巨樹たち 岩手県花巻市「白山杉」 / 4 コメント みちのくの巨大杉に身震い ここ、花巻市大迫町久出内は小さい集落ながら「巨樹の里」を名乗っている。 「山衹桂」は誇るべき大カツラでしたが、もう一本、すごい巨樹が鎮座しているのです。 実は、カツラに接近する前から、気になって仕方ないスギがあったんですよ。 幹は直接見えないのに、あいつ絶対只者じゃねえ……と。必ず調査して帰ろうと思っていました。 ええ、この写真の右手が「山衹桂」、左手がそのスギです。 それがまさか、メインターゲット「白山杉」そのものだったとは。 すぐ隣ですよ? 近くにあることはmapで知っていましたが、こんなに近いとは思いませんでした。 それ自体が山のような緑の塊ですが、上部から幹が覗くとおり、これで1本の樹です。 いくら山中にあろうとも埋没しない。その存在感だけが周囲から強烈に浮き上がって感じるのです。 山形の「松保の大杉」のそれにも似た、数ある巨樹の中でも限られたモノだけが発するオーラが放たれている……。 よく見ると「伝説の巨木・白山杉」などと書いた標識もある。 即座に踏み込もうとしましたが……足下に水が流れている。ビチャビチャだったので長靴を取りに戻りました。 実はこれ、スギのそばから渾々と湧いている水です。 豊富かつ冷たい清水で、杉木立の中にある神社が湧き出し口を手水のように使っています。 足下には、藁でできた小さなウマが奉納されている。「山衹桂」の解説板にある「馬っこ繋ぎ」のものでしょう。 ……などと書いていますが、この時すでに背筋がゾクゾクしてたまりませんでした。 目の前の古びた神社を薄暗く覆い隠し、背後にそびえ立つ、とてつもなく巨大な気配に。 なんだこれは……。 息を呑みます。社を避ける、いや、完全に包囲するかのように、何本ものスギの幹が突き出しています。 「掌中」とはこのこと。今にも握り潰されそうだ。 神社に挨拶する際には、この掌中に入る必要があるため、かなりの圧迫感です。 そして、ちょうど神社の背後……「手」にあたる存在が…… 現れました、「白山杉」本体です。 なんという大きさ。地上1.3メートル地点で幹周は11.5メートル強あるという。 記録上は大船渡市「三陸大王杉」にごく僅か譲って岩手県第2位ということになっていますが、しかし、実際見た印象は違う。 そう、数値より絶対もっと大きいぞ! 上の写真でもわかる通り、この巨杉、猛烈な繁茂能力で何本もの分身を生み出しています。 主幹から分離してはいますが、物量としては一体。 そして、それら全てが並のスギよりもよほど巨大なのです。 巨大かつ、あまりにも神社に近すぎるため、超広角レンズを使っても全体像が捉えきれない。 裏側に回って斜面を上る。大きく3、4又に分かれた樹形は裏杉的ですが、その太さは圧倒的としか言う他ない。 近づくのが怖くなるような、凄まじい塊感です。 けっこう切り立った斜面で、自由に行動できるわけではない。 似たような写真が多くなってしまいますが……そうでなくとも、この巨樹の気配の前で、ほぼ金縛り状態になってしまいました。 樹高もかなりある。ど真ん中に直立した主幹一本で上背を作り出し、大枝が弧を描いて一斉に天を指す。 巨大な密教の退魔武具を思わせる姿です。 傍らで絡まり合う枝の形相もすさまじい。 印を結んでいるようでもあり、掴みかかろうとしているようでもある。 あちこちで樹皮が剥がれ、赤っぽい下地が剥き出しになっている。 成長過程でこうなるのか、もしくは、獣の仕業なのか。 確かに、この場所にいても、終始何かの気配を背後に感じるような……。 ざわざわと鳴る風の音で我に返ります。 非常に逞しく、強い樹。 相当な長寿のはずですが、今に至っても攻めの人生(樹生)を生き続けている。 「逞しさにすがりたい」とか、「大らかさに包まれたい」とか安易に近づくと、跳ね飛ばされてしまうかも。 大杉の根元には、複数、獣が掘った真新しい穴が。 解説板は神社と湧水の隣にあり、先に目に触れます。 幹周囲11.5メートル以上。副幹を入れたスケール感は、13、4メートルにも匹敵するでしょう。 東北を代表する巨杉の1本と呼んで間違いないはず。 