巨樹たち

静岡県熱海市「阿豆佐和気神社の大クス(來宮神社の大クス)」

百億の願い、一座の巨樹

 東京から始まった今回の巨樹巡りは、神奈川県小田原市を経て静岡県に踏み込みました。
 ここで本州を代表する一本とも賞されるカリスマ巨樹を詣で、今回は到達とします。(静岡も自分にはちょっと訪ねづらい土地。過去断念経験もあります……が、欲張らない)

 その所在は熱海市内。
 迷う、探す必要は皆無(アクセスは下記に)。
 トンネルのようなJRガードの先の傾斜地に唐突に現れる鳥居……こここそ、今日ますますパワースポットとして名高い「來宮(きのみや)神社」です。

 なんという人気……早朝からサシで向き合った小田原市「早川のビランジュ」と比べ、原宿の竹下通りも同然です。汗
 変な比喩ではなく、特に(巨樹の現場で出会う確率極小なはずの)お若い女性の姿が目立つため、そんな感じを受けるのです。
 その他、お正月でもないのに老若男女、国際色も豊かな何千人という人々が参詣に押し寄せている。驚きです。

 鳥居をくぐって進んでいくと、まず右手に「第二大クス」が登場します。
 これも巨樹として十分大きく、巨樹データベース値では幹周945センチとなっています。
 幹全体がガボッと巨大な空洞で、祠のように扱われている。佐賀県武雄の大楠」などを彷彿とさせる姿です。
 300年前の落雷の影響だそうですが、この不屈の生命力に心打たれて手を合わせる方々も多い。

マップをもらいました。

 やがて正面に美しい本殿が現れ、自分も参詣を果しました。
 祭神とされているのは、日本武尊、五十猛命、大己貴命。
 中でも興味深いのが五十猛命(イソタケルノミコト、ここでは「イタケルノミコト」)という神。
 1300年前、熱海の漁師の網にかかった木像に顕現し、「大クスの洞に祀れば守護しよう」と告げたのがこの神社の始まりだそうです。
 おそらくこの伝承が、連呼される大クスの推定樹齢の根拠ともなっている。

 例えば、桜を象徴する木花咲弥姫命は樹木の神霊と言えるでしょうが、この五十猛命は「植樹の神」とされる。
 つまりここは、「樹の神」ではなく「樹を植える(という行い)の神」を祀っている。
 さらには、徳島県「岡の宮の大クス」のエピソードなどでも見られるように、クスが造船用材として使われてきた歴史も、絶対に関係がある。
 「海の中から木が見いだされる」って、まず普通じゃないですし……民俗学ミステリー的な深淵を感じるじゃありませんか。

 さて、意外なことに、この時点でも全国全樹種幹周第二位という超巨大クスは1ミリも視界に入っていません。
 どうやら本殿の裏手に位置しているらしい。
 あえてクスを視界から遮る位置に本殿を建てた意味も、色々ありそうだぞ……
 などと悠長に思案してる余裕はあまりなく、狭い通路を他のお客さんと順番待ちをしながら、身を躱しつつ通過してます。

 ドン! と突然視界を塞ぐ、これこそが「阿豆佐和気神社の大クス」
 「あずさわけ」は、来宮神社の別名らしく、古語でこの土地の地形を述べたものだとか、諸説あるらしい。

 さすがに大きい。九州でも四国でもなく、関東にもほど近い位置にこれだけの大クスが存在すること自体、驚愕です。
 枯死している幹半分(二株のようにも見える)は、1974年の台風で折れたのが原因だそうです。
 ウロになった箇所を巻き込むように樹皮が皺を寄せ、波打ったまま固まった溶岩のよう。
 23.9メートルもあるという幹周囲は環境省調査の太鼓判で、幹周囲24.2メートルを誇る日本最大の巨樹、鹿児島県「蒲生の大クス」にも肉迫している。

