巨樹たち

神奈川県海老名市「有馬のはるにれ」

日本最大のハルニレがこんなところに

 神奈川県は東京の向こう側にあって、車で行こうものなら百発百中、渋滞で一日をすり潰すことになる。
 加えて、海老名SAの話を始めればどんどん口が悪くなります。
 SAのくせに大渋滞を巻き起こす元凶で、アイツのせいでトイレにも行けやしない……失礼、毎度呪わしく思っているので、もちろん自動車で行くつもりは全くありません。
 今回、東京を起点に「運転しない巨樹探訪」を考えた時、そのまま神奈川県への突入を決心したのは、当然の成り行きというわけなのです。

(写真は海老名駅前。旗を立てるような気分で一枚撮った。)

 今回の巨樹は鉄道駅から徒歩だけで済ますには遠い。
 タクシー……でなければバス!
 バス利用経験ほぼゼロ人生の甘ちゃんなので、最短ルートを割り出せず、結局2~3キロ余計に歩いてしまいました。
 まあ、当地の風土を知るには徒歩が一番ですが、もう少し自分に賢い頭脳が搭載されていてもよかった。スマホ持っててこれとはね……。

 アクセス面での前置きが長くなりました。
 「有馬のはるにれ」。91年の「巨樹・巨木林の会」調査で日本最大のハルニレと認定された、別名「なんじゃもんじゃの木」です。

 大きい……! まるでクスのようにどっしりした根幹を持つ樹です。
 「エルム」という洋名で街路樹とされている(成田には「ユアエルム」っていうショッピングモールがある。あとホラー映画「エルム街の悪夢」も)のを除けば、ハルニレは北海道でしか見たことがありませんでした。
 これほどの大きさの巨樹となると、北の大地でも発見できなかった。

 しかし……すぐに目が留まる、裏も表もつぎはぎだらけの姿。
 渡辺典博氏の写真(89年)ではこういう補修パーツは写っていず、近年の衰えが心配になります。
 扉がある箇所は「大人が数人入れるくらいの空洞」で、多くの人が近づいた結果、悪影響が出てしまったのかも。
 一方で、萌芽しそうな小枝は多数あり、この落葉の季節でも樹勢を感じないわけではない。
 春が来ると同時に芽吹き、たくさん葉をつけてくれるはず。

 この鉄塔のような支柱も、本の写真時点ではなかった。
 幹上部を見上げると、まるで派手な交通事故に遭って骨がガタガタになってしまった人みたいで哀れ……。
 一本だけの大枝を松葉杖のように支えられている姿は、徳島県「野神の大センダン」と近い巨樹の晩年感。

 これはできれば触れたくない点でもありつつ、「周辺環境に恵まれなかった巨樹」……と言うほかない。
 この土地は三代将軍家光の御典医、半井驢庵(なからいろあん)の屋敷跡らしく、ハルニレも驢庵が朝鮮から持ち帰った苗を植えたものだそう。
 その時代からハルニレは敷地の端にあって、すぐそばが街道だったのかもしれない。
 これほど長い時が流れても……驢庵自身、この樹が日本一のハルニレに育つとは予想しなかったはず……街の区画は厳然と継承されてきたのでしょう。

 弱ってきたので外科手術をする。長く親しめるように看護する。
 それができるほど豊かではない自治体はたくさんあるし、そのため滅び去っていく無念の巨樹もまた多い。
 こうしてお金を使ってもらえたことには頭が下がる。

 が、そもそも、ハルニレの健康を脅かしているのは、交通量ひっきりなしの県道406号線で間違いない。
 周囲はちょっとした工業地域で、根の上をガンガン車が走っていく。
 こればかりは仕方ないことですよね……か。
 どうしてもガックリきますね……。

 巨樹と人との相互関係、尊重と調和。
 長野県「月瀬の大杉」とか、山形県「東根の大けやき」の前に立った時のような特別な居心地の良さを紡ぎ出すことがいかに難しいか。結局それは、「並外れた幸運による」としか言えないのかもしれない。
 「せめて社寺の樹だったなら」と思い浮かべるのも、この巨樹の生立ちを否定することになる。
 ですが、うーむ……と、日没の薄闇の中で唸ってしまいました。

 巨樹を諦めず、スタンプラリー以上の記憶に残るものにしたいなら、現代の我々が力を尽くすしかない。
 道路を敷き直さないなら、せめて半井驢庵を岸辺露伴より人気者にするか(超難しい)、でなければ学術的価値をアピールする方がいっそ近道かもしれない。

 そう、「なんじゃもんじゃ?」なんてボケをかましてる時間はもう残されてない。
 唯一無二の「日本最大のハルニレ」、貴重な巨樹だとより声高に発信されるべきでしょう。
 「していいのに」じゃなく、「ぜひしてくれ!」と願っております。

