巨樹たち 茨城県潮来市「清水三熊神社のヒヨクヒバ、タブ」 / 4 コメント 霊地への憧れを記憶する者たち 霞ヶ浦、北浦、外浪逆浦(そとなさかうら)と、湖水に囲まれた茨城県潮来市。 スダジイ巨樹目当てに何度か足を運んだ記憶はありますが、市の天然記念物ページを眺めていると、他にもいろいろ探索してみたくなる地域です。 目印としては、潮来市清水(きよみず)の三熊神社。 現地到着するなり、その巨樹、「清水のヒヨクヒバ」がしっかり視界に入ってくれます。 単独で立つ樹であるうえ、その逞しい幹がひときわ目立ちます。 「ヒヨクヒバ」とはサワラの園芸品種で、庭園や寺社に植えられることが多い。 枝が細かく分岐し、小枝や葉は細く伸びて垂れ下がる。ここから「比翼檜葉」という名がついたそうです。 「イトヒバ」も、基本的にはヒヨクヒバと同じものを指すようです。 まずは目の前にあるブランコと比較してもらうのがわかりやすいと思いますが、がっしりとした根幹はとても見応えがします。 環境省巨樹DBでは幹周5.5メートルと記録されています。(2009年)。 サワラなら幹周7メートルを超えるものもぽつぽつ存在しますが、ヒヨクヒバのサイズ感としてはそれよりやや小ぶりに留まるようです。 地上2メートルそこそこの高さで分岐、というか、そこから複数の幹を生やしているかのような豪快な広がりを見せている。 数値上の太さよりはるかにボリュームのある巨樹で、むしろこの樹高の低さがいっそう重量感を増していると言えるかもしれない。 よく見るとトラロープが縛り付けられ、地上まで垂れ下がっていて、ブランコが視界に入るせいもあるでしょうが、自然と子供たちの木登りを連想しました。 いかにもそうしたくなるような樹形。安定感抜群の低重心巨樹なのです。 樹冠の真下から見上げれば、園芸品種の優美さより、がぜん、みなぎる力強さを感じる。 誰もスタッドレスタイヤなんて持ってない土地柄ですが、樹冠をつくるこの大枝の荒々しさには、どこか豪雪地帯のウラスギ的な野生を感じます。 派手な折損もなく、元気をもらえる巨樹だとも言えますね。 ヒヨクヒバの巨樹は環境省DBに29件しか登録がない。 試みに幹周順で並び替え、驚きました。現時点では、幹周全国第一位のヒヨクヒバは、この「清水のヒヨクヒバ」です。 (樹種一覧にはイトヒバも含まれているようですが、整理されていないかも。) 推定樹齢としては、仙台市「大梅寺のひよくひば」(幹周5.3メートル)の推定樹齢320年が参考になるかも。 もっとも、土地の温暖さを考慮に入れれば、もう少し若いかもしれません。 「清水(三熊神社)のヒヨクヒバ」 茨城県潮来市清水466 三熊神社/清水田園都市センター 推定樹齢:不明 樹種:ヒヨクヒバ 樹高:10メートル 幹周:5.5メートル 市指定天然記念物 訪問:2024.3 探訪メモ: 三熊神社に公民館のような施設「清水田園都市センター」が併設されており、こちらの敷地に入っていく感じです。 入り口がやや狭いので、車は手前に停めて見学参拝させて頂きました。 さて、こちら、敷地奥にある「三熊神社」です。間口は狭いが奥は広々。 この辺りにクマなんかいない、というか山すらほとんどないんですが……などと訝しむ前に、つまりは熊野神社なのだと境内の記念碑にありました。 なので祭神も、熊野で祀られる伊弉冉命(イザナミノミコト)、速玉男命(ハヤタマオノミコト)、事解男命(コトサカノオミコト)。 日本書紀によれば、速玉男命は伊弉冉命の唾から生まれた神で、事解男命はその唾を掃う神だそうですよ。 しかし、田園都市センター側に、ちょこんと名の知れぬカミサマもあられるのがおもしろい。 なにやら道祖神(つまりは性神)の気配もしますが、これも伊弉冉命の変身か? うーんむ……ミステリアス。 と、インターバルを置いて振り向けば……いや、振り向くまでもなく、ここに第二の巨樹を目にします。 ヒヨクヒバと同等に市の天然記念物に指定されている「清水のタブ」です。 スダジイほど多くはないものの、やはりこの鹿行地区(茨城南部)の気候にはタブノキがよく似合う。 巨樹ファンとしては、待ってました! みたいな感じ。 環境省DBでの幹周囲は3.75メートルとのことですが、計測が1988年と古いので、もう少し生長があるかもしれません。 ただこの巨樹も、数値はどうでもいいやというくらいに樹上で力みを発生させるタイプで、タブ特有のゴツゴツした樹皮も力強さをマシマシにしています。 