巨樹たち 岩手県花巻市「稲荷神社の千本桂」 / 4 コメント 崩れつつある桂の聖域 Gotoなどと方々で聞こえ始め、警戒しつつも隣県程度なら脚を向けられるか? という2020年昨今。 元来、濃厚接触にはなりにくい巨樹探訪ですが、より人口密度に余裕がある(であろう)岩手へ向かうことにしました。 温泉で知られる花巻。ことあるごとに宮沢賢治の面影を見る市街を抜け、さらに北へ。 古来よりの信仰と満々たる水量をたたえる早池峰(はやちね)湖へのルート、その中程で内川目集落に入ります。 きれいな岳川の流れを遡り、商店と小学校のところで左折、橋を渡ると、正面に鳥居と大きな緑の盛り上がりが見えてきます。 本日の1本目、「稲荷神社の千本桂」とはこの樹のことのようです。 神社を覆い隠す葉の茂りに期待しますが、鳥居より内部に入ろうとすると、印象がぼやける。 ふわっと……いや、ぶわっと? 甘いカツラの香りとともに、樹の輪郭が拡散して掴めなくなる。 巨樹はどこだ……? 日本の巨樹巡りにおいて欠かせない樹種・カツラですが、その姿形は本当に様々。 単幹のものに出会うのは稀で、ほとんどが株立ちですが、この「稲荷神社の千本桂」はもろにそれです。 いや、むしろ、これまで見てきた中で最も株立ち傾向が強い。 もはやどうあっても一本の巨樹とは呼べないシロモノだということに愕然とします。 これは「個体」ではない。「場所」だ。 群衆のあり方としても色々ですが、この樹(の群れ)の場合、ほぼ円形に林立している。 解説板の測定時点で、この円周は28.6メートルにも及ぶ。2πrとして、直径9メートル以上の範囲。 このゾーン全体がまるでミステリーサークルかストーンヘンジのごとく、びっしり株立ちのカツラに占有されている。 崩れた数段の石段と古びた鳥居……つまり内部への入り口があり、昔から「御神木」というより一種の「聖域」に近い扱いを受けていたようです。 無数のひこばえと萌芽枝に埋もれていますが、真ん中にはごく小さな朱色の祠(社?)の屋根のようなものも見えました。 一礼して鳥居をくぐり、中を伺ってみる。 もはや間違っても一本の樹とは呼べない外見ですが、内部を見ると、ちょっと考えが揺らぎます。 内部にはふかふかの腐葉土が詰まって、あたかも森のよう……ではありません。 幾多の根と幹の塊です、これは。 驚くべきことに、自分が巨大な樹の上にいると錯覚させられてしまう。 いや、それは錯覚なのか……? 終始写真の露出が暗めですが、大量のカツラの葉が天蓋になって、実際かなり薄暗い。 直立する幹は、一番太いものでも幹周3メートル台と見ました。それなのに高さはこぞって20メートル以上、ひどくアンバランスです。 大正頃に数えたところ、1123本も幹があったとか。 1.本当に数えたのか怪しい。 2.もう100年近く前のこと。 ……というツッコミはもっともですが、「千本桂」の文字通りの裏づけがあるのには感心します。 決して比喩ではないんだと。 太めの幹が倒壊していましたが、ただ林の中の一本が倒れただけという感じ。 深刻さがない反面、イマイチ周囲からの注目も薄いようなのが残念ではあります。 根元付近に石(古い玉垣か?)が積んであったり、コーナーにゴミ捨て場があったり。 決して粗暴に扱われているわけではないですが、俗、市井の巨樹という感じを受けます。 もっとも、岩手のこの辺りでのカツラは、勝手に生えてきてどんどん増える樹……みたいな認識なのかもしれませんね。 解説板。さすがに幹周ランキングには登場しない樹です。 ただ、現場で感じた雰囲気からも、かなり長樹齢を重ねている可能性はある。 主幹が不朽→ひこばえがメイン化→それすらも滅びる→別のひこばえが→周囲範囲が拡大→ ……という歴史を重ねた末に、このような姿ができるのでしょう。 稲荷と狐伝説(白狐が住んでいたという)もあり、かつてはこの聖域の内部で何らか神事が行われていたのかもしれません。 すぐそばで虫アミを振っているおばさんがおり、「昆虫採集ですか?」と聞いたら、「ちょうちょが作物に卵産んじゃうので……」と、なんとものんびり。笑 この樹にはとてもたくさんの鳥が寄ってくるそう。 キツツキが穴をあけた箇所も多いそうで、カツラの幹の倒壊はそのせいでも起きるのだと知りました。 「稲荷神社の千本桂」 岩手県花巻市大迫町内川目 推定樹齢:400〜500年 樹種:カツラ 樹高:20メートル 根周:28.6メートル 町指定天然記念物 訪問:2020.9、2023.4 探訪メモ: 神社前に数台分の駐車場があります。 