巨樹たち

山形県鶴岡市「山五十川の玉杉」

天晴! 日本一の玉杉

 巨樹の旅において、「絶対にもう一度会いに来る」と誓う。
 遠いけれども、時間がかかるけれども、再度、必ずこの地に立つ……と。

 素晴らしい巨樹はたくさんありますが、そう誓いたくなる樹となると、実は絞られてきます。
 巨樹の大きさ? 旅としての面白さ? はたまた?
 総合的・相互的なものかもしれませんが、さらにもうひとつ「何か」があって、実はそれこそが決め手なのだと思っています。

 山形県鶴岡市の「山五十川(やまいらがわ)の玉杉」は、自分にとって、まさにその条件を満たす存在。
 今回、5年ぶり、念願の再訪を果たしました。

 山五十川の集落風景は、前回、5年前の記憶とほぼ同じように見えました。「日本一山五十川の玉杉」と看板を掲げているのも変わらず。
 あの時、玉杉に出会う前は、「日本一とはまた大きく出たな」とか笑っていたっけ。

 所在である熊野神社前に難なく到着し、機材を背負って出発。
 100〜200メートルほど石段を登ります。これがそこそこきつい。

 まだ着かないの? と小休憩を挟み出す頃、一般的な植林の杉たちの奥に、信じられないような太さの「一本」が見え始めます。

 そう、この眺めも知っているはずでしたが、今回もやっぱり駆け出さずにはいられなくなりました。
 息が切れているというのに!

 初見……全く言葉を失います。
 おわかりでしょうか。
 手を伸ばせば触れられる位置の杉と、あんな奥の奥にいる巨杉とが、ほぼ同じ太さに見える。
 「奥行き」とは? 「遠近感」とは? ……軽々と常識を覆してくるこの存在感!

 ああ……なんという「巨樹」なのでしょう。「巨樹中の巨樹」、そう語るにふさわしい。
 この太さ、高さ、スケール感。語ると言いましたが、この姿において、言葉は必要ないというのが本当です。
 樹木とは、これほどまでに巨大な存在感を帯び得るのだ……。
 それを「事実」として叩きつけられるこの体験こそ全て。

  杉の理想のような直幹を保持しつつ、十倍くらい逞しくしたような、パワフルでかっこいい樹です。
 脇の方に副幹? が伸びていますが(裂けたものが成長した?)、これも普通の杉の樹よりよほど大きいサイズ。
 高さよりも、太さと枝張りの広さが目を引き、茂った形が玉のように丸かったことから「玉杉」の名がついたそうです。

 平成18年に「玉杉樹齢1500年記念測樹」として各寸法の計測が行われたそうで、目通り幹周囲は11.4メートルとされています。
 
40メートル近い樹高、東西南北30メートル以上の枝張りを誇り、その樹冠は600平方メートル(約182坪)にも及ぶ。

 ということは……
 1時間ほど前に訪ねた同市「石山の大スギ」の健在だった時代の姿を、この玉杉に重ねて見ることができるのかもしれない。
 そんな考えが浮かび、今回はなおさら感慨深く思いました。
 (幹周、樹高ともに同規模の数値です)

 そんな玉杉でさえ、落雷による折損を経験しているそうです。
 前回の訪問時、近所のおじさんから声をかけて頂き、お話を伺うことができました。……

 三脚をかついでいたので、玉杉の写真を撮りに来たということがバレバレ。
 しかも車が千葉ナンバー、千葉なんてトコからわざわざ来てくれたのか? と言うので、「ハイもちろんそうです!」と答えると、大変喜んで下さって、玉杉についての話を色々聞かせてくれたのです。  
 いわく、

 自分が子供の頃には玉杉はもっと高かったが、落雷で折れて低くなってしまった。
 高かった頃の玉杉はそれはもう今の倍も巨大に見えて、日本海に出た船が目印にしていたくらいだった。
(注:電子マップで検証すると、山蔭となるため海からは見えないはず。代々語られてきた決まり文句なのかも、と思っています)

 締めくくりには、
 「子供の頃は雪が降るとあの神社の階段をソリで滑降してやったもんだぜ!」
 と仰いましたが、おじさんそれは実際かなりクレイジーだ……とは、あえてツッコミませんでしたが。笑