惜しいのは、大きなサルノコシカケが生えていて、どうしても樹勢が心配になるところ……。 それでもなお惚れ惚れするゴツさの根本を見ていると、実に柔和ないい表情の石仏に出会いました。 「東湖第二十四番」とある……おお! と、ピンときたのは、かすみがうら市「出島のシイ」でも目にした八十八か所巡り。 文字通り四国のそれを移したもので、四国まで行けずとも、地元で霊場を巡ることができる趣向です。とするなら、この仏様も弘法大師かもしれません。 「東湖」とは、霞ヶ浦に対しての北浦のことか。いくつかコースが選べたのでしょうが、ここではさらに、熊野の勧請である三熊神社に重ねているわけです。 当時の人々の本場霊地への強い憧れを感じずにはいられません。 道路側から二巨樹を見る。こんもりとしたヒヨクヒバに比べると、タブはやはりどうしてもやや樹冠が薄く見えます。 とはいえ、すごい形相で生き続けるタブの老巨樹たちからすれば、「まだまだいける!」というところでしょう。頑張ってほしい。 八十八か所巡りをしたければ、現代人の我々は飛行機で四国に飛べばよくなった。お遍路ドライブなんていうのもできる。前述「出島のシイ」が廃寺に残されているように、こんな「昔のこと」は、どんどん忘れ去られようとしている。 これら巨樹たちがずっと見守ってきたであろう当地の人々の心の風景を、ほんの少しだけ追体験した探訪でした。 「清水(三熊神社)のタブ」 茨城県潮来市清水466 三熊神社/清水田園都市センター 推定樹齢:不明 樹種:タブ 樹高:15メートル 幹周:3.75メートル 市指定天然記念物 訪問:2024.3 探訪メモ: ここまでおいでなら、ぜひ少し足を伸ばして日本一のタブ「府馬の大楠(タブ)」、「波崎の大タブ」もお訪ねください。 どちらも、地元民として誇りたい見応えある巨樹です。 関連
RYO-JI 2024年4月1日 at 9:49 PM 返信 巨樹界ではマイナーなヒヨクヒバ、というか私はろくに知りもしませんが貴重な存在なのはわかります。 しかも日本一の幹周ですか、それを聞くと余計に価値が上がるような気になります。 が、ブランコの横に無造作に立っているのが何とも豪快。 いえ、後からやってきたのはブランコの方ですが、近くで遊んでいるであろう子供達の存在も含めてこのヒヨクヒバは気にしないだろうなぁと想像できるくらい見た目が逞しい。 そしてすぐ側にはタブの巨樹も。 温暖な気候に向くからその見た目になったのか、それとも見た目がそんなだから温暖な地にマッチするのか。 いずれにしてもやはりタブを見ると強さを感じてしまいます。 二種の特長の違いがとてもよくわかるので見比べて楽しめるのがいいですね。
狛 2024年4月2日 at 8:39 PM 返信 RYO-JIさん 巨樹の書籍を眺めてきた経験上、ヒヨクヒバ/イトヒバと名の付くもので巨大な個体は記憶になかったので、実物の想像以上の迫力には嬉しくなりましたね。 本当はこのブランコに乗って漕いでこそヒヨクヒバを味わったことになるのですけど、近所のおばあちゃんに見られていたのでやめておきました。 でもほんと、この巨樹があればジャングルジムはいらないなと。そんな雰囲気がある現地です。 タブの巨樹は、シイから比べれば少数派だと思いますが、ひとつひとつのインパクトが大きい。 最初はクスの親戚くらいに認識していましたが、樹皮や葉の感じは違った味わいがありますね。 タブを見るとおのずと温暖な潮風を思い出す……みたいな条件反射も確かにあって、その感じが恋しいのかもしれません。
to-fu 2024年4月2日 at 11:54 AM 返信 ヒヨクヒバという樹種自体初めて聞きました。 こちらでは能登ヒバと呼ばれるヒバが建材用途で育てられたりしていますが、材としての人工林ばかりなもので ヒバ巨樹自体ちょっと記憶にありません。たしかに遠目にはサワラのようですが間近で眺めるその姿は完全にウラスギですね。 タブの荒々しい枝張りといい、どちらも超広角レンズなんか提げてスナップ的にモノクロ撮影してみたくなります。 茨城は1ヶ月休みを取っても回りきれないなってくらい巨樹密度が高くて何気に恵まれた土地ですよね… 西のケヤキに南のタブ、中央にもシイなんかがうようよしてるわ北部は荒々しいスギが並ぶ秘境、いや魔境か。 もしまだ東京で暮らしていたら真っ先に重点的に攻めていただろうと思います。 くそみたいに渋滞する首都圏をショートカットできる呪文でも唱えられたら、年に数回は通いたいくらいです。