再度、山形県「松保の大杉」ときたら、ライバルは岩手県「白山杉」と即座に応じる。 いやしかし、これで町指定天然記念物とは……見る目ないのか? 疱瘡(天然痘)への言及があるのも興味深い。山深いこの地でかつて流行した歴史があるのでしょう。 「疱瘡神が宿る」とありますが、まさにパンデミックのことで、避けられないなら祭って最小限の被害で去っていただこう……という信仰。 各地にある鍾馗や犬張子なども、元は疱瘡神を避けるためのもの。この地域では藁馬が該当するのでしょう。 「殿様と醜いお姫さまにまつわる悲しい伝説」 ……これが非常に気になって調べたのですが、出て来そうで出てこない。回り回って手がかりを掴むこともある。今後も気にしたいと思います。(※) 急に気圧が下がり始め、雨まで降り始めました。 山がざわめいている。この大杉が本当に怖い姿に見えないうちに……と、場を後にしました。 ・※追記・ 岩手日報社「岩手の名木・巨木」に記述を見つけました。 昔、この地に「サッケゾ館」「高館」などという館があり、気立ての良い姫が住んでいた。 姫には生まれつき「カサッコ」があり、憂いた殿様が姿が美しく映るという「白身の鏡」を手に入れ、姫は日頃それで自身を見ていた。 しかしある日、姫は池に映る自分の姿を見て嘆き、岳川に身を投げてしまった。 殿様は悲しんで「白身の鏡」を館向かいの山裾の大杉の根元に埋め、社を建てた。 それ以来、この杉には「カサッコ」の神様が宿り、枝を折るとカサができるという……。 同書では、この社の祭神はおしら様であるともあり、杉のそばの湧水が万病に効くともあります。 病気にする・治すが一体になっていて、なかなか複雑です。 「白山杉」 岩手県花巻市大迫町 内川目字久出内 推定樹齢:900年以上 樹種:スギ 樹高:50メートル 幹周:11.5メートル 町指定天然記念物 訪問:2020.9 探訪メモ: こんな巨樹に道からほぼ0分のアクセスで出会えるとは。 上にも書いたように、実は「山衹桂」のすぐ隣にあります。 駐車場はなく、道のポケットに一時的に停めました。 足下ズブズブ&藪なので、長靴はあった方がいいかも。 集落内には「白山杉」、「山衹桂」の他に「才の神サワラ(幹周5メートル)」という巨樹もあります。 天候が荒れてきたので、今回こちらはパスしました。 「塞の神」は集落に悪いものが入るのを防ぐという信仰。やはり疱瘡神信仰とつながりがあると思います。 この後、もう少し走って歴史深い「早池峰神社」をお詣りしてきました。 関連
to-fu 2020年10月7日 at 8:28 AM 返信 真っ先に富山県の洞杉群を思い出しましたが、単体で比較すると最大の洞杉をも凌駕するほどの大きさに見えます。これは凄まじい迫力。この手のウラスギは幹周が参考程度にしかならないくらい実物の方が遥かに巨大ですよね。ああ、これは現地に立って見てみたい。完全ノーマークの巨樹でしたが仰るようにこれが町天とは信じられません。県内どころか東北地方を代表する巨杉の一本といってもいいくらいだと思いますけどねえ。 大迫町の伝説を探っていたらこんなもの(https://www.city.hanamaki.iwate.jp/kosodate_kyoiku/sho_chugakko/website/1007129/1008412/1008411.html)がありました。冒頭に芦毛の馬を生き埋めにして勧請していたという記載があるので、この地域での藁馬は馬の供養も兼ねているのかもしれませんね。
RYO-JI 2020年10月7日 at 9:33 PM 返信 これで町指定天然記念物だとは俄かには信じがたいですね。 決してサイズだけで指定のクラスが決まるとは思っていませんが、にしても国天であってもおかしくないでしょう。 神社が小さな祠に見えるくらいの大きさで、これは圧倒されますね。 ウラスギ特有の獰猛とも言える荒ぶる姿に目を奪われます。 ハッキリ言って一人で対峙するのは怖い、確実に気を飲み込まれると思いますね。 道からのアクセスがすこぶる良いのに、山深い中に君臨する野生度満点の巨大杉に感じるから不思議です。 「山衹桂」のすぐ隣にある・・・いやぁ岩手県もスゴイ所ですね!
