巨樹たち

埼玉県秩父市「三峯神社の重忠杉、サワラ」「吉ヶ谷の大栗」

狼護る霊峰の巨樹たち

 埼玉県秩父市。関東有数の霊峰として知られる三峯(みつみね)神社に参拝する機会を得ました。
 三峯と言えば狼(山犬)信仰。そう、かつてオオカミが出たほど山深い場所ですから、それはもう大きな樹だって。ない方がおかしい。

 埼玉県西部、以前ときがわ町までは来たことがありますが、秩父市は初めて。
 いかつい武甲山が見下ろす住みやすそうな秩父市街を抜けると、途端に山また山。
 色づく山景色を撮ったり、ダムの堤の上を走ったり。小冒険気分の当然の代償として離合待ちなどもこなしつつ、道は標高1100メートル超まで巻き上がっていく。
 古来「三峯講」で賑わった三峯神社は、現在はパワースポットとして大人気。数百台規模の駐車場と、茶屋や宿坊も完備されています。

 高地の清く冷たい空気を味わいつつ、駐車場から700メートルあまり参道を進む。
 どっしり構える「随身門」の厳かさに、こんなワタクシでも身が引き締まります。

 「三峯神社の由緒は古く、当山大縁起によると日本武尊(やまとたけるのみこと)が伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)をお祀りしたのが始まりと伝わります。(神社HPより)」

 狼信仰も、日本武尊がこの地で狼に導かれた由縁だそう。
 通常の神社で狛犬がいるべき位置は、全ていわば「狛狼」が守護しています。

 満を持して現れる拝殿は、山の深さ昏さに慣れた目を驚かせる彩色の豊かさを湛えていました。
 言うまでもなく、両脇にそびえているのがスギのご神木。 
 向かって左側のスギが太く、鎌倉時代の武将・畠山重忠(はたけやま しげただ)のお手植え伝承があることから「重忠杉」と呼称され、800年という推定樹齢が計算されている。
 幹周り6.95メートル、樹高46.3メートルとのこと。
 (「日本巨樹・巨木林の会」の資料および「秩父地方の巨樹名木研究(NPO法人秩父環境を考える会)」のデータ)

 「重忠杉」のすぐ後ろにもう一本のスギがあり、根元でくっついている。かつ、その背中側は石垣にめり込んでいるような状態。
 これらひとくくりで「重忠杉」なのかはわかりませんが、この根本規模は巨樹を見慣れた目にもなかなかの迫力に映ります。

 左手方向からウッドデッキのようなものが張り出しており、解説板(といっても巨樹のデータはない)には、「静かに神木から『氣』をいただき それぞれのお守りを身に着け お元気な日々をお過ごしください」とある。
 この神木からの「氣」が評判で、数多の人が触れた結果、樹皮は黒光り……を通り越して赤く擦り減ってくぼんでしまったそうです。
 接触不可になったコロナ禍を挟み、ウッドデッキの位置もいくらか見直された模様。

 「それぞれのお守り」というのは、色違いの「氣守」のことで、特定色のプレミア争奪戦になってしまったらしい。神社愛好者の中では有名な話のようです。
 このお守りの中に神木の欠片が入っていた、とも。「氣」と「樹」をかけたものでしょうか。
 静岡県「來宮神社の大クス」で抱いた印象とも通じますが、ううむ、ご神木として立ち続けるのもラクではないですな……。
 などと、つい同情しながら見上げてしまいました。

「三峯神社の重忠杉」
 埼玉県秩父市三峰298-1
 三峯神社
 推定樹齢:800年
 樹種:スギ
 樹高:46.3メートル
 幹周:6.95メートル

 訪問:2023.11

探訪メモ:
 古来から霊場の一部として保護されて不要だったのか、天然記念物指定はされていないようです。

 本田不二雄著「神木探偵」では、この「重忠杉」と、畠山重忠が宮崎県高千穂で手植えしたとされる「秩父杉」の縁が考察されており、濃密な歴史ロマンを感じました。

三峯神社参道のサワラ巨樹群

 拝殿に至る参道両側には、背の高いスギ、ヒノキ、サワラがびっしりと生育しています。
 同様に数多くある碑を読むと、「奉納 桧苗木参萬本」などと刻まれており、これこそ古来からの「三峯講」の足跡なのだと知りました。
 数多の人々が拝み、数多の樹が植えられていった。おそらくは、念願しつつも果たせなかった人の分までも。
 そうして奉納された苗が、今や高さ3、40メートルはあろう……要するに、参道を巨樹だらけにしています。
 名付きの神木に昇格したものは見当たらないながら、事前リサーチの折、この中に、「これはぜひ見たい!」という樹を見つけてしまいました。