 「うまく撮れた?」と訊かれるので、
 「バッチリです、なぜなら玉杉がめっぽう素晴らしいからです!」
 と、なんだか僕のテンションも変でしたが、玉杉への愛着が伝わってくる、大変心地よいひと時でした。

 ……ウソではなく、この時もベストは尽くしました。
 しかしながら、11月の夕方で日照はかなり弱く、最上の「幻想の森」を訪ねたせいもあり、機材が電池切れを起こしてしまいました。
 思い返せば、「巨樹をしっかり撮りたい!」という思いを決定づけてくれたのが、僕にとってはこの玉杉だったのでしょう。

 玉杉さん。あれから5年あまりが経ち、僕はこまごまと変わった。変わらざるを得なかった。
 でも、あなたは全く変わらず、今回もやっぱりフレームには収まり切らなかった……。
 いやほんと、あなた、凄すぎるんだよ。

 この樹ほど、一般的な解説を必要としない巨樹はない。
 そう言ったらおかしいですが、実物を見た後では、解説板が全く「なにか書いてある板」としか感じられません。

 代わりに重要な意味を担い、素通りできないのが、登り口にある「玉杉物語」
 玉杉の生い立ち、この地の玉杉に対する思いが素朴かつ感動的に綴られています。
 玉杉の前に立った後、改めてこれを読んでいると、じーんと胸が熱くなってきます。

 「ぼくたちは玉杉の年を決めた。千四百九十才。きっとそうにちがいない。」

 ここにどんな異論を挟めるでしょうか。そんなはずはないとでも?
 ……むしろ絶対正しいとさえ僕は思います。

 玉杉を「日本一」と称え、自分たちで「1500才」だと決めた。
 玉杉を日本一愛している。どれほどの価値を持つものであるかを自ら決め、これからもずっと守って行こうという決意表明をした。

 誰々という偉人に関係するから有難いだとか、現世ご利益があるから敬うべきとか、そういうことは全く抜きに。

 「巨樹を思う」とは、どういうことなのか。
 ひいては「巨樹とは何なのか」。
 いや、「何であって欲しいのか?」 ……かな。

 その点で、玉杉は紛れもない「日本一」の巨樹だと思うのです。

「山五十川の玉杉」
山形県鶴岡市山五十川 
熊野神社
推定樹齢:1500年
樹種:スギ
樹高:36.8メートル
幹周:11.4メートル

国指定天然記念物
訪問:2015.11、2020.9

 

 探訪メモ:
 周辺の道路は少し狭いですが、現地には10台以上は停められる駐車場やトイレ、記念スタンプもあります。ぜひゆっくり玉杉に向かって頂きたい。

 ただし、階段が急でそこそこの長さがあります。足腰が痛い方は辛いかもしれません。
 また、冬場は凍結注意。

 資料としては、ぜひ山五十川のホームページを参照ください。
 古きを大切に伝える集落の方々の心、玉杉の魅力をさらに知ることができます。
 村の資料によれば、806年にはこの杉が樹齢300年程度と認識されていた記載があるらしく、ここに現樹齢の根拠を求めているようです。

 上記「玉杉物語」もしっかり載っております。
 ああ、そうなのか……物語を紡いだ「ぼくたち」の小学校、平成28年に廃校になったのですね……。

 感じ入ることが多く、個人的に大好きな巨樹です。
 ぜひまた訪ねさせていただこうと思っています。

6件のコメント

  • to-fu

    素晴らしい巨杉。この杉は東北ノーマーク勢の私でも、いつかは…とマップに登録していました。今回初めて山五十川のバックグラウンドまで調べましたが実に興味深いところです。山五十川歌舞伎と山戸能、この小さな村落に2つの無形民俗文化財があるだなんて。

    それにしても背景のストーリーを抜きにしても言葉を失うくらいに立派な杉ですね。この形状から「月瀬の大杉」を思い出しました。あちらは立地もあって枝の伐採など随分と人間の手が入っていますが、もし伸び伸びと成長していたらまさにこのような姿になっていたのかもしれません。我が関西圏であったら間違いなく天狗が住んでいるだの様々な逸話を与えられていそうなものですが、この淡白かつ「そんな装飾いるか?これだけ凄い杉なんだよ。誰だって一目見たら凄いって分かるだろ。」みたいな管理者の自信や誇りが窺えるようで、案内板の素っ気無さまで心地良く感じました。

