巨樹たち 京都府京北片波町「伏条台杉群生地と平安杉」 / 0件のコメント 弱肉強食の魔界 京都のほぼ最北域、人跡稀な山林ばかりという地域にやってきました。 現地在住の写真仲間to-fuさんと、京都府天然記念物指定のスギ巨樹の群生を探索します。 舗装道路があるうちからかなり濃い山々を眺めつつ、目的地へは未舗装のダート道を数キロも登っていかねばなりません。 (道中の苦闘あれこれは「2017年・九州~関東 巨樹旅4」にて掲載します。) 下車してからはトレッキングとでも呼べるような道をまた数キロ歩くことになり、さらにはまたもや終日の土砂降り…… しかし、冒険した甲斐は大きかった! ただし……と、一応書いておきましょう。 植物、巨樹たちといえど、ここに展開する世界観はかなり強烈です。気の弱い方はご注意を。 この辺りに生育しているのは、一般に「芦生杉(アシウスギ)」と呼ばれる天然杉で、(主に日本海側の)雪深い地域で生きるため、真っ直ぐな杉のイメージとはかけ離れた奇怪な樹形になることで知られています。 地域によって使われる「台杉」という呼称も、概ね同じようなイメージのもの。 生物学的にはどちらも同じスギですが、日本海側のものを「裏杉(ウラスギ)」、太平洋側のものを「表杉(オモテスギ)」とも呼びますね。 ようやく林の中で探し当てた案内板には、いくつか名付きの樹が示されていますが、個々に解説はない。 後に写真で振り返っても、どれがどれだったのか特定に苦しみます。 しかし、そういうことは問題ですらないということがすぐにわかります。 異形。あまりにも変わり果てた姿の杉たちが矢継ぎ早に現れ、人間の小賢しい思考力を簡単に奪い去ってしまうのです。 へし折れた杉の主幹に別種の木々が何種類も着生し、土を求めて凄まじい勢いで根を這わせています。 杉に限らず、この地域では他の樹々の勢いも、過激なまでに容赦を知らない。 斜面を歩き、山に分け入って行くに従い、どんどん空気の質が変わって行くような感じがありました。 自然観察路とはいうものの、ここは自然の恵みに感謝したり緑に心を癒されたりする場所ではない。 弱肉強食の世界。そんな緊張感が張り詰めている森だと感じました。 ここに居る者たちは、樹木というよりはむしろ野獣に近い……。 今回特有のワード「伏条台杉」とは、植物の「伏条更新」、すなわち雪などに押さえつけられた枝から根や幹を派生させる性質を示唆しています。 これまでも山形県「幻想の森」、富山県「洞杉(及び岩上植物群落)」などインパクトある裏杉の群生を見てきましたが、それらと並ぶ凄絶な迫力。 樹木の世界も生存競争の面では殺伐としたものであることを思い知らされます……。 弱れば他種の敵に踏み潰される。根をねじ込まれて、内側から引き裂かれる。 しばらく身を慣らし、撮影に集中するまでは、これらの樹々に近寄ることも躊躇われました。 一緒に来てくれる友がいて本当に良かった……。 樹齢に関するデータはないのですが、多くの樹が恐らくは300年以上の過酷な年月を生きているのではないでしょうか。 人間の優しさとは何するものか……なんて思いますが、保護林なので、樹の傷みに養生が見られるものもありました。 また、スギ同士は不思議と同じくらいの距離を保って点在しており、これも適応と淘汰の故なのかもしれません。 写真の樹は珍しく単幹ですが、またあまりにも不自然な枝の形をしている。 動物の触腕のようにうねったかと思えば、突然垂直に天を指す……狂気の合間に不意に正気に戻ったかのように。 身を置くうち、弱肉強食というより魔界に近い世界ではないかと思い始めました。 それほどどこを見ても常軌を逸する光景ばかりが続く。 何一つとして人間の知性がデザインできないような凄まじい形態をさらけ出している……。 ある樹は内臓剥き出しで生き続け、またある樹はもはや樹であることをも忘れてしまったかのような異形。 生きては死に、死んではまた生き……。 人間はさも知ったように「死は生の一部である」などと言いますが、この生き物たちは、ずっと現在進行形で「死にながら生き続けている」のではないか……。 本当に死んでしまっているのか? 死んでいるふりをして何かを企んでいるのではないか? 背を向けているうちに追いかけてきそうな不吉な気すら感じ、はっきり言って怖かったです……。 かなり大型の個体。 後で調べてみると、「大主杉」というものに似ています。と仮定すれば、幹周は10.5メートルとのこと。 外世界では、必ずやこの姿を形容するための固有名詞が授けられたでしょうが……この森の中にあっては比較的健全な巨樹と見えてしまうから不思議です。 さらに奥に、立ち入れない深い保護森林があるとのこと。その深度の魔界は一体どんな世界か……。 それを知るのが、かつていた山人、マタギのような人々でしょうか。 軟弱な平野民としては、間違ってもこの森で夜を明かすような真似はしたくない! クマばかりかスギに取り殺されてしまうかも……。 実に強烈な体験ができました。 「伏条台杉群生地」 京都府京都市右京区京北片波町 片波川源流域伏条台杉群生地 樹齢:不明 樹種:スギ 樹高:15メートル前後 幹周:〜10メートル前後 府指定天然記念物 訪問:2017.10 探訪メモ: 右の地図の座標は大体の位置。 未舗装だった数キロの道は、この後、舗装されたとか。 しかし、山は大変深く、遭難の危険性もありますので、ツアーに参加されるなど、現地観光協会にお尋ねになるのが無難だと思います。 冬季や悪天候の単独行について責任は負いかねますので、ご注意を。 平安杉 伏条台杉群最大の巨樹 片波川源流域の伏条台杉群生地において最大とされる個体。 前に立った時、「ああ、これだ……」と瞬時に悟るような巨大さです。 折れていない幹は勢いがよく、周りの木立よりも高く伸び上がっている。 平安の昔から生きているというイメージで「平安杉」と名付けられたのか。 傍らには平安杉のもので間違いないであろう、巨大な落枝が転がっていました。 こんなものが折れたとあっては、ストレートなオモテ杉ではバランスを大きく損なってしまったでしょう。 が、いくつかの幹は死につつあるようにも見えつつも、同時に他方で、雨を浴びてますます勢いを増している……。 荒々しく、柔軟で、再び見てなおますます荒々しい。この森の樹の性質自体を象徴している巨樹と言えます。 もう一度引いて、その特異な形状を眺める。 この辺りの杉山は、中央権力に用材として見られていた歴史があるらしい。 台杉という名と、これら異形の由縁についても、分岐上部で伐採して継続的に材をとったため、このような樹形になるのだとも聞きます。 いびつで、まるでばかでかいキノコの株のようにも見えます。 多雨森林に生きる上で収斂進化のように形状が似てきてしまうのか……などと、雨の冷えとも巨樹への畏れともつかない身震いが走りました。 「平安杉」 京都府京都市右京区京北片波町 片波川源流域伏条台杉群生地 樹齢:不明(〜800年?) 樹種:スギ 樹高:25メートル前後 幹周:15.2メートル 府指定天然記念物 訪問:2017.10 探訪メモ: 伏条台杉群生地の奥地に鎮座しています。 我々のように逐一写真を撮りながら進んで1時間程度で辿り着いたと記憶していますが、やはり初見だと迷う危険はあると思います。ご注意を。 関連