巨樹たち

徳島県阿波市「尾開のクロガネモチ」

庭木品種、巨樹になる

 メインの巨樹ツアーも事故なく終わってほっとしましたが、帰りのフェリーの時間が午後なので、それまで時間があります。
 美馬市から徳島市へと戻るわけですが、ただ戻るだけでは芸がありません。
 徳島市で時間まで街撮りでもするというアイデアも当初はありましたが、前日からの巨樹探訪の熱冷めやらず、道中にある巨樹を見ていくことにしました(この辺の顛末は「徳島・高知 巨樹探訪旅5」で)。

 とはいえ、もはや山には登りません。平野の巨樹を訪ねます。
 比較的近かったこともありますが、朝のうち、まずはじめにこの樹に寄ることにしました。
 「尾開(おばり)のクロガネモチ」です。

 所在地を定め、走っていくと、のどかな田園地帯に連れていかれます。
 もうあんな険しい道を走ることもないのだな。
 ……と油断していたら、生まれつきアホなところがあるナビ子さんが「田んぼの畦を走れ」とかグイグイ主張してきたり。

 目的のクロガネモチの姿は孤立しており、それより大きな樹も見当たりません。
 近くまでくれば、視界に捉えるのは容易だと思います。

 先にお断りしておくと、リサーチの段階から、この樹がそれほど大きいものではないことを知っています。
 ここまでの四国巨樹ツアーの面々を見てしまうと、なおさらただの木に見えてしまいそうです。

 近づいていくと、枝張りはなかなかの広さがあり、影の中に入る感じになります。

 地上高さ1.3メートルでの測定で幹周囲が3メートルあれば、どんな樹であっても「巨樹」と呼ぶことができる。そう定義されています。

 幹周囲3メートルの杉や楠なんてありきたりすぎて見る気がしませんが、逆に、本来そこまで大きく育つはずのない樹種のもので、例外的に3メートルを超える大きさに育って「巨樹」と呼ばれるに至ったものもあります。
 例えばツバキ、モミジ、ヒイラギなどが幹周囲3メートルを超えてくる。これはかなり珍しい(カリンの巨樹「石森のカリン」にも注目を)。
 このクロガネモチという樹種もその部類で、このように「巨樹」化することは異例。
 リストにもほぼ登場がない樹種ですから、もしかすると日本最大の個体であるかもしれません。

 節や割れのない樹皮をしています。
 クロガネモチという樹種に注目したことも、正直今までありませんでした。

 モチノキの仲間で常緑樹、環境耐性が強く、主に庭木や街路樹として植えられる。
 これまでの観察例としても、たしかにそういう感じ。日影になる公園などでも常に艶やかな葉をつけてるあの樹。

 庭木に好まれたというのも、クロガネモチ……クローガネーモチ……「苦労がなく金持ち」という縁起物なので!!

 ……こんなことを思いついたのは僕じゃなく、昔の人ですからね。
 言ってみて、なんかちょっと恥ずかしい思いをしましたが。

(前述のカリンも「借りん」、カシは「貸し」など、金運にまつわるものは多い……)

 葉っぱはこんな感じで、つやつやしています。常緑樹なので季節は問わず。
 時期になると真っ赤な実がつくので、緑と赤の対比が綺麗でしょうね。

 訪問時はつぼみをたくさんつけていました。
 薄紫色のちまちました花が6月頃に開花するようです。

 いやしかし……この幹や大枝を見ると、庭木に適する樹種とは思えない逞しさですね。
 庭のクロガネモチには誰も登ろうとは思わないでしょうが、この樹ではそれが十分可能です(天然記念物なので登ってはダメですが)。
 成長は遅く、材としても丈夫。鍬などの柄に使われた例もあるようで、いかにも粘り強そうです。

 傷んでいるところが特になく、葉の質もあってか、色艶良い印象を与えてくれます。
 この先も長生きして、クロガネモチという樹種の限界まで大きくなっていくのではないでしょうか。

 すぐ隣には地蔵堂があって、ちょっとした四阿のようにもなっています。
 周りに何もないところなので、散歩の途中でここで休んでいく人もいるかもしれません。

 解説板では樹齢600年とありますが、上の石碑には300年とあり、倍も違うのですが……。笑
 あまり根拠はありませんが、さすがに600年は言い過ぎか……300年の方が妥当だと感じます。
 一方で、寸法を計測した年を記してあるのはいいですね! 珍しい。
 柵に囲まれて手ずから測れませんが、記載年から40年経った……と、計算はできます。
 見た感じ、4メートルまではなさそう。本当に成長が遅いのだな。杉とは大違いです。 

 というわけで。
 巨樹はその樹種の代表者という側面も持っているのではないかと思うのです。
 その樹種のことを、ある意味余計に強調して、巨樹が教えてくれるのではないかと。
 そして、冷静に考えてみれば、大きくなるはずのないものが大きく育ったという事実は、杉や楠の巨樹にも増して貴重な例のかもしれません。

 気持ちがぞわぞわするとか、もう一度是が非でも見にくる! というような刺激に満ちた探訪ではありません。
 しかし、知識・知見を増すという目的からすれば、見ておくべき一本です。
 樹種のことを、この巨樹が誰よりも雄弁に語ってくれました。


 のんびりした美しい風景が広がっている一方、農家の方々がずっと忙しく作業に励んでおられたのも印象的でした。
 朝はちょっと寒かったんですが、徐々に気温も上がってきた。
 車に乗り込み、クロガネモチの立ち姿を見ながら出発しました。

「尾開のクロガネモチ」
 徳島県阿波市市場町尾開日吉256
 推定樹齢:300年
 樹種:クロガネモチ
 樹高:21メートル
 幹周:3メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2019.5

 探訪メモ:
 周辺の農道の様子がわからなかったので、写真のように広いところに停めて歩きましたが、巨樹の側まで行っても停められるとは思います。
 が、隣接する土部分には根があると考えた方がいいでしょう。

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