巨樹たち

岩手県花巻市「八日市場の雲南桜」

謎の「雲南さま」と古桜

 昨年の盛岡市「石割桜」「らかん公園の栗割桜」などが印象深く、今春も花見は岩手県に出かけることにしました。
 巨樹基準を満たす一本桜が数多く、目移りしつつも、同県は広すぎる。ワンシーズンの週末休みだけで網羅しようなどと考えてはいけませんね。

 そんな中で、花巻市東和町市街にほど近いこの「八日市場の雲南桜(うんなんざくら)はアクセス簡単、探検クエストも要りません。
 岩石のような根幹と、ふわっと白い花の樹冠を遠目にも発見できます。

 言うまでもなく「国宝級の名桜」などではなく、古くから道端に生きてきた市井の桜。
 庭園的な景観は期待できませんが、だからこその野趣、生命感で魅せてくれます。
 市指定天然記念物であり、上記の通りアクセスが良いので、桜めぐりの中継地としてポイント高いと感じました。
 (花巻市サイト「春のロケーション」にも掲載あり)

 かなり開花が早まった昨年(2023年)と比べ、今年(2024年)は平年並みに近かったようです。
 花巻市では4月半ば時点で並木のソメイヨシノは満開ですが、エドヒガンの一本桜はそれより遅く、5分咲き~の感じ。
 「雲南桜」は間違いなく相当な古木ですが、花の付きは良好。
 現段階でも見応えしますが、まだ余力を残していると感じられるのも良いですね。

 樹冠下に入ってみる。巨樹としてはどうか。
 長い年月の中での幾度もの折れ、腐朽、そして再生を感じさせる不定形な幹姿です。
 幹周囲数値は6.6メートルと掲載されるものの、現地解説を読むと「根周囲」となっています。

 まあ、こういう樹形ですから、「どこで測って幾らだったのか?」とか、「県で何番目の桜か?」とか追求しても、あんまり意味はないと思いますね。
 おお、太い、立派だ、これはいかにも古いぞ。そういう実感だけで十分だと思います。
 横から突き出た太い枝はもはや別の幹として生きる道を選んだように見え、主幹には大きなウロもあり、そこをちょうどつる植物(スイカズラ?)が蓑のように覆い隠している案配もおもしろい。

 さて、リサーチ段階から気になっていたのが、その名「雲南桜」ですが、いったい何なのか。
 推定樹齢550年と目される、そんな昔、中国雲南省からでも持ってきたとでも言うのかい。

 ……そうではないらしく、根幹の傍らにある小さな祠が「雲南さま」という神様のものらしい。
 じゃあ、その雲南さまにもご挨拶しようじゃありませんか。

 と、祠側に回ってみて、ちょっとウッと唸った。
 ボコンと黒い物体が一個、乗っかっている。これが「雲南さま」……?
 目鼻口はおろか像の形をとっておらず、しかしご神体然としているので手を触れる気になりませんでしたが、マットで滑らか、あくまでも黒い。
 材質が石なのか木なのかすら判別できない。雲南さまとやら、あなたはいったい……。

 帰着後、ネット調査してみると、1件、南三陸町のサイトに同町の「雲南神社」についての言及を見つけました。

 「ウンナン」には運南、宇南の字があてられることもあり、宮城県・岩手県に分布しています。ウンナンさまの神使としてウナギが知られており、この神様は水神・田の神とされています。

 なるほど、一応は腑に落ちました。
 現在でもこの「雲南桜」は水田地の傍らにありますし、昔は川船からこの桜を見たとも解説にある。
 道祖神とも関連しつつ、田の神のご神体として石を祀る例もある。黒くてぬるっとしたその質感も、どことなくウナギっぽいとも言える、かも。
 いやまあ、詳細まではわかりませんが、泥の匂いのする素朴な神様に、綺麗な桜とうまいお米のお礼を申し上げました。

「八日市場の雲南桜」
 岩手県花巻市東和町土沢10区
 樹齢:550年以上
 樹種:エドヒガン
 樹高:10メートル程度
 根周:6.6メートル

 市指定天然記念物
 訪問:2024.4.13

探訪メモ:
 向いに広場に、つかの間駐車させて頂きました。
 JR土沢駅から徒歩でも訪問可能でしょう。
 近くに「町井のサイカチ」もあり、こちらは夏の樹冠が見どころ。

4件のコメント

  • RYO-JI

    通常の巨樹目線で見てしまうとどうということのない桜ですが、開花時期だけはまったく別物ですね。
    調べてから来たのではなく、偶然近くを通りかかっただけでもその美しい姿に引き寄せられてしまうことでしょう。
    樹齢550年とすると桜としては相当な古木ですよね。
    歴史の重みが根元部分にはっきり表れていると思いました。
    そしてこの桜が個人所有というのもいいですね、みんなに開放してくれていて有難い。
    ウナギっぽいという雲南様もちょっと見てみたいです(笑)。

    • RYO-JIさん
      そうそう、現金なもんですけど、ちょうど咲いている時期だからこそ立ち寄りました。
      以前は「いや、ワタシは巨樹を見ているのだ。咲いてない時だって樹は樹だ」とか意地を張りがちでしたが、多分春以外に行く動機を得られない樹もあると、もう正直に認めます。
      咲いていなければ不格好にも見える古木、しかし咲けばいまだに華やか。このギャップもあり、見に行けてよかったです。
      まさにこういった存在感の一本桜が岩手にはいくつもあるので、今後の春の楽しみにできそうです。
      ちょっと変わった神様にもまた会えるといいなと期待もあります。笑

  • to-fu

    なるほど雲南サマ…由来を知らずに発見したら完全に謎の物体ですね。
    地元の方でも何でこんなものを祀ってるんだ?と訝しんでいる人も少なくないのでは。

    さて桜。これは良い!思わず声に出してしまいました。これは良いぞ。
    エドヒガンのレジェンド級の方々は美しさより悲壮感が勝るものも多く、春の暖かさにつられて
    花見に出かけるには気分的にいささかしんどかったりするので。
    この雲南桜さんは樹齢相応の傷みこそ感じられるものの、もっとシンプルに
    「大きくて綺麗な桜」として眺められそうです。春の桜はこうでないと。

    こういう一本桜が近所にあって、毎年桜の時期にお弁当持って眺めに行くくらいが理想的な気がします。
    いや、近所にないから結局気合いを入れて大物目当てに遠出して疲れることになってるんですけどね…
    ご近所の方が羨ましいです。(近くのカブト虫ふれあい童夢も気になる 笑)

    • to-fuさん
      雲南さまについては、大変好奇心をそそられました。
      本当にコレでいいのか……いえ、こうしてここに収まってる以上はと思うんですが、神様だと認めたら認めたで、物体としてのコレは何なのか? が気になって仕方ないです。笑

      ぽっかりと、雲南さまを格納できそうな大きなウロがある一方で、勢いはそれなりにあり、元気そうに見えました。
      今まさに満開を目指している時期だからこそ、なおさらそう見えたというのもあるでしょうが、野趣とともにエドヒガンの生命力の強さを感じます。そう、確かに悲壮感はありませんね。
      周囲の景観が他の一本桜と比べると市井すぎる感じがある一方で、毎日通勤通学がてら、咲いて散る様子を横目に楽しんでいる方も多そうな桜でした。

      カブトムシ、取り放題なんですかね?笑
      そのほんのちょっと先に「町井のサイカチ」があるので、こちらはまさに夏に来たいゾーンです(サイカチ巨樹は好き)。
      サイカチの樹液にもカブトムシが来てるかもしれませんよね。

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