巨樹たち

奈良県宇陀市「八ツ房杉」

異様なる八又の霊樹

 「見てみろ、この慌てぶりを。
  怖いのだ。怖くて仕方がなかったのだ。
  なりふり構わず、蓋をしたのだ。」

   (大友克洋「AKIRA」より)

 

 かつて。
 朝廷は、類稀なる力を帯びたる陰陽師・賀茂◯◯(墨塗により消失)に密かに命じた。
「神界への扉を開くべし」と。
 賀茂◯◯は、大陸より持ち帰りしと云う秘術を十四夜の祭祀の後に行使し、其の命に応えんとした。

 しかるに、術中何らか謬りがあったものか……
 地凄まじく揺らぎ動き、黒雲稲妻のさなかより人智遥かに超越せし異常なる何者かが現出せんとした。

 其処に居合わせた多くの者が死んだ。極めて惨い死に様であった。
 賀茂〇〇においても大傷を被り、恐れた彼は、自らの術にて引き開けし神界の扉……と思しきもの……を決死の念で再び封じ込めにかかった。

 現世に這い出さんとして居た何者かは、又凄まじく抵抗を試みた。
 しかし、遂には賀茂〇〇の陰陽術の前に屈服し、現出を阻まれた。
 怒号の如き轟きが過ぎ去り、辺りに満ちたる静寂の中に、群衆は見た。
 異界より現出せしめんとした邪悪なる其の何者か……
 其姿を模したかの如くの八本の異様なる杉の巨樹が、大幹くねらせ、其場に生え出でて居た。

 陰陽師、加茂〇〇は云う……。
「異界より来し者、現出を阻まれん。其れ、此世の物ならぬ為、此世に留まること能わず。故に、此世に在りし物象にて其身置換されたるが、此なる異形の杉樹也」
 其手に印を結びつつ、さらに、
「吾の次なる術成就せし時、者々皆々、此処にて見、此処にて聴きし物事、総て忘れん」

 ……かくして、其術が解けし後に、忘我とせし皆に、再び云った。

「此なる杉樹、嘗て磐余彦天皇(神武天皇)、大和平定の八月莵田に至るに高城に陣を構えし時、御手植えせし物也。大霊樹也」……と。

 賀茂◯◯なる陰陽師は何処かへと去り、後の事は誰も知る者が居ない。
 巨杉の元には後に桜實神社が祀られるが、「八ツ房」と呼ばれる此杉が、八本の杉の癒着し物か、一本が八本と裂けし物か、又、何故に他の杉樹の如く直立せず皆地を這い生きるのか、誰も知る者が居ない……。

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 ……と。
 この樹を前に息を飲みながら、ずっとこれに類することを妄想していました(当たり前ですが、フィクションです)。
 ここへと連れてきてくれたRYO-JIさんとのやりとりも、きっと上の空だったと思います。
 それだけ、この異様な杉の発する存在感は圧倒的なものだったと記憶しています。


 一箇所より湧き出すかのように、八本の幹が、直立せず、空をのた打つかのようにうねっている。
 異様な、しかし静かな樹。
 現実にもだいぶ長命であると察せられます。
 2000歳以上という説もあるそうですが、まんざら大袈裟とは思えないほどのただならない気配が、この樹には確かにある。
 それがまた、神武天皇お手植え(!)であるとか、かつては別の何かだったんじゃないかとか、濃密な伝説のモヤをまとう原因なのでしょうね。

 この幹の形状、樹皮が剥けたところの朱を塗ったかのような色、自重崩壊寸前でワイヤーに縛り付けられているところまでもが、見る者を戸惑わせ、仰け反らせる。
 もはや伝説そのものに根を張ってしまっている巨樹だと唸らざるを得ませんでした。

 古くに国指定天然記念物とされていますが、だいぶ老朽しているのも隠せません。
 大和の国の生ける伝説よ、どうか永久に健やかに。

「八ツ房杉」
 奈良県宇陀市菟田野佐倉 桜實神社  
 樹齢:不明(2000年?)
 樹種:スギ
 樹高:25メートル
 幹周:20メートル

 国指定天然記念物
 訪問:2017.10

探訪メモ:
 「桜實神社」とは何と読むのだろうと首をひねっていましたが、「さくらみ」で、つまりは「桜実」。チェリーです。
 神社に駐車させて頂きました。
 気候変動の激しい現在です。この姿をいつまで保てるものか……と少し心配しています。

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