「有馬のはるにれ」
 神奈川県海老名市本郷3881
 推定樹齢:350年以上
 樹種:ハルニレ
 樹高:20メートル
 幹周:7.5メートル

 市指定天然記念物
 樹種(ハルニレ)幹周全国第1位
 神奈川の名木100選

 訪問:2023.2

探訪メモ:
 有馬はこの一帯の旧地名だそうです。
 後方に広い敷地がありますが、ロープが張ってあり、駐車はできません。
 バスの本数上、海老名駅など大きな駅から乗るのが良いはず。
 最寄は「綾:22 海老名~ハマキョウ」線の「変電所北」バス停。
 ここで降りられれば徒歩数分で到着できます。

 「なんじゃもんじゃの木」は、日本各地にあります。
 千葉県「神崎の大クス」が一例で、その土地の植生として珍しい樹種がなんじゃもんじゃ化しやすいのでしょう。

 この辺りには狐にまつわる不思議な昔話も多いようで、海老名市のサイトにたくさん掲載されています。
 中でも「名医に診察してもらった狐」には、「なんじゃもんじゃの木」も「隠居した老名医」も出てくる!
 老名医の沈着冷静さがかっこいい……。
 怪談風味で面白いお話で、おすすめです。

4件のコメント

  • RYO-JI

    日本一のハルニレ・・・そう聞くと是非とも見てみたくなりますよね。
    しかしこの痛々しい姿を見るとその決意も揺らぐ自分もいます。
    支柱に囲われ、生きているのか、生かされているのか季節や見方次第で考えも変わりそうですが、
    こういう巨樹を見ると本人に聞いてみたいといつも思います。
    もちろんそんなことは叶う筈もなく、結局はありのままを見るだけしかできずガックリしちゃうかもしれません。
    それでもやっぱり見ておくことに意義はあるように感じますね。

    このままだとあとどれくらい持つのか?
    心配しだすとキリがありませんけど、巨樹愛好家としてはもっと大胆な環境改善をして欲しいと切実に思います。

    • RYO-JIさん>
      この樹を知るまでは、てっきり最大のハルニレは北海道にあるものだとばかり。
      おそらく、北方種が暖かい気候に養われた結果、立派な巨樹となったのだろうと思います。
      でもそうですね……この姿には、「生かされている」感を感じてしまいます。
      半壊状態でも、RYO-JIさんと見た福井の「専福寺の大欅」なんかはすこぶる雰囲気が良かった。
      しかし、こちらは立地に恵まれませんでしたね……。
      巨樹DBでは「枯死寸前」のパラメータですが、それも仕方ないかもしれない。
      またこの地域に行くなら、青々している時期に訪ねて、せめて主観的な印象だけでもを上書きしたいものです。

  • to-fu

    海老名SAといったら長女が幼少の頃のお正月、どうしてもトイレが我慢できないと突入したら駐車→トイレ→脱出だけで3時間を無駄にした記憶が…マジです。滅びてくれねえかなあそこ。(どうしても口が悪くなる)

    それにしてもとんでもないハルニレですね!トップの写真を見た瞬間に興奮してしまいました。
    これは是非とも葉を付けた姿も見てみたいですが、巨樹のリアルを見るという意味では落葉した時期の姿を
    見ることができて幸運だったのではないでしょうか。しかし壮絶だな…私もやはり野神の大センダンを思い出しました。

    渡辺サンの時代どころか私が巨樹をめぐり始めてからだけでも本当に多くの巨樹が枯死してしまいました。
    個人的には三人で集まった思い出もあり、赤羽根大師のエノキの倒壊には本当にショックを受けましたよ…
    効率化を追求するスピーディな現代社会って、大切なものをポロポロと落としながら突っ走ってますよねえ。
    カメラ業界然り、資本主義も行きつくところまで来つつある感がありますから、そろそろ立ち止まって足元を
    見つめ直す時期のように思います。我々もせめてWebの海の片隅で叫び続けたいですね。

    • to-fuさん>
      マジですか……遠方からのファミリーに何たる思い出をサービスしてんだ、あのエリアは。
      東京、横浜方面から我慢してちんたら走ってきて、飢餓とトイレが同時に襲うところにわざわざあんなモン作るんだから、県はきっと地雷原が欲しかったんでしょうね。
      電車で乗り込んだ海老名は違って見えました。ははは、まあいわば(これ以上はやめておこう)

      それはともかく、色々書きましたが、一見の価値あるハルニレなのは間違いなしです。
      調べていくと、各地にぽつぽつと大きなハルニレを見つけることもできたのですが、たしかにこれほどの個体はない。
      立地上こうなるしかなかったのでしょうが、扁平な印象も受け、これ以上傷んで車道の方へ傾くようなことがあれば、早い判断で切られてしまいそう。
      確かに、どんな姿にせよ、ありし日を記憶に焼き付けられて良かったと言えます。

      害虫、震災、台風、熱波……本当に訃報が多いですね。
      殺風景とも言える風景の中、明らかに浮いているこの巨樹を見ていると、「がんばれ」と応援するのも何か違うような、複雑な感情に囚われました。
      人の手が植えた「日本一のハルニレ」にスゲエ! と感動しつつも、同時に反省と罪悪を感じてしまうようです。

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