巨樹たち

岩手県奥州市「梁川のエドヒガン(種蒔桜)」

厚い歴史の上で今年も春を呼び覚ます

 岩手県奥州市といえば、そう、大谷翔平選手! ですが……いや、オオタニサンはもちろん凄いんですが、巨樹界隈では一本桜の名所です。
 中で、ひときわ存在感を放つ大桜が、この「梁川(やながわ)のエドヒガン」ではないでしょうか。
 2024年のお花見において、ここだけは行く! と唯一事前に決めていました。

 現地ではもっと一般的に「種蒔桜」として知られている桜です。
 主要道路の県道179号線から折れるところにカラフルな看板があり、アクセスは良好。
 田園風景を眺めつつ走る道路の傍らにあり、周囲に木立などもないので、数十メートル手前からでもよく見えます。

 おお! これは大きい!
 巨樹として見ても、何の忖度も必要としない堂々とした体躯。まさに春の顔役。
 花巻市のソメイヨシノは満開でしたが、まだ3分~5分咲きまでは行かないという感じでしょうか。
 同じく花巻市のエドヒガン「八日市場の雲南桜」よりも咲きが遅く、うーむ、桜はどうにも難しい。

 枝張りは南北26.5メートル、東西24メートルあるそうです。
 かなりの古木なのは間違いなく、花をつけなくなった枝もありそうに見える。
 しかし、道路を通る=文字通りの「樹下に入る」状況で仰げば、無数の花の淡い色に視界がふわっと明るくなり、思わず歓声が漏れます。

 幹周囲5.67メートルとあり、同市「北館桜」のよきライバルという感じですが、こちらは樹形が複雑。
 枝にうねりを加えつつ主幹はかなり傾斜しており、こちらにのしかかってくるような迫力があります。
 これで大破していないのですから、昔から支保を入れるなどして大切にされてきたのでしょう。

 この辺りには「鶴ヶ館城」という城があったらしい。
 天守閣があるようなお城ではなく、堀や土塁からなる「中世城館」(下図)。

 墓地といっていいのかわかりませんが、幹の周囲にはたくさん石碑石仏があるため、むやみに近づかないようにしました。
 一番大きなものは「支石墓 古代朝鮮人の巨石墳墓」とある。
 支石墓とは石器時代の遺跡で、特に朝鮮に多い様式の墳墓。とすると、築城より以前からここにあったものということになりそうですね。

 と、このように、奥州市一帯は縄文時代から中世、それ以降に至る遺跡が無数に発掘されている地です。
 「奥州市Web博物館/奥州市の遺跡」に公開されている資料、これ自体も読み物として面白いのですが、当「種蒔桜」「北館桜」(奥州安倍氏の遺跡)、宮城県「親王櫻」(南朝「陸奥将軍府」に関係)などの巨樹をキーとして読み込むと、さらに網目状のリンクが浮き上がり、もうほんと、たまらないものがありますよ。

 「種蒔桜」というからには、この桜の開花を指標にして田に種もみを蒔いていたわけです。
 岩手県にエドヒガンの一本桜や巨樹が多く見られるのも、暦を体現するものとして大切にされてきたからに違いありません。
 実際、「種蒔桜」だけで検索すると複数個所ヒットしてしまうので、「どこの種蒔桜」か、地名を付して憶えておく必要があります。

 この迫力を味わってしまうと、一本桜巡りが癖になりそう。
 場所が広々としているので、離れた位置から望遠レンズで撮るのもオツなものですよ。
 と、持ってたのがオールドレンズで、なおさらふわっと(モヤっと?)した描写になりましたが、それもまた良し。かな。

 この桜巨樹をバックに、子供たちによる鹿(しし)踊りが披露されるイベントや、ライトアップもあるようです(「奥州市観光物産協会 スタッフ日記」の記事。2024年の鹿踊りは4/21日曜開催。)。
 これぞ桜巨樹と言うべき、見て良し、考察して良しの一本桜です。

「梁川のエドヒガン(種蒔桜)」
 岩手県奥州市江刺梁川中野93
 樹齢:400年
 樹種:エドヒガン
 樹高:14.6メートル
 根周:5.67メートル

 市指定天然記念物
 訪問:2024.4.14

探訪メモ:
 手前に地区の集落センターがあり、束の間停めさせて頂きましたが、例年、4月中旬~下旬の満開時には混みあうと思います。
 この時期の岩手県を走るにあたっては、「北上展勝地」のお花見渋滞にもご注意。前年、半日単位でハマってしまいました……。

4件のコメント

  • to-fu

    桜巨樹というと春のごく僅かな時期以外はあまり鑑賞の対象にならない印象が強いですが、
    この桜は開花時期以外も立派な巨樹として楽しめそうな面構えをしていますね。
    樹形が素晴らしいです。葉を付けた時期にシルエットだけ見せられたらスダジイ巨樹だと勘違いしてしまいそう。

    東北は意外と?古い遺跡が多いんですよね。
    ヨメ実家の近くにも国の特別史跡のストーンサークルがあるし、青森の十和田近くにキリストの墓なんてのもあった記憶が 笑
    キリストの墓は何かのネタになるかと寄ったことがありますが、それらしく書かれた解説板を読むだけでも楽しめました。

    • to-fuさん
      この撮り応えからして、春にしか観ないのは勿体ないような巨樹ぶり!
      ……なんですが、この地域でも指折りの一本桜だという事実が、人をまずどうしてもお花見に駆り立ててしまう。
      こういうとこが、ある意味、桜巨樹の悲哀と言えるかもしれませんね。
      夏、青々とした姿も見てみたいです。

      宮城にも変な丘だなあと見ると古墳だったりするんですが、岩手、青森へ向かうと、それがまた古く濃くなっていくのが凄い。
      キリストの墓とかとんでもない話なんですけど、あの辺りに身を置いてみると、あるかも……いやまあ、そこまでは言えませんが、どうやっても見通せない何かがあるような気がします。

  • RYO-JI

    これは花のキレイさを楽しむ桜としても充分、巨樹としても大変満足のいく存在ですね。
    短期間とは言え、その両方を同時に満喫できる桜の巨樹はとても貴重かと思います。
    それにしても大きな桜ですねぇ。
    幹周はもちろん、樹形がとても良い。
    桜としては高齢でさすがにナナメになって支柱も必要でしょうけど、一本桜の魅力が溢れまくってますね!

    • RYO-JIさん
      お花見としても巨樹鑑賞としても、素直に楽しめました。
      エドヒガンの一本桜、それぞれ個性もあるし、春の巨樹巡りの楽しみになりそうです。
      この樹の場合、全体をすっきり見渡せる立地も良かったです。
      そういう場所だからこそ、のびのびと大きくなれたとも言えると思います。
      道の両脇にずーっと水仙が植えられていたりして、ほのぼのした雰囲気がまた素敵なんです。

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