巨樹たち

岩手県九戸郡「古屋敷の千本桂」

カツラの古代神殿

 青森県東部を巡る巨樹旅も帰路に。
 後ろ髪を引かれる思いでしたが、ワンシーズンでは到底網羅できない青森県の広さ深さを思い知りました。
 まあ、地続きの岩手県北部も同じくらい遠方の印象が強く……盛岡より北には足をつけたことがなかったので、ぜひ1、2か所立ち寄りたいと思っていました。

 この地域の巨樹をリサーチして目につくのは、カツラ。
 岩手県花巻市まで北上するだけでも「山衹桂」「稲荷神社の千本桂」などに出会えますが、今回、青森から南下してすぐ、岩手県最北端の自治体のひとつである九戸郡軽米町(かるまいまち)には、岩手県最大のカツラである「古屋敷の千本桂」が鎮座しています。

 青森へ至るにも走った「東北縦貫自動車道」を、今度は青森から出てすぐ、軽米ICで下りる。
 国道340号を西へ辿っていき、晴山という集落めざして一本奥へと入っていく。詳しい所在はGooglemapにもポイントされています。
 写真の標識からカツラまで400メートルの道は細く、カーブがちなので、すれ違いには十分注意してください。

 一目見て、これだと気づく。
 逆に、カツラがどんな樹か知らない場合には、小さな林か屋敷森の一塊のように見えてしまうかもしれません。
 しかし、もちろん、これ全体で一本の樹だという。本当にそうなのか? 
 相手がカツラの巨樹ですから、「本当にそれを一本の樹だと呼んでいいのか?」という点も焦点になりますね。

 下車を急ぎたくなりますが、道や路肩が狭く、駐車スペースがありません。
 カツラは道路から一段下がった斜面にあり、つかの間、下る坂道に停めようかと思いましたが、グギギギ……と車体が軋む急斜かつ土でできてるみたいなやわらか未舗装だったので、悩んだ末にやめました。
 少し戻って、地域の集会所のような施設に寄せさせて頂き、「大カツラを見学させていただいております。すぐに戻ります」の旨、書置きを貼りました。

 で、改めて「古屋敷の千本桂」の元へ駆け戻る。
 斜面に張り付くように根の裾野を広げ、多数の幹が塊となって立ち上がっています。
 ああ、やはり小さな林などではないのだ、これでただ一本の巨樹なのだ……という、カツラ巨樹セオリーが押し寄せてきます。

 しかし何よりこの大カツラを印象付けるのが、この波打って流れ落ちるような根の有様ですね。
 根の上にまた根が乗り、板根のように発達した個所は一息に跨ぎ越えるのが難しいくらいに高い。
 抱え込むように広がった中央位置に立つと、周囲の静けさや木漏れ日の美しさも相まって、古代文明の神殿か何かを前にしているような厳かさを感じます。

 鳥居がしつらえてあり、カツラの奥に小さな祠か社のようなものがあります。稲荷神社らしい。
 古い本で調べると、カツラの根が広がった上に小さな社を載せてある写真が見られ、文字通りのカツラの神殿だったと言えるかもしれません。

 近い位置にニョキニョキと生えてきている若い樹は、植えたものなのか、勝手に生えてきたのか。
 うち一本は、生態が悪名高くも養蜂筋に肩を持たれるニセアカシアか。
 大カツラのすぐ近くからも別種樹木が育っていますが、樹勢としてみれば、ほぼ影響はなさそう。

 最も太く見える幹は切断されており、90年代の渡辺典博氏の本に「樹勢回復のため、大きな枝を切った」と言及がありました。
 とは言え、この太い幹も主幹ではないでしょう。
 早い時期に直立単幹型で立つことを辞め、より有利な「一樹で森」形態を選択した。そんな感じがします。

 もちろん、アンバランスなくらいに長大に伸びる枝こそカツラの巨樹の見どころ。
 この「古屋敷の千本桂」は特に奔放といった感じで、樹冠の丸さ大きさはクスやイチョウの巨樹をも凌ぐものがあります。
 グワッと広げた空間にぎっしりと葉を詰め込んでいて……こればかり何度も書いてしまいますが、到底一本の樹とは思えないスケール。

 目通りの幹周囲は15.33メートルとあり、解説には岩手県で最大のカツラ巨樹であると記されています。
 古い本や、軽米町の観光サイトの記述を読むと、一時期(平成3年度調査時?)日本一のカツラと目された時期もあったようですが、現在ではかろうじてベスト10に食い込むかどうか……といったところ。
 まあ、カツラの特性上、ランキングとか幹周数値とかしげしげ見比べても仕方ないと思っています。
 新たな大カツラが発見される可能性もあるし、追っていてワクワクする樹種です。

 土の湿気は多そうなものの、この場所そのものがカツラ巨樹につきものの沢や清流ではなさそう。
 しかし、「水飲みに立ち寄った牛方が」とあり、昔は水の流れがあったのかもしれませんね。
 武将や歴史的大物ではなく、名も知れぬ牛方がさした杖がここまでの巨樹に育つ。そこがまた土地の風土を語っているかのようで、いいなと。
 青森では矢継ぎ早な探訪が続きましたが、このカツラの下ではゆっくりと時を過ごせました。