 右も左も大木まみれの中、その詳細位置を示すのは難しいですが……
 一の鳥居ともいえる「三ツ鳥居(左右にも張り出している珍しい形の白い鳥居)」をくぐらずに、「三峰山博物館」の前の道を進んでいった先、としておきます。

 山の天気は変わりやすく、やがて土砂降りに。
 薄暗い木立の中を進んでいくと、他を圧倒して大きな幹が見えてきました。

 名もなき巨樹。樹種はサワラだそうで、幹周囲は約7メートルあるそうです。
 ヒノキとサワラの違いは葉にあるそうですが、何度聞いても覚えられません。
 というか、この雨の中で見極めるのはなおさら無理……ですが、幹周7メートル超のサワラ、全国的に見ても立派な部類でしょう。
 ヒノキだったら、なおさら貴重。

 幹姿はいびつ。削いだように急に半分ほどの細さになりつつ高く立ちあがっていて、見ようによっては途中から別の樹を接いだかのよう。
 生死を分けるような折損や切断を経験しながらも、新たな幹を再生させた姿なのでしょう。
 樹皮にも荒々しく裂けた傷痕が見え、樹齢の長さとその間に襲った苦難の多さを感じさせます。
 同時期に植えられたサワラたちが消えていった中、この樹だけが今も残っている……そうも想像させる姿です。

 その「同期」たち、どこかに残っていないものかと探してみると……
 車道を見下ろす林に、明らかに時代の違う巨樹クラスのサワラ(ヒノキかも?)が幾本か見つかりました。
 少なく見積もっても幹周5~6メートル、剣のような直進体型で、樹高は天衝くように高い。

 こう言うと角が立ちますが、これほど名高い神社の神木が立派なのは言うまでもないこと。
 一生に一度の念願で三峯講に訪れた庶民の想いまでもが、こうして巨樹と化して林立している尊さにこそ胸を打たれました。

「三峯神社参道のサワラ」
 埼玉県秩父市三峰298-1
 三峯神社
 推定樹齢:不明
 樹種:サワラ
 樹高:25メートル(目測)
 幹周:7メートル

 訪問:2023.11

探訪メモ:
 三峯神社には他にも観察しがいのあるサワラ、ヒノキが多数。大きな個体を探してみるもよし、一本一本の姿に物語を感じ取るのもよし、です。
 他に、裏手であまり目立ちませんが、県天のモミなどもあります。

「吉ヶ谷の大栗」

 三峯神社参拝の際に、覚えておきたい巨樹をもうひとつ。
 山を巻き上がる登攀路をこなし、多分もうすぐ到着……と予感が差してきた頃、カーブのガードレールギリギリに見えてくるクリの巨樹、「吉ヶ谷の大栗」です。
 巨樹写真家・高橋弘氏のサイト「日本の巨樹・巨木」に記事があり、幹周の実測数値も載っていました。

 秩父の深い森林からより大きな個体が見つかっても少しも驚きませんが、現時点で「埼玉県で最大のクリ巨樹か」、との話題も。
 事実、巨樹DBで埼玉県のクリ巨樹を検索してみると、出てくるのは秩父市の一件のみ。サイズからしてもおそらくこの「吉ヶ谷の大栗」です。

 老樹らしく大きなウロが口を開けており、サルノコシカケ的な白い大型菌の付着も確認できます。
 しかし、うねるような枝は太く長く、確実に巨樹好きの目を捉えるでしょう。

 にしても、さすが有名神社、この道路も、もはや参道の一部と呼ぶべきではないか……。
 後続車多し、おまけに観光バスとも譲り合いになってしまい、車窓からの一瞬の出会いのみに留まらざるを得ませんでした。

「吉ヶ谷の大栗」
 埼玉県秩父市三峰
 推定樹齢:200~300年
 樹種:クリ
 樹高:22メートル
 幹周:4.44メートル

 訪問:2023.11

探訪メモ:
 高橋氏のテキストには「道幅が広い個所に駐車できる」とはあるものの、オンシーズンだとだいぶキツいですね。笑
 それでも、「巨樹探しクエスト@車窓」のお題として楽しい。

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