(水を差すようですが、2019年の高橋弘氏の実測データ/ランキングでは18.25メートルだそうで、全国14位まで後退します。
 これほどの大きさになると、どちらの数値に近いのか直感すら働きませんが……差が大きすぎやしないか?
 ランキングの方は、諸々の大型カツラや問題児「吹張の大槻木」も含まれています)

 あまたの人々が手を合わせて周囲を巡っていく。
 「大クスの周囲を一周すると寿命が一年延びる」、または「胸にした願いが成就する」とされ、古来から大人気の願掛け対象だそうです。
 自分はまあ、この巨樹の前に立てたことだけ静かに感謝……いや、この雑踏では無理だな。苦笑

 とにかく、人が多い! 仙台のアーケード街よりも人出があるんじゃないか?
 人多ければ、声と言葉と情報が空間に満ちる。
 これほど無数のヒトビトが願いを持ち寄り……それを、いくら巨大だとはいえ、たった一本の巨樹が受け止めるのか。

 通路後方から押し寄せるこの人たちは、皆、寿命伸ばしたり願いを叶えたりしたいんだなあ……と、呆然としてしまいました。
 クスに手を触れ、「パワーをもらった!」と謎めいた確信をする人も多い。
 クスがあまりにも大きいせいで、ニンゲンは幹に群がって樹液を吸ってる小虫のように見えるが、そのパワーとやらは無限なのだろうか?
 なんなんだ、このあまりにも簡便な「パワースポット」って……?

 巨樹の大きさを見に来たのか、人間の小ささを見に来たのか。
 よくわからなくなる。

 まあ……すみません。自分の好みに合わない探訪だったというだけの話です。
 現地では居たたまれないあまり、「『写真とらせてね』だけだよ俺の願いなんて」……などと拗ねていましたが、目的なんて、パワーでも御朱印でもスイーツでも、なんだっていいのです。
 「自分の意思と脚でここまで来て、楽しい休日を過ごした」という、それこそがきっと皆を幸福にするのですよ。
 今、大クスの写真を見返しながら、そう悟りました。

 もうひとつ確かなのは、やはり我々日本人には樹木に対する高いリスペクトがあり、DNAレベルで現在も継承されているのだ、ということ。
 「阿豆佐和気神社の大クス」は、それを発現させることで「パワースポット」たりえているのではないか。
 すなわち、巨樹は触媒であり、キーにすぎない。
 未来を変え、願いをかなえるパワーはすでにあなたの中にある!
 ……などと言ってみたいですよね。

「阿豆佐和気神社の大クス」
 静岡県熱海市西山町43−1
 來宮神社
 推定樹齢:2100年
 樹種:クス
 樹高:20メートル
 幹周:23.9メートル

 国指定天然記念物
 全樹種幹周全国第2位 
 訪問:2023.2

探訪メモ:
 JR伊東線(熱海~伊東)「来宮駅」下車。熱海方面からだと、熱海駅から一駅目です。
 そこから徒歩400メートルありますが、常に神社目当てのお客さんの列ができているので、目印を探す必要すらなく、まるでエスカレーター。
 熱海駅からも1.6キロ程度の距離なので、散策がてら歩いても30分程度で到着できます。

4件のコメント

  • to-fu

    やはりこちらも訪問されていましたか。
    私ももちろんいつか行こうと「行きたい巨樹リスト」に登録済みのクスノキです。
    (しかし行くならやはり車になるので、小田原下田間のエリアは渋滞的な意味で大変難易度が高い。)

    あまり他人とかち合うことのない巨樹界ですが、クスとスギの大物だけは若い女性と遭遇することが多い
    ような気がします。各地のパワースポット的なサイトに紹介されていることが多いからなのでしょうが。
    せっかくの余暇に癒しを求めてパワースポットなる土地をせかせか回る様を見ていると疲れすぎだろ現代人と…
    いえ、何でもありません 笑

