカワハギがいますけれども、これも調理の時に皮を剥がしやすいからですね(豆知識)。

 南方樹種で、この温暖な小田原でもほぼ北限域と言っていいらしい。道理で見憶えがないわけです。
 北限であり、樹種最大であり、樹種中唯一の国指定天然記念物個体。
 この巨樹がどれほど貴重なものかがわかろうというものですね。

 「ビランジュ」という固有名も耳障りというか、「皮膚が爛れる」という意味の「糜爛」を思い浮かべます。
 まあ、仏教系っぽい「毘蘭樹」が由来のようですが、少なくとも愛着は感じない。
 そしてまた実物は想像よりも背が高く、斜面に生えているがために根幹が膨れ上がり、幹周5.2メートルよりもはるかに巨大に見える。
 現地で実際に見て頂くしかないのですが、今一度、近づきがたいオーラのある樹。

 しかし……じっと観察を続けていると、その感情は変わってくる。
 言葉には表しづらいものの、濃い面白みを放っている巨樹だとわかってくるはずです。
 樹木としての個性が圧倒的であり、しかも異様なまでの生命感をみなぎらせている。
 スダジイの巨樹に近い属性がありそうですが、腐りながら凄まじい生を晒すあちらとは違い、このビランジュはどこを見ても艶やかで、言うなれば生命の彩度が高い。

 撮るのが難しい反面、挑戦し甲斐に満ちていて大変に面白い。
 気づけば、斜面に張り付くようにして、同じような写真を200枚近くも撮っていました。久々の経験です。笑

 解説には、この樹が由縁で「飛乱地(びらんち)」と地名が付いたとあります。
 裏付けるように、国の天然記念物指定も大正13年と古い。

 ここに至る長い階段の整備や、ビランジュのひこばえの剪定などもされていて、巨樹に対する高いリスペクトが伝わってくるところがまた素晴らしいです。

 孤高で、超独特、似ている樹が全く思い浮かばない。
 ギャンブルで負けたフリしつつ、あるいは異様な珍奇種のフリをしつつ、スギやクスを見慣れてしまったこちらの頬をひっぱたいてくるトリックスター的巨樹。
 これはもしかすると今年上半期一番の巨樹かもしれないぞ……。
 撮っているうちからニヤけてしまいました。

 「早川のビランジュ」。
 このために神奈川県入りする価値があると言っても過言ではない、素晴らしい巨樹です。

「早川のビランジュ」
 神奈川県小田原市早川字
 飛乱地1374 
 推定樹齢:300年
 樹種:バクチノキ
 樹高:25メートル
 幹周:5.2メートル

 国指定天然記念物
 樹種(バクチノキ)幹周全国第1位
 訪問:2023.2

探訪メモ:
 しっかり歩ける靴が必要です。
 ビランジュ周辺はかなり傾斜がきつく、滑落する危険もあるので、あまり無理せぬように。

 また、貴重な巨樹ですので、根を踏まないように気をつけましょう。
(スケール写真は近くの岩?の上に立ってます。斜面が危なくてこれ以上近づけない)

4件のコメント

  • to-fu

    ビランジュ?初めて聞く名前だ。
    と思ったらバクチノキなんですね。大きいとか太いとか以前にまず見かけないレア樹種ではありませんか。
    私も三重県の沿岸部でバクチノキを見たことがありますが、恐らく幹周は1mにも満たなかったはずです。
    それが…なんだこれは。いやいや、とても同じ樹種とは思えません。これはすげえや 笑(笑うしかない)

    バクチノキの5m級はツバキとかオガタマノキが5mに成長しているくらい稀有な存在ではないかと。
    もし偶然知らずに見かけてしまっても、とてもバクチノキだとは信じられないと思います。
    これはテンション上がりますねえ。南方系の樹種はサイズとか云々抜きに非日常感があって
    見ごたえ撮りごたえ共に申し分ありませんね。久々に紀伊半島沿岸部の巨樹に会いたくなりました。

    • to-fuさん>
      クスさえご無沙汰の北方系生活を送っているところへ、このビランジュのエキセントリックさは効きました。笑
      渡辺センセイの本でも読んだ憶えがありましたが、実物を前にすると一気にテンション上がる……いや、この樹の迫力に完全に呑まれました。
      こんななのか?! と、ちょっと信じられないような、膝が震えるようなインパクト。

      バクチノキ、自分は初めて見たのだと思います。
      これだけ癖の強い樹種、一度でも見たなら忘れないですからね。
      背後の崖にも何本か病的に赤い幹のヤツが生えてるんですが(よく見るとTOPの写真にも写ってる)、ビランジュのこの大きさとフォルムは、樹種を加味しなくても巨樹としてまったく大したモンです。
      紀伊、いいですね!
      やっぱり、違った地方には違ったものが待っていて、思い切ってそこへいかなければ出会えない。
      あまりにも印象が鮮烈で、このビランジュにはいつかもう一度会いに行きたくも思っています。

  • RYO-JI

    これまた個性的な巨樹ですね!
    バクチノキ=巨樹というイメージがまったくなかったので驚きました。
    しかもこれ幹の色が独創的なうえにアコウなどを連想させる幹、『いやぁ何だコレ?』と呟いてしまいました。
    名前の由来も面白いですねぇ。
    誰々が・・・という眉唾系の由来じゃないのがかえって真実味があります。
    大正時代に国の天然記念物指定って、当時から相当貴重な存在と見なされていたと思うと有難味が益々増しますね。
    撮影にも力が入りそうな姿をしているので200枚も充分頷けます。
    そして動画はわかりやすくてメチャクチャいいですよ!
    編集も面白いし(笑)。

    • RYO-JIさん>
      ほんとに個性の塊と言っていいと思います。
      逆に考えてみれば、巨樹に占めるバクチノキの割合が高いとなると、それは今ほど平穏な世界ではないと思います(言い過ぎ)。
      幹の質感などからはアコウ、ツバキ、サルスベリやヒメシャラも連想しました。
      しかし、この葉はやっぱり明らかに違う。
      葉っぱからは青酸を含んだ薬効成分が取れ、「バクチ水」という咳止めが作れるともありました。
      バクチ水って……それでいいのか? ってネーミングですが。笑

      とにかく特徴と話題にこと欠かない樹種のうえ、巨樹としてもとても素晴らしい。
      まともに立っていられないような急斜面でしたが、時が経つのを忘れて撮ってました。
      動画も見て頂いてありがとうございます。笑
      文字通りの説明動画ですが、自分の探訪時にモヤっとしたところをまとめられて満足してます。

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