巨樹たち

青森県十和田市「森の神(日本一のブナ)」

単幹最大、神の樹と崇められるブナ

 同じ青森県十和田市の「法量のイチョウ」を訪ねた後、大変希少なブナの巨樹を目指して走りました。
 国道102号を南西へと辿り、十和田湖に接近。森深くなるとともに標高も上昇していく。
 しかし、こんなに何の目印もない中、ただ一本の樹の元へたどり着けるだなんて、現代テクノロジーはまるで魔法ですね。
 とはいえ、……

 「警告」「遭難多発区域」
 「携帯電話GPS圏外」
 「助けを呼べません! 安易に入山しないこと」

 この唯一のランドマークがすごい圧を放ってきます。
 山形県などでも遭難やクマ被害の警告看板によく出会いますが、ここまで威圧的なのはなかなかお目にかからない……

 いきますか? やめますか?

 まあ、行ったわけです。
 現地で決断するのは自分。すべてが自己責任。
 どなたにも共通する事項ですので、しっかりと胸に置いてお進みください。進むのであれば、ですけど。

 そこから数分、巻くように登っていく道はきれいに舗装されており、道幅も特に狭くはありません。
 無電波地帯……いや、我が格安SIMはまだ風前の灯でつながっているぞ? などと、さほど怖く感じなかったのは、写真・巨樹仲間to-fuさんの探訪記でアクセス方法およびこの先の雰囲気を予習できていたのが大きいです。
 リンク先、to-fuさんの探訪記で見られる夏のブナ巨樹の姿も清々しくておすすめですよ。ぜひ。

 お墨付きの森の深さ。
 登山用品やクマ鈴にはなるべくお世話になりたくないのですが、ましてやソロ探訪。ナシでは済みませんね。
 気を引き絞めて駐車スペースまでたどり着いたのですが(動画は1.2倍速)……おやおや?

 これは嬉しい誤算。他に訪問者さんがおられるではありませんか!

 隣の車のおじさんに挨拶すると、現地のキノコ採りの方々であると判明。
 気になるのはひたすらクマ案件ですが、警告看板が飾りと言えないくらいに、やはり「出る」とのこと。
 入り口を守護するこのクマ像にせよ、クマが爪にかけて傷を残していったそうで……
 おっかねえクマ、おまえ自身のスタチューだろうに。縄張り誇張してんのか?

 どうであれ、現地の方々と同席(?)できるなんて、まさしく千載一遇の好機! 
 気持ちが一気に楽になりました。

 一歩踏み込めば即原生林です。
 ところどころ大木に樹種名のプレートがつけてあり、進路の目印にもなるものの、不慣れだと踏み分け道から外れやすい。
 カメラを下ろすと、いつの間にか全然外れた下生えの中に突っ立っていたりして、じわっと汗をかきました。
 くれぐれもお気をつけて。

 5分内外進んでいけば、広場に出ます。
 そして、もう迷いようもない。中央に直立しているのが「森の神」または「日本一のブナ」と呼称される目的の巨樹です。

 何かを問わずとも、まずとにかく物体の形状として美しい。
 みずみずしく、重量感がありつつも、無駄なところが見当たらない。
 心掴まれてしまい、数十秒、ボーっと突っ立ってただ眺めてしまいました。

 地上1.3メートル地点での幹周囲は6メートルを超える。
 ブナ巨樹には幹周8メートルを超える個体もいくつかあるようですが、単幹形状のものに限ればこれ以上大きなものはない。ここに「日本一」の根拠があります。
 「巨樹・巨木林の会」による調査登録年が2007年と新しめであり、現在定番化している関係書籍にはほぼ掲載が見られない巨樹でもあります。
 (後方では現地民の方々が絶賛キノコ収穫中でした)

 こればかり書いてしまいますが、惚れ惚れするような美しい立ち姿。
 炭焼きから木材まで古くからブナの利用価値は高く、これほどの巨樹が残っているのはほとんど奇跡に近い。
 奇跡……いかにもそれは、森に関わる人々がこの樹に対して特別な想いを抱いていたからに他なりません。

 この樹が「三頭木」……青森県に根強い「三又の樹には神が宿る」とする信仰の対象だったからこそ。
 「森の神」なんて大げさなネーミングと感じるかもしれませんが、深い森の中でこの大三頭木を仰ぎ見ると、余計な修飾がどんどん削ぎ落とされていくのを感じます。
 「言うなれば、『森の神』」、そうなった気持ちがよく理解できます。
 同じストーリーを持つ階上町の「天頭台のアカマツ」も見ごたえある巨樹でしたが、このブナはさらに明確、まさに森林の代表者だと言えるでしょう。