    写真からも噂に違わぬ凄みが感じられるクスですが、この混雑の中ではじっくり巨樹と向き合うのが難しそうですね。
    自分が訪問するとしたら絶対に早朝一発目。そこを逃したらスルーでもいいかも…と感じてしまいました。
    観光地ど真ん中だからこそ熱意を持って保護された経緯もあるはずなので一概に否定はできませんが、
    とにかくまあこの趣味があまりメジャーなものでなくてよかったと安堵しますね。どこに行っても
    パワースポッターな人で溢れていたら…きっと自分は巨樹から身を引くことになるだろうなあ。

    • to-fuさん>
      何はともあれ、というか、何がなんでもと言うべきか。
      距離の遠近に関わらず、巨樹探訪者なら間違いなくチェックしますね。
      チェックはするけど……元関東人の自分も今に至るまで訪問できず、ある意味念願を果たせたとも言えます。
      この「スッキリした!」だけでもパワースポット的効果があったと言えるかも?

      「志々島の大クス」も、NHKの番組で見たからか、パワースポッター人気が高そうに感じますが、ここほどではないでしょう。
      自分はどうしても巨樹に植物界の驚異を求めてしまうので、人生とか重ねて元気になったりはできないタチです。
      まだ見ぬ世界に旅立つことのほうがよほど自分を新しくしてくれる……それこそ巨樹探訪とイコールなのだと言えば協調できるかもしれない。
      雑踏の中でこの大クスを見ていて、そう勉強した気がします。

      そう、時刻設定がすごく大事。
      同じく大スポットの「武雄の大楠」は早朝に行ったので誰もいませんで、このような巨大存在と一対一で向き合うのは、何にせよ特別な体験だと感じました。
      ……いや! 今一度パンフを見ると、来宮神社、9:00からとあります! 商業施設じゃないんだから……!
      古くから願掛けスポットだったのだと思いますが、今やまさに極まっているとも言えますね……。
      巨樹の立派さ、今回一目見られ、撮れて良かった。
      どれも両面的な意味で間違いありません。

  • RYO-JI

    遠く離れた私も知っているメジャーな一本ですね。
    もちろん見たい巨樹リストに登録済みですが、そうですね、問題はこの人混みですよ。
    樹木に何かを感じ願掛けする文化はとても日本ぽくて良いと思うのですが、厄介なのが〝パワースポット〟というパワーワード(ややこしい)。
    特に女性は引き寄せられる気がします。
    それ自体は悪い事だとは思いませんけど、ワードだけが先走りしてそこに行っただけでパワーもらったぁ(喜)的な感じがどうも・・・。
    あ、愚痴っぽくなってスミマセン。
    つまり時間帯を選んで行かないといけないという教訓を得ました(笑)。
    じゃないと気が散ってとてもじゃないけど撮影すらままならないように思います。
    このクス単体が神秘的かつ荘厳な佇まいが素晴らしいものだけにゆっくり対峙できるタイミングで訪れたいものです。

    • RYO-JIさん>
      書物リサーチ段階から存在感が鮮烈で、同じように、巨樹を見慣れていない地方の人を呼び続けるのでしょう。
      まさにto-fuさんが取材されている徳島平野部のクスの真逆の在り方だと思います。

      「繰り返す日常をリセットして切り替えたい」という思いは誰にもあるものですが、その要望に応えすぎ、高度に商業化しすぎてますね。
      もちろん純粋な信仰心で参詣される方もいらっしゃるはずですが……撮影スポット、イルミネーション、イベント、ファストフード、、某夢の国にもひけを取らない。
      タイムマシンで300年前に遡っても同じ光景を目撃するのかもしれず、ということは、こちらが本家夢の国であるとさえ言えるかもと。笑

      「パワースポット」自体は、きっと米国先住民やハワイなどの思想で、80~90年代に日本の超古代文明偽書騒動があり、ムー的なピラミッド、ストーンサークル、レイラインなどのオカルトブームが発生し、陰陽五行や風水もごった煮にされ……。
      こんな状態をストンと飲み下して楽しめる日本人って、ほんとに思考が寛容で柔軟。
      いわば数百年来改良を重ね続けた神木型ソーシャルコンテンツだなと、びっくりしました。笑

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です