巨樹たち

福島県いわき市「石森のカリン」

希少なカリンの巨樹

 遠征はできないながら、よく探せば日常の移動や出張の通り道にも巨樹は点在しているものです。
 もちろん当地の迷惑にならないように訪ねるのが大前提。
 となると、多くの人を集めるカリスマ巨樹よりも、いわば控え選手をこの機に訪ねる方が都合が良いことになります。
 例えば、幹周囲5、6メートルの巨樹たち。または、ユニークな市指定や町指定天然記念物たち……。

 または珍しい樹種の巨樹はいかがでしょうか。
 「この樹種はまあ、巨樹にはならないだろ」と先入観を抱くような巨樹が実在していると知ったら……。
 もちろん、この目で確かめに行くしかありません。
 樹種:カリン。
 「石森のカリン」を訪ねてみました。

 福島県いわき駅の北、昭和50年から30か年計画で造成され、4426世帯13576人の規模があるという「石森ニュータウン」があります。
 そこからさらに山登りの感を増しながら北上すると、概ね頂上部で辿りつくのが目的地「忠教寺」です。
 どちらかと言えばこぢんまりとした静かなお寺で、お墓参りでもなく訪ねるのは自分くらいか……。

 巨樹と言えど、カリンの樹がまさかスギのような巨大さにならないことは知っています。
 特に緑濃い時期だったせいもあり、どこにあるか一眼にはわかりません。
 本堂の右手、庭木の繁りの中に、それらしい特徴的な樹を見つけました。

 他の庭木たちより背が高いわけでもない。「巨樹」と書いてしまうと、字面に違和感を覚えてしまうかも。
 しかし、その幹の太さの「質」が他とは違う。すぐにそう感じました。数値上は驚くものでなくとも、それが途方もない時間を費やして育まれたのだということが感じ取れます。

 カリンの樹をまじまじ見たこと自体初めてです。
 いや……果たしてカリンを身近に思ったことがどれだけあっただろうか?

 カリンは中国原産のナシに近い植物で、拳ほどの実をつけます。実をひとつ置くと良い香りで部屋が満たされるとか。
 実はナシよりも石細胞(シャリシャリする細胞)が多くて硬く渋いため生では食べられない。一方で、古くから薬効が知られ、酒や蜂蜜につけて活用される。ぱっと思い浮かぶ「のど飴」がまさにその伝統です。
 赤い花を楽しむこともできるし、庭木としては人気があるようです。
 しかも、「借りん」ということで、金運の縁起物になるとのオマケつき。さらにカシも植えると、「貸しても借りん」でさらに強力だとか。笑

 ナシやリンゴの木を考えてそうですが、通常、この手の果樹はさほど大きくはならない。大きな実をつけるために多大なエネルギーを使うでしょうし、人間との長い関わりあいの中で品種的に制御された歴史もあることでしょう。
 その点、この樹は「果樹」「庭木」の範疇から一歩踏み出ている感があります。
 根元から2本に分かれた幹は、それぞれが板状に広がり、ねじれながら成長しています。独特な質感。
 地上1.3メートルでの幹周囲は3メートル。これはおそらく2本それぞれを測った合計。
 しかし、数値以上に感じる凄みは、やはり巨樹のそれと形容せざるを得ません。

 カリンの特徴として、樹皮が剥がれやすいことも挙げられるようです。多くはまだらに剥がれるようですが、この樹の場合はまるで蛇が脱皮するかのように、派手に剥けた樹皮が落ちていました。
 そして、黒くなった落果もあちこちに。この樹が今でも樹勢よく活動していることを印象付けます。

 科学的な解説文ではなく、「くわりん」の詩という碑文があります。
 ここ忠教寺の本尊は鎌倉初期の県の重要文化財だそう。
 「くわりん」は樹齢800年を誇る逸木で県指定天然記念物となっている。

 ……で、どこが詩なので?
 というのはともかくとしても、もう少しこの樹の歴史をしたためて欲しいものだと思いました。
 希少なのはもちろん、もっと読み込みたくなる、魅力ある樹だと思うのです。ちょっと残念。

 まだ見ぬ樹種の巨樹を訪ねるのは何とも楽しいものです。大きさや形状と同等にワクワクします。
 巨樹化することによってその樹種の特徴をデフォルメしたかのように強く感じさせてくれるところもとても良い。
 巨樹に教わった後でノーマルサイズの同じ樹種を見れば、何を見れば良いか知っている自分に気づきます。
 そして、「ああ、あの樹は本当に特別だったんだなあ……」と、二度驚くことになる。