狛 2020年10月7日 at 9:42 PM 返信 to-fuさん> 情報ありがとうございます。いやあ、ひとりでやっていたらこういう発展はないですから、なんとも張り合いを感じます! 岩手の民話や昔話って独特なところがあり、たびたび気になるんですよね。 えっ、ここで鈴鹿御前が出てくるかね? とびっくりしました。 三重の鈴鹿山の鬼女で、坂上田村麻呂に討たれたとか夫婦になったとか、深い因縁がありますね。 明らかに征夷大将軍と蝦夷、土着と中央の絡み。遠野あたりにも伝承があるようで、根深そうです。 世界ふしぎ発見のネタくらいにはなりそうなスケールを感じますね。 岩手県の巨樹はどこか地味かなと思ってたんですが、なんのなんので、ここへきて「松保の大杉」と比肩できる巨杉に出くわすとは思ってもみませんでした。 やはり、実際に見に行ってみるものですね。いかつくて、見下ろされるとこちらは縮み上がるしかないような巨大さです。 もちろんぜひ見ていただきたい樹ですが……どうでしょう、奥花巻の温泉宿に泊まって、このへんじわじわ巡ったりして。 居心地いいから帰りたくなくなってしまうかもしれません。笑
狛 2020年10月7日 at 9:51 PM 返信 RYO-JIさん> そうなんです。これが町指定なら何が県、国指定? と思ってしまうんですが……どういう基準でランクアップ、いや、それってランクアップなんでしょうかね。それすらもよくわかりません。 ともかく、「山祇桂」「白山杉」ともに健全な環境にいるようですので、これでいいとは思います。 天候もあったんですが、まるきりこの樹冠に飲み込まれてしまうので薄暗いし、正直、怖かったです! ああ、俺、負けてる……っていう。まあ、ハナから巨樹に勝てるわけがないんですけどね……。 まさか隣同士にあるとは思いませんで。 ただ、標識も小さいし、幹も見えないので、予備知識ない人は素通りしてしまうかもしれません。 RYO-JIさんにもぜひ見ていただきたい荒々しさです。
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to-fu
真っ先に富山県の洞杉群を思い出しましたが、単体で比較すると最大の洞杉をも凌駕するほどの大きさに見えます。これは凄まじい迫力。この手のウラスギは幹周が参考程度にしかならないくらい実物の方が遥かに巨大ですよね。ああ、これは現地に立って見てみたい。完全ノーマークの巨樹でしたが仰るようにこれが町天とは信じられません。県内どころか東北地方を代表する巨杉の一本といってもいいくらいだと思いますけどねえ。
大迫町の伝説を探っていたらこんなもの(https://www.city.hanamaki.iwate.jp/kosodate_kyoiku/sho_chugakko/website/1007129/1008412/1008411.html)がありました。冒頭に芦毛の馬を生き埋めにして勧請していたという記載があるので、この地域での藁馬は馬の供養も兼ねているのかもしれませんね。
RYO-JI
これで町指定天然記念物だとは俄かには信じがたいですね。
決してサイズだけで指定のクラスが決まるとは思っていませんが、にしても国天であってもおかしくないでしょう。
神社が小さな祠に見えるくらいの大きさで、これは圧倒されますね。
ウラスギ特有の獰猛とも言える荒ぶる姿に目を奪われます。
ハッキリ言って一人で対峙するのは怖い、確実に気を飲み込まれると思いますね。
道からのアクセスがすこぶる良いのに、山深い中に君臨する野生度満点の巨大杉に感じるから不思議です。
「山衹桂」のすぐ隣にある・・・いやぁ岩手県もスゴイ所ですね!
狛
to-fuさん>
情報ありがとうございます。いやあ、ひとりでやっていたらこういう発展はないですから、なんとも張り合いを感じます!
岩手の民話や昔話って独特なところがあり、たびたび気になるんですよね。
えっ、ここで鈴鹿御前が出てくるかね? とびっくりしました。
三重の鈴鹿山の鬼女で、坂上田村麻呂に討たれたとか夫婦になったとか、深い因縁がありますね。
明らかに征夷大将軍と蝦夷、土着と中央の絡み。遠野あたりにも伝承があるようで、根深そうです。
世界ふしぎ発見のネタくらいにはなりそうなスケールを感じますね。
岩手県の巨樹はどこか地味かなと思ってたんですが、なんのなんので、ここへきて「松保の大杉」と比肩できる巨杉に出くわすとは思ってもみませんでした。
やはり、実際に見に行ってみるものですね。いかつくて、見下ろされるとこちらは縮み上がるしかないような巨大さです。
もちろんぜひ見ていただきたい樹ですが……どうでしょう、奥花巻の温泉宿に泊まって、このへんじわじわ巡ったりして。
居心地いいから帰りたくなくなってしまうかもしれません。笑
狛
RYO-JIさん>
そうなんです。これが町指定なら何が県、国指定? と思ってしまうんですが……どういう基準でランクアップ、いや、それってランクアップなんでしょうかね。それすらもよくわかりません。
ともかく、「山祇桂」「白山杉」ともに健全な環境にいるようですので、これでいいとは思います。
天候もあったんですが、まるきりこの樹冠に飲み込まれてしまうので薄暗いし、正直、怖かったです!
ああ、俺、負けてる……っていう。まあ、ハナから巨樹に勝てるわけがないんですけどね……。
まさか隣同士にあるとは思いませんで。
ただ、標識も小さいし、幹も見えないので、予備知識ない人は素通りしてしまうかもしれません。
RYO-JIさんにもぜひ見ていただきたい荒々しさです。