静かな集落、ゆっくり走って辿り着きましょう。 民俗神話にまた一歩深く踏み込むような同花巻市「山衹桂」、「白山杉」も見逃せない巨大な巨樹。 2023年4月、盛岡石割桜を訪問の脚で再訪。 金色とも形容したくなる芽吹きが印象的でした。 いまだ樹勢は悪くはなさそうです。 岩手県花巻市「上住郷の榧の木」 数百メートル離れたところに名付きのカヤもあり、一緒に見てきました。 「上住郷(かみすごう)の榧の木」。カヤは岩手県北上市の「小鳥崎の大カヤ」が北限とされるが、この樹はそれよりもさらに10キロ以上も北にある。 その点で希少のため、市指定天然記念物に。つまり、格だけで言えば「千本桂」より上です。 ただし、如何せん規模も特徴も並だし、草むらが鬱蒼とし、巨大な絡新婦(ジョロウグモ)が巣を張りまくりで、深追いを諦めました。 樹勢はよく、意外にもマルミガヤ。びっしりと実をつけていました。 「上住郷の榧の木」 岩手県花巻市大迫町内川目 推定樹齢:400〜500年 樹種:マルミガヤ 樹高:14メートル 幹周:5.2メートル 市指定天然記念物 北限樹(カヤ) 訪問:2020.9 探訪メモ: 駐車場はありませんが、近くに商店と、その周辺に若干道が広くなっている場所があります。 関連
RYO-JI 2020年9月28日 at 9:47 PM 返信 東北は簡単に行ける場所(距離)じゃなくノーチェックなこともあって、どの巨樹も新鮮で楽しませてもらってます。 このカツラはそうですね、個体じゃなく場所ですね(笑)。 もはやどれがだれなのか不明なことに定評があるガジュマル系的な勢力拡大の様相で。 単幹のズドンと太い巨樹のような重量感や圧迫感ではなく、群れという数で圧倒してくるタイプのようで惹かれます。 千本桂と聞いて、千手観音や千畳敷など本当はそんなにないけど凄いからとりあえず千を付ければいいやというアレかと思いましたが、 これは誇張じゃなくかつては1000本超えだったというのも信憑性ありますね。 蝶々狩りのおばさんは真剣なんでしょうけど、ちょっと微笑ましく感じてしまいました(笑)。 近所のカヤもオマケに見ておくには勿体無いくらい立派(に見えます)。 ですが、ジョロウグモだらけとあっては撤退する以外ありませんね。
狛 2020年9月29日 at 3:21 PM 返信 RYO-JIさん> 僕で言うところの西日本のソレですね。いつかまた必ず訪ねに行きたいと思っております。 で、そうですね、ガジュマルの勢いを北国で見ようとすると、その地位にあるのはカツラということになりそうですね。 木を隠すなら森と言いますが、自前で森を作れるんだからすごい。 解説板にある通り、規模はだんだん縮小しているそうですが、今もかなりの物量です。 幹(群)を見るとまばらに感じるかもしれませんが、それが一体となって作っている樹冠はかなりこんもりとしています。 カヤはおまけ扱いにしてしてしまいましたが、北限という観点なら無視はできないなと。 岩手のクモがみんな巨大で。勝てそうになかったし、踏み込まないでおきました……。 さすがに花巻まで来ると旅行という感じがします。何度来ても、岩手ってのんびりした気分になるんですよ。 ちょっとペースを合わせるのに苦労することもあるくらいです。笑
to-fu 2020年9月29日 at 12:59 PM 返信 個体ではなく場所、という言い回しに納得です。これは撮り応えのありそうなカツラですね。どこからどう撮っても様になる反面、この巨樹の特徴を捉えた決定的な一枚を撮ろうと思うとひどく悩まされる。そんな巨樹に思えます。千本…絶対数えてないだろ!とツッコみたくもなりますが、でも確かに千本くらいありそうにも見える。こちらの「糸井の大カツラ」という巨樹ととても良く似ている印象で冒頭の写真を見てその巨樹を思い出しました。随分初期の頃に訪問したので久しぶりに行きたくなってしまいましたよ。この時期のカツラの香りはいいですよねえ。あのいやらしくないふわっとした甘い香りは病みつきになります。 そしてまたもマルミガヤですか。カヤの巨樹として数値上は並ですが樹勢は良さそうに見えますので、100年200年先には一層有名なカヤの木になっているかもしれませんね。この枝ぶりのまま6m台まで成長できれば、かなりの見応えがありそうです。
