巨樹たち

徳島県吉野川市「壇の大クス」

岡の上の大金床

 徳島市へ向かいつつ、点在する巨樹を巡ります。
 調べてみると、徳島は佐賀や福岡に負けず劣らずのクス王国と言えます。
 しかし、実際に訪問できる数は限られているので、どのクスを回ろうかと……目移り。

 結局は誰もが似たようなラインナップで巡ることになってしまう気がしますが、先の「別所の大クス」「加茂の大クス」に次いで、見逃すわけにはいかないクスのひとつが吉野川市の「壇の大クス」です。

 前日までの山中行から比べれば繁華街もいいところ(注:実際はそうでもないです)な地域をちまちま走っていきます。
 平地なので、崖から落ちて爆死する危険は皆無なものの、市街地ならではの混雑や事情には気を付けねばなりません。
 もうじき到着というところで、道路工事のため大きく迂回。

 小高い丘のような地域になり、車を停めて細い道を登っていくと、坂道を登りきったところで、巨大な象がこちらを見つめて待ち構えている……。
 そう書けばかなり幻想的なシーンですが、その感じ・気分を実際に味わえてしまうのが巨樹探訪の醍醐味。

 「壇の大クス」。
 幹周10メートル以上という数値に終わらず、この重量級の単幹の迫力は相当なものです。

 勢力旺盛なクスは、ともすれば株立ちになってしまい、数字だけで判断して見に行くとちょっと見当が外れることもあります。
 あれ? 樹を見にきたはずなのに林を見てないか? というような。

 そんな中で、こうしてちゃんと一本の巨大な樹としてのクスに出会えると、この地には何か特別な栄養成分が水脈のように流れているんじゃないか? と想像してしまいます。
 昔の人はそれを土地や人物の霊力だと考えたのでしょうね。

 樹というよりは、まさに鯨か象か、はたまた鉄筋コンクリートの塊感ある建造物のような存在感を感じます。
 クスの重々しくも柔軟性と躍動感に富んだフォルムが、そう思わせるのでしょう。

 低い位置から横方向に突き出した大枝がまた凄まじく太く、まるで金床のような形をしている。
 この幹との取り合い部分の量感、力の入り用が、なんともすばらしい。
 見応えあるクスです。

 横方向に伸びた大枝から、また細い幹のような縦の枝が立ち上がり、それが分岐して葉をつけています。
 気温がどんどん上昇し、この樹の元で一枚脱いだくらいですが、クスの細かい葉の繁りの下は本当に涼しい。
 しかし、この樹冠も、2009年に全く葉を失ってしまう事態に見舞われたそうです。
 原因はよくわからず、これほどの巨樹と言えどもやはり生き物なのだ……と、限りある命を感じずにはいられません。

 よく参照させて頂く先達の方の訪問記録ではその翌年に訊ねられており、「この樹の命の終わりが近いのではないか」と心配が綴られていました。
 ともあれ、樹木医の方の手当ての甲斐あってか、どうやら持ち直したようです。
 千年も生きるとはいえ、限りある命を宿しているからこそ、その時々に感じさせるものが全く違う。
 こうした過去の記録などを読めるのもありがたく、興味深いことだと感じますね。

 一歩引いてみると、枝張り面積がかなり大きいことにも気づきます。
 昭和40年の解説板の数値ほどではなくなったにせよ、並の樹木の幹ほども太い枝を誇る。
 ものすごい重量でしょうが、奇妙な樹形に見えて、うまくバランスをとっているようにも思えます。

 「壇」を辞書で引けば、「土を盛り上げてつくった、祭りその他の儀式を行う場所。 他より一段高くこしらえた場所。」とのこと。
 まさにこの、市街地を一望できる清々しい立地を指しているようです。
 多くの通行人や街の人が、この樹を目印にしたのではないでしょうか。

 解説板。
 計測箇所が地上1メートルと、規程とはちょっと違いますが、寸胴な体型のため、実測でもそれほど変わらなかったようです。

 少し離れた場所にれたところに「康頼神社」があり(側にあるお社は若宮神社とのこと)、この地に善政を敷いたとされている平康頼(たいらのやすより)を祀る神社とのことです。
 この大クスにも、平康頼が植えたとされる伝説があるそうです。

 平家打倒の密議に加わった平康頼は(もともと別の家の出で平姓の賜与を受けた身)、薩摩国鬼界ヶ島へ流されるが、千本の卒塔婆に望郷の歌を記し海に流したところ、安芸国厳島に流れ着き、これに心を打たれた平清盛が赦免。平家滅亡後、源頼朝によって、阿波国麻殖保(あわのくにおえのほ)の保司に任命される。

 ……この時代のおはなし。

 並いる強者クスばかり巡って麻痺した感覚を、再び醒まさせてくれる大クスでした。

「壇の大クス」
 徳島県吉野川市鴨島町森藤字平山
 推定樹齢:950年
 樹種:クス
 樹高:24メートル
 幹周:10.2メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2019.5

 探訪メモ:
 駐車場はありません。
 少し先の邪魔にならなそうな路肩に停めつつ、すぐどけられるように注意を払って……という感じで。

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