 いわゆる巨大さは感じませんが、知ることができて良かったと思える樹です。
 巨樹の条件を満たすカリンの樹は喜多方の方にもあるらしいので、リストに載せておきたいと思います。

「石森のカリン」
福島県いわき市平四ツ波字石森216 忠教寺
推定樹齢:800年
樹種:カリン
樹高:11メートル
幹周:3.0メートル

県指定天然記念物

訪問:2020.7

 探訪メモ:
 お寺の前と、少し先に駐車できるスペースあり。
 道のコンディションも特に不安はありませんでした。
 文化財指定の観音堂もお参りしておきましょう。

 建築業界にいると、いわゆる銘木のカテゴリーで「カリン材の床柱(床の間の柱)」というのを扱うことがあります。
 かなり高級な材ですが、この「カリン」は「花櫚」で、マメ科のインドシタンのことだそうです。
 今回のカリン(花梨)はバラ科で全くの別物。日本に入った際、材の木目が花櫚に似ているからと「カリン」の和名をつけたとのことで……いや、ややこしい。
 花がきれいで梨みたいな実がなるから花梨なのだと思っていましたが、違うのですね。

 ちなみにこの「花梨」の方も材が硬く、家具などに使えるとのことです。

4件のコメント

  • to-fu

    まさかのカリン!これは凄い!
    こちらではカリンの木をわりと公園で見かけるんですよ。で、公園という立地もあってか樹皮がポロポロ崩れてカゴノキのようになっているものが多いので、この美しく捻れた幹を見るととても同じ樹種だとは思えないくらいです。

    「くわりんの詩」には笑ってしまいました。これは本当に残念ですね。いや、細かな真偽はともかくとして推定800年も生きてるんだったらもう少し何かあるでしょう!と。恐らく飢饉対策に植えられたのだと思いますが、これだけの老木になってもまだ実を付けるんですかね。この大きさのカリンにあのゴロゴロした特大サイズの実がなっている姿はなかなか見応えがありそうです。

    • to-fuさん>
      僕も、そう言えば昔……と思い当たる木があるんですが、どこか冴えない日影の木みたいな印象でした。
      小さい頃、植物図鑑を眺めていて、この大きな実のビジュアルは早々に記憶に叩き込まれたのですが、実物は……みたいな。
      なので、この樹のことを知った時には、これは見に行きたいと期待が高まりました。
      巨大ではないけど、確かな長寿に裏打ちされた迫力が感じられる幹姿でした。
      足下に朽ちた実がごろごろ。庭に植えて香りを楽しんだり、お酒につけてみたり、そういうのも楽しそうですよね。

      くわりんの……これって、「碑」と発注したのに、誤植で「詩」になってませんかね。笑
      800年という見立てはおそらく寺の創建と同じくしてということだと思います。
      イチョウと同じように渡来パラドクスが起きてないと良いですが、カリンの渡来時期はよくわかっていないらしいですね。
      だからせめて、と「詩」に期待したくなるんですけどね。笑

  • RYO-JI

    カリン、まさにのど飴をまず連想してしまい、まぁそれはそれでお世話になっていますが、
    「貸しても借りん」というエピソードが日本らしくていいなぁと思います。
    今からでも植えようかしら(笑)。

    珍しい樹種の巨樹巡りも新鮮で刺激を受けそうですね。
    サイズや存在感で圧倒してくる巨樹に対峙した時のような興奮はないでしょうけれど、
    樹々の多様性を発見できますものね。
    大きくならない樹種なのに巨樹の範疇に入るサイズまで育っているからこそその稀少性が際立ちますね。
    巨樹の楽しみ方としてはかなり上級者クラスですが、そういうのも見落とすことなく見て回りたいですよ。

    • RYO-JIさん>
      そう、のど飴ですよね、日常との関わりとしては。笑
      カシにカリンを植え、その上クロガネモチ(苦労無え金持ち)を植えればパーフェクトですよ。
      カリンは実が上を向いてつくので縁起がいいとも書いてありました。

      果樹や実がなる樹種は収穫のことも連想できて楽しいですよね。
      ぐっと身近な魅力として捉えられるし、材としてではなく、毎年恵に預かれるのがとても良いです。
      数を追うと限りないですが、樹種や多様性理解の方向に進むのも深くて意味あることだと思いました。
      この先も、変な樹種を探してみましょう……例えば……。

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