狛 2020年9月29日 at 3:29 PM 返信 to-fuさん> これ一個が神社と言ってもあながち間違いではないと思いますね。 「糸井の大カツラ」を今一度見ましたが、こちらの千本桂もあの個体のように瑞々しく逞しい時期があったのだと思います。 今はそういう時期を超え、崩壊しつつも外側へ分身を増やそうとしているように見えます。 それでもだいぶ葉の付きはよく、車から降りてすぐにあの甘い匂いに包まれました。 いいですよねえ。秋の巨樹訪問って感じが……ん? ギンナン……いや、あれは。笑 そう、意外だったのが、「上住郷の榧の木」、どう見てもマルミガヤなんですよね。 特徴的にはよくある大きなカヤですが、北限超えであることや、明らかに人為的に持ち込まれたマルミガヤという点、面白いと思いました。
4件のコメント
RYO-JI
東北は簡単に行ける場所(距離)じゃなくノーチェックなこともあって、どの巨樹も新鮮で楽しませてもらってます。
このカツラはそうですね、個体じゃなく場所ですね(笑)。
もはやどれがだれなのか不明なことに定評があるガジュマル系的な勢力拡大の様相で。
単幹のズドンと太い巨樹のような重量感や圧迫感ではなく、群れという数で圧倒してくるタイプのようで惹かれます。
千本桂と聞いて、千手観音や千畳敷など本当はそんなにないけど凄いからとりあえず千を付ければいいやというアレかと思いましたが、
これは誇張じゃなくかつては1000本超えだったというのも信憑性ありますね。
蝶々狩りのおばさんは真剣なんでしょうけど、ちょっと微笑ましく感じてしまいました(笑)。
近所のカヤもオマケに見ておくには勿体無いくらい立派(に見えます)。
ですが、ジョロウグモだらけとあっては撤退する以外ありませんね。
狛
RYO-JIさん>
僕で言うところの西日本のソレですね。いつかまた必ず訪ねに行きたいと思っております。
で、そうですね、ガジュマルの勢いを北国で見ようとすると、その地位にあるのはカツラということになりそうですね。
木を隠すなら森と言いますが、自前で森を作れるんだからすごい。
解説板にある通り、規模はだんだん縮小しているそうですが、今もかなりの物量です。
幹(群)を見るとまばらに感じるかもしれませんが、それが一体となって作っている樹冠はかなりこんもりとしています。
カヤはおまけ扱いにしてしてしまいましたが、北限という観点なら無視はできないなと。
岩手のクモがみんな巨大で。勝てそうになかったし、踏み込まないでおきました……。
さすがに花巻まで来ると旅行という感じがします。何度来ても、岩手ってのんびりした気分になるんですよ。
ちょっとペースを合わせるのに苦労することもあるくらいです。笑
to-fu
個体ではなく場所、という言い回しに納得です。これは撮り応えのありそうなカツラですね。どこからどう撮っても様になる反面、この巨樹の特徴を捉えた決定的な一枚を撮ろうと思うとひどく悩まされる。そんな巨樹に思えます。千本…絶対数えてないだろ!とツッコみたくもなりますが、でも確かに千本くらいありそうにも見える。こちらの「糸井の大カツラ」という巨樹ととても良く似ている印象で冒頭の写真を見てその巨樹を思い出しました。随分初期の頃に訪問したので久しぶりに行きたくなってしまいましたよ。この時期のカツラの香りはいいですよねえ。あのいやらしくないふわっとした甘い香りは病みつきになります。
そしてまたもマルミガヤですか。カヤの巨樹として数値上は並ですが樹勢は良さそうに見えますので、100年200年先には一層有名なカヤの木になっているかもしれませんね。この枝ぶりのまま6m台まで成長できれば、かなりの見応えがありそうです。
狛
to-fuさん>
これ一個が神社と言ってもあながち間違いではないと思いますね。
「糸井の大カツラ」を今一度見ましたが、こちらの千本桂もあの個体のように瑞々しく逞しい時期があったのだと思います。
今はそういう時期を超え、崩壊しつつも外側へ分身を増やそうとしているように見えます。
それでもだいぶ葉の付きはよく、車から降りてすぐにあの甘い匂いに包まれました。
いいですよねえ。秋の巨樹訪問って感じが……ん? ギンナン……いや、あれは。笑
そう、意外だったのが、「上住郷の榧の木」、どう見てもマルミガヤなんですよね。
特徴的にはよくある大きなカヤですが、北限超えであることや、明らかに人為的に持ち込まれたマルミガヤという点、面白いと思いました。