 ブナのそばに掲示板のようなものがあります。
 裏表どちらに回ってみてもただの板で、隅っこに明らかにおかしいレイアウトで「健康優良樹」の認定バッヂ(日本樹木医会)だけがある。
 そういえば、駐車場で会ったおじさんが青森言葉で言ってた……
 「ブナの説明もあったんだけども、クマに引っぺがされてしまって。何回も」……
 ううむ、確かにバリっとやられたような痕がある。
 この「森の神」は、名付けられ、ランク付けされ、説明されるのが嫌いなのではないか……などという想像が不意に浮かんできました。
 我々人間は「個」として崇めたりしてるけど、巨樹当人(?)はあくまで森の一要素に過ぎず、他の木々と何ら変わったつもりもないのかもしれません。

 ブナの森は山深い地に追いやられ、巨樹をメインに追っていてさえ見られる機会が少ない。
 上記した8メートルクラスのブナ巨樹にしても、リスキーな登山をこなすとか、自由に立ち入れない保護林内に存在するとか、別世界の存在になりつつあり、少しの労力で間近で仰ぎ見られる点もこの「森の神」の尊さだと断言できます。
 お目にかかれた幸運を嚙み締めました。

「森の神(日本一のブナ)」
 青森県十和田市奥瀬
 幌内山国有林内
 推定樹齢:300年以上
 樹種:ブナ
 樹高:29メートル
 幹周:6.01メートル

 訪問:2023.10

探訪メモ:
 標識類はないので、Googlemapのポイントをナビとして活用。
 上記のコワい看板から下車ポイントまでは舗装の一本道ですが、無電波地帯でもパニックにならないように想定を。
 森を歩ける靴、クマよけ鈴は当たり前として、同行のお仲間もいるに越したことはありません。
 が、2023年の東北のクマ被害の大きさを鑑みると、それでも足りないかも……。

この旅の様子は「2023年・青森県東部巨樹探訪4」でどうぞ。

2件のコメント

  • to-fu

    遭難多発区域!!懐かしいです。
    ほぼ地元民のヨメ曰く、どうやらあの辺りの大森林は昔から自殺の名所でもあるらしく…
    直接的な表現は避けつつ、そういった人間を拒絶する意思を表したのがあの看板なのかもしれません。
    クマも怖いですが覚悟のキマった人間は更に怖いので、まあ面白半分で突入しないに越したことはありませんね。

    しかしこのブナの周辺…まるで桃源郷のようだったのを思い出します。
    仰るように「おっ、このトチいいな」なんてファインダーを覗きながらにじり寄っていると、いつの間にか
    ルートを外れていて焦るという 笑 とにかく美しかった…神域に足を踏み入れたような不思議な感覚でした。

    それにしても秋の姿もいいですねえ。
    モニターを通してほんのり焦げ臭いような甘いような秋の山林のあの香りが漂ってくるようです。
    デカくて派手な写真映えする巨樹ではありませんが、こういう写真や文章だけでは魅力が分かりにくいものこそ
    真に優先して回るべき巨樹のような気もします。ああ、私もまたあの山の中で異世界感を味わいたい。

    • to-fuさん
      確かに、特に山登りでもないのに、容易に出て来れなくなるようで思わず足取りが慎重になってしまう森でしたね。
      森の豊かさは人間とは関係ないこと、人間を全く必要としていない世界なんだなと思うと同時、電波ごときが通じないだけで心細くなる自分って一体? と、自然と人間の距離の遠さを実感しました。
      何でもネット頼みにしてしまって、こういう時に全く対処できない。個々の人間という生物はどんどん弱くなっているんでしょうね。
      とにかくブナまでの距離が短くて良かったです。あの森をひとりで2キロ歩けとか言われたら、帰ってこれる自信ないなと…。

      改めてto-fuさんの写真も見させて頂きましたが、光の色、植物の勢いなど、同じ森でもずいぶん違うものです。
      短い夏を精一杯謳歌していた森も、秋になるともう厳しい冬を見据えて緊張感が表れていたようにも思います。
      ブナの巨樹自体ほとんど出会えませんし、ブナとはどんな樹か? という樹種に対する理想イメージを決めてくれる巨樹だと言えます。
      いいモン見た、行けて良かった! と探訪の満足感にたっぷり浸れました。

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