狛 2024年4月2日 at 8:50 PM 返信 to-fuさん この樹種名がついた頃には、サワラ、ヒノキ、ビャクシンなんかも含めて、もっとずっとヒノキ科の区別が漠然としてたんだろうなと想像させます。 これでまたひとつ系図に詳しくなったぜ、などと言ってみても、ぱっと写真一枚見せられて言い当てる自信はまるでないですね。笑 何もないと言えば何もない、大変のどかな土地柄で、早くもうららかな日差しに恵まれて、車を置きざりに歩きたくて仕方なかったです。 「何もない」なんて言って、こんな巨樹だってポッとあるんだから。カメラがあれば退屈しないと思うんですよね。 群馬、栃木に足を伸ばしてみたい気もするんですが、たいていは茨城内でだいじょうぶ。 いや、そんなこと言ってたら愛知、静岡にいつまでたっても挑めないぞと。まあ、茨城は結局、居心地がいいのかもしれません。 また出張帰りにうろついて、こういう地味だけど味のある巨樹など撮りたいです。
4件のコメント
RYO-JI
巨樹界ではマイナーなヒヨクヒバ、というか私はろくに知りもしませんが貴重な存在なのはわかります。
しかも日本一の幹周ですか、それを聞くと余計に価値が上がるような気になります。
が、ブランコの横に無造作に立っているのが何とも豪快。
いえ、後からやってきたのはブランコの方ですが、近くで遊んでいるであろう子供達の存在も含めてこのヒヨクヒバは気にしないだろうなぁと想像できるくらい見た目が逞しい。
そしてすぐ側にはタブの巨樹も。
温暖な気候に向くからその見た目になったのか、それとも見た目がそんなだから温暖な地にマッチするのか。
いずれにしてもやはりタブを見ると強さを感じてしまいます。
二種の特長の違いがとてもよくわかるので見比べて楽しめるのがいいですね。
狛
RYO-JIさん
巨樹の書籍を眺めてきた経験上、ヒヨクヒバ/イトヒバと名の付くもので巨大な個体は記憶になかったので、実物の想像以上の迫力には嬉しくなりましたね。
本当はこのブランコに乗って漕いでこそヒヨクヒバを味わったことになるのですけど、近所のおばあちゃんに見られていたのでやめておきました。
でもほんと、この巨樹があればジャングルジムはいらないなと。そんな雰囲気がある現地です。
タブの巨樹は、シイから比べれば少数派だと思いますが、ひとつひとつのインパクトが大きい。
最初はクスの親戚くらいに認識していましたが、樹皮や葉の感じは違った味わいがありますね。
タブを見るとおのずと温暖な潮風を思い出す……みたいな条件反射も確かにあって、その感じが恋しいのかもしれません。
to-fu
ヒヨクヒバという樹種自体初めて聞きました。
こちらでは能登ヒバと呼ばれるヒバが建材用途で育てられたりしていますが、材としての人工林ばかりなもので
ヒバ巨樹自体ちょっと記憶にありません。たしかに遠目にはサワラのようですが間近で眺めるその姿は完全にウラスギですね。
タブの荒々しい枝張りといい、どちらも超広角レンズなんか提げてスナップ的にモノクロ撮影してみたくなります。
茨城は1ヶ月休みを取っても回りきれないなってくらい巨樹密度が高くて何気に恵まれた土地ですよね…
西のケヤキに南のタブ、中央にもシイなんかがうようよしてるわ北部は荒々しいスギが並ぶ秘境、いや魔境か。
もしまだ東京で暮らしていたら真っ先に重点的に攻めていただろうと思います。
くそみたいに渋滞する首都圏をショートカットできる呪文でも唱えられたら、年に数回は通いたいくらいです。
狛
to-fuさん
この樹種名がついた頃には、サワラ、ヒノキ、ビャクシンなんかも含めて、もっとずっとヒノキ科の区別が漠然としてたんだろうなと想像させます。
これでまたひとつ系図に詳しくなったぜ、などと言ってみても、ぱっと写真一枚見せられて言い当てる自信はまるでないですね。笑
何もないと言えば何もない、大変のどかな土地柄で、早くもうららかな日差しに恵まれて、車を置きざりに歩きたくて仕方なかったです。
「何もない」なんて言って、こんな巨樹だってポッとあるんだから。カメラがあれば退屈しないと思うんですよね。
群馬、栃木に足を伸ばしてみたい気もするんですが、たいていは茨城内でだいじょうぶ。
いや、そんなこと言ってたら愛知、静岡にいつまでたっても挑めないぞと。まあ、茨城は結局、居心地がいいのかもしれません。
また出張帰りにうろついて、こういう地味だけど味のある巨樹など撮りたいです。