「古屋敷の千本桂」
 岩手県九戸郡軽米町晴山第26地割77−4
 推定樹齢:600年
 樹種:カツラ
 樹高:25メートル
 幹周:15.33メートル

 町指定天然記念物
 樹種(カツラ)幹周県内第一位
 訪問:2023.10

探訪メモ:
 専用の駐車場はありませんでしたので、上記したような具合に。
 必ずこの方法で良いとは思えませんので、集落の方に出会え次第、必ずお声がけをお願いします。

 豪雪地帯であり、冬はマイナス15℃を下回る日も普通にあるそうで……訪問は暖かい時期にしましょう。

この旅の様子は「2023年・青森県東部巨樹探訪4」でどうぞ。

4件のコメント

  • to-fu

    東北の巨樹はほとんどノーマークの私ですが、このカツラは知ってますよ。
    というか、ここまでなら行けるか?とチェックしてみたものの流石に欲張りすぎでした 笑

    この根回りはカツラの巨樹としては唯一無二の存在ですね。
    私も調べたとき真っ先に板根のような巨大な根が目につきました。
    雨の日なんかこれがヌメヌメした巨大ナメクジ(例え方が汚い)のようで迫力ありそうだな…と。
    いやー、こうして見るとやっぱり凄い!ラストのモノクロショットがとにかく映えるカツラです。

    仰るようにカツラの巨樹の場合、ランキングや幹周の数値が参考程度にしかならない場合が多いですね。
    まとまりがある方が見応えがあることが多いし、そういう個体は数字だけ見るとそこまででもなかったりして。
    だからこそ実際に見てみるまで自分がどう感じるか予想がつかない樹種でもあって、そこが面白いわけで。

    このカツラもやっぱり自分の目で見てみたいですね。
    秋田の北端とここを往復するだけの自由時間をもらえるかどうかが最大の問題になりそうです。

    • to-fuさん
      岩手県は広すぎます。仙台からでもお気楽に行けるのは平泉くらいまでで、盛岡となると気合が必要ですし、ここ軽米町や洋野町などは意図して計画しないといつまでも辿り着けそうにありませんでした。
      大カツラもとても良かったのですが、この土地に一歩足を付けられたことが単純に嬉しい。笑

      派手な根回りで記憶に残ってくれる大カツラで、資料本でも個性的に見えて、優先度が上がっていたのも事実。
      樹勢に心配がなさそうで、現在でもこの根に近づけるところも良かったです。
      想像よりもまとまった幹?をしていました。立ち上がりはそこまで高くないですが、それだけにどっしり感が増している気もします。
      だとしても、幹周としてきっちり測るのは無茶ですね。まあ、お仕事的に長尺を回しても、だいたい15メートル、16メートルはいくらなんでもないかあ?、くらいでいいでしょうね。斜面を選んで育ってるような樹種でもありますし。
      数センチ差でカツラの幹周を競わせるなんてことになったら、あほくさくて笑えてしまいます。

      この岩手北部、青森東側もそうですが、個性では光るものの数値で上がってこない巨樹がたくさん埋蔵されていますね(「根反の大珪化木」にも行ってみたかった……無理でした……)。
      じっくり調べると風景写真映えしそうな興味深い地理条もあるし、十和田と絡めてもう一度回ってみたいです。
      ……それやってると、永遠に「北金ヶ沢のイチョウ」まで辿りつけそうにないんですが。笑

  • RYO-JI

    青森は下北半島という秘境がありますが、岩手も広いですよね。
    以前訪問した際に、岩手県民が四国と同じくらいの広さと自慢げに話されていたのを思い出します。
    そんな岩手が誇るカツラがこれですね!
    冒頭の写真で一気に引き込まてしまう存在感、凄い!
    一本で森を形成しているかのごときスケールに驚きしかないです。
    そしてやはり特徴的な根の姿が目に付いてしまいますね。
    緩やかな斜面になっているように見えるので、それが要因なのかと勝手に想像。
    正解は知り得ませんが、こういう想像もまた面白かったり。
    古屋敷という名称も気になって色々妄想しましたが、どうやら地名のようだと知ってズッコケました(笑)。

    • RYO-JIさん
      地図上で見ているとメルカトル図法的なトリックが効いてるんじゃないか? とか……いや、そういう事実はわたくしの妄想ですが、現地に行ってみると痛いほど実感できます。
      下北半島は地図で見ている時点でどうすればいいのか想像がつかず……いや、一度ぜひ行ってみたいです!

      「古屋敷の千本桂」は、幹がだいぶすっぱり切られてしまっていますが、そこからの枝の勢いは良いですね。
      切り花じゃないですが、こんな巨樹でもある程度切ってあげた方が更新して元気になれるのかもと、斜面を広い正面玄関の石段のごとく覆っている根とともに感心する眺めでした。
      後で知りましたが、古屋敷の名を冠した稲荷神社も集落の奥にあるようですね。
      もしかすると、この辺りの長者さんの屋号だったりするのかなと、個人的には想像していました。

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