巨樹たち

福島県南相馬市「大悲山の大スギ」

多腕異形の金剛羅漢

 福島県、浜通り。8年経ったとは言え、3.11以来、足が向かなくなってしまった土地です(訪問時は2019年)。
 しかし、ここでも巨樹は灯台の役割を果たしてくれました。 
 重たい霧を振り払い、わざわざ目指すだけの強烈なインパクト。
 福島県南相馬市の「大悲山の大スギ」、風評で見に行かないのは大変に勿体ない巨樹。

 帰還困難区域のある双葉町、大熊町方面はバリケードで進入禁止となっていましたが、南相馬市では広範囲が「避難指示解除準備区域」とされ、土砂の入れ替えや除染作業が行われていました。
 海風の守護か、ここよりも山側に入った方角の方が線量が高いらしく、厳重に規制されています。

 若干の緊張を強いられながら走り、探すまでもなくその気配に行き当たる。
 大杉は樹冠でお寺への上り口をすっかり覆い隠してしまっていました。

 ……と、しかし、左右2本あるとは聞いていなかった!
 もちろん、一目見て、「大悲山の大杉」は向かって左の巨樹だとわかりましたが、右のスギも十分に巨樹クラス。
 幹周5~6メートルはあるんじゃないか。

 枝をくぐって進んでみると、たいそう立派な幹が現れます。
 すごい! 7メートル台と表記しているデータもあるのですが、足元には8.6メートルと記した解説が添えられている。
 胸高/目通りの計測高さでの違いでしょうが、もっと大きな数値でも頷いてしまえる。
 すぐ近くで存分に迫力を浴びられるのも一因でしょう。

 石段を登って初めてその巨大な全貌を拝めるようになる。
 下から仰ぎ見た時とは全く違った印象を受けます。

 この、独特すぎる形状……。
 おそらく注連縄のあたりが計測高さですが、その上部から爆発的に太さが増している。
 しかも合体樹ではない。主幹ごと樽型に膨らんでいる。こんな杉は見たことがありません。 

 際限なく上に視線を送り続ける羽目になる主幹は、45メートルという樹高を誇っている。
 これだけ見ても相当な一本杉と呼べるのに、付属物がまた実に多い。

 斜面方向にだけ付いている、異様にうねった触手のような枝、また枝。
 異形。千手観音が多くの腕々で印を結んでいるような凄みを感じます。

 全体像を捉えづらいのですが(フレームに入りきらないほどデカい)、巨大な柱のような主幹とこの異様な細部の取り合わせは、人の想像を超えた滅茶苦茶な迫力を生んでいます。
 おおお……と、眺めては震えるしかない。
 金剛羅漢は寺院への魔の侵入を防ぐため怒りの形相で門を固めていますが、ここでは、まさに巨杉たちがその役割を果たしている。

 向かって右のスギも、同様に多腕の個性を発揮し、かなり軟体的な風体です。
 崖から落ちそうになりながら撮っていたので、時折この樹に支えてもらいました。

 触手(枝とは呼びがたい)の先端からは、何やら気根を出しそうな、さらなる変異への疼きを感じる。
 キメラ、ハイブリッド……いや、あんた一体何者なんだ?

 「大悲」とは、衆生を救う深い御仏の慈悲のこと。
 京都にも「大悲山」、「大悲山の大杉」が存在していますが、個性としては、こちらのスギと決してダブりはしない。
 ちなみに、かつて石段を造営するにあたって、杉の根元を埋めてしまったとの記述があります。
 つまり、本来ならもっと下で計測がなされるはずで、数値的にも9~10メートルを超す数値が示された可能性も高いのでは。

 気温は1度、ちらほらと雪が舞い散り始めました。
 あの事故以来、人通りはすっかり減ったようですが、間違いなく福島を代表する巨樹の一本です。
 この、「完全に圧倒されてしまった!」という感じが、とても心地いい。

 ここ慈徳寺は薬師を奉り、お百度参りすると縁結び、安産、長寿に霊験ありとのこと。
 岩窟を直接掘って作られた磨崖仏もありますが、古さゆえに風化が激しい。

 しかし、こんな災禍があろうとも、巨樹は風化せず。
 復興に伴って、多くの人にこの驚異のフォルムを見て頂きたいと願います。

 そして、おそらく……
 あのバリケードの向こうにもきっと凄い文化財があったのだろうと……歯痒く思いました。

「大悲山の大スギ」
 福島県南相馬市小高区泉沢薬師前
 慈徳寺
 推定樹齢:1000年
 樹種:スギ
 樹高:45メートル
 幹周:8.6メートル

 県指定天然記念物
 ふくしま緑の百景
 訪問:2019.1

探訪メモ:
 この当時(2019年)でも、行列をなすダンプカーに挟まれて走るプレッシャーを除けば、比較的支障なく訪問できました。

 セットで訪問できる距離にある「行津の大杉」も立派なスギです。

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