    山形か…とてつもなく遠く感じますが、そうは言っても所詮日本国内ですからね。山形県内だけでも回りきれないくらいの凄い巨樹があることが分かりましたし、これはいつかなんて言ってないで具体的なプランを練らなければいけないかもしれません。

    • to-fuさん>
      山五十川は人口600人ほどの村ということですが、無形民俗文化財の維持継承、この玉杉の管理だけでも相当なお役目だと思います。
      石徹白も似た感じがある土地ですが、我々からはちょっと想像もつかないような人生と毎日がありそうですね。

      そうそう。笑 関西だったら天狗サンが住ってますね、この規模の巨樹には。
      今回の訪問を書き起こしてみて、考えたのは、僕も「月瀬の大杉」のことでした。
      双方とも、土地の方々が宝のように守り、誇りにしているということが手に取るようにわかる巨樹です。
      その伝統そのものがすなわち樹齢であるというような。不思議なことでもありますが、そういう「感じ」、現地に立つと、意外なほどに伝わってくるものです。
      それもある意味条件づけなのかもしれませんが、まだ知らない日本の側面を見、こうして「素晴らしい!」と思えるということ、しみじみ、巨樹を追っていてよかったなあと思います。

      山形は魅力いっぱいの土地です。実は宮城よりもだんぜん山形が……おっと、これ以上は言いませんが、もし東北にお越しのチャンスあらば、サポート致します!
      食べ物もおいしいですよー。ぜひぜひ。笑

  • RYO-JI

    再訪したいと思うこともそうですが、実際に再訪するのは少ないですよね。
    その中でも5年後に念願叶ったというのは大変喜ばしいことだと想像します。
    それだけの巨樹だと思いますし、写真からもそれが充分に伝ってきますよ。

    しかし山形県は何とも恐ろしい土地ですねぇ。
    「石山の大スギ」のすぐ近くにこんなスギが存在しているだなんて。
    どちらも例の杉見立番附に登場しているランカークラスなのに・・・いや、山形県マジ凄い!
    訪問する際は、車で通過する他府県の巨樹に立ち寄りながら・・・じゃなくて一気に飛行機で山形に降り立ち、
    山形の巨樹を堪能し尽くす(それでも出来なさそう)方が良いのでは?と思ってしまいます。

    • RYO-JIさん>
      自分イチオシの巨樹です。笑 
      今回のクライマックスは玉杉再訪! と、それだけは最初から決まっていてプランを組んでます。
      いやー、やっぱりこの巨樹はすごい。改めて感動してしまいました。

      石山の大杉とは近く、本文中に書きそびれてしまいましたが、同じ熊野神社なんですよね。
      年代的にも近いものがあるんじゃないかと思うし、ひょっとしたら縁があったり……太古の昔のことでわかりませんが。
      どちらも1000年以上と言われて疑問を抱かないようなすごい巨樹です。
      そうそう、山形県の巨樹だけで非常に濃ーいですから(山奥まで潜ってると出てこられなくなる)、切り分けた方がいいかも。
      あとはお肉にお酒ですよ。ええ。
      RYO-JIさんにもぜひお越しいただきたいですね! 

  • yoji.koyama

    山五十川の玉杉を日本一だと言い切る狛さん
    私はこの記事を読みめちゃくちゃ嬉しい。
    多くの巨木を見てきて、これほどまでに驚いたのは滅多なく
    あの階段を登りきる手前から現れる衝撃!
    忘れることはできない。
    私のHPでもTOP5に入ると紹介した名木中の名木
    同じような感想を見たのが初だったのでテンションがこの時間にぶちあがりました

    • yoji.koyamaさん>
      玉杉に関してリスペクトを共感できて、こちらも凄く嬉しいです!
      玉杉の後にももちろん数多くの巨樹を訪ねましたが、どうしても忘れられない、ふとしたことで思い出される素晴らしい巨杉です。

      この初見のインパクト……「マジか!」と天を仰ぎました。
      ある意味、この出現時演出はスギ巨樹の華と言えると思うんですが、ここに極まっていると言えますね。
      もちろん近づいても背後に回ってみてもあまりにも壮大で、同じ生命体として無条件の尊敬を抱いてしまいました。
      巨樹探訪、いや、人生の色々に疲れた時こそ訪ねたい。
      そうすればきっと清い原点に戻してくれるはず。とも思っています。

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