巨樹たち

宮城県伊具郡「親王櫻(筆甫のウバヒガンザクラ)」

宮城県最大級の大桜

 はじめにサブタイトルの続きを書いておきましょう。
 咲いていれば、もっと良かった

 丸森町は宮城県の最南端に位置する山間の町。
 今回訪ねる筆甫という地名……これは「ひつほ」ではなく「ひっぽ」と読みます。
 発音と半濁音が入る、日本の地名としては珍しいタイプですね。北海道みたい。

 阿武隈川の大蛇行に抱え込まれた平野部の街中以外は深い山林であり、今回の「筆甫のウバヒガンザクラ」こと「親王櫻」も、離合困難を体験せずに到着する道があるのか? 的な立地ではあります。
 (アクセスは下記にメモしておきます)

 ハンドルをひねくり回すドライブを続け、ようやく現地に辿り着けば、気温の低さに驚きました。
 この日、仙台は15℃をゆうに超え、ソメイヨシノが満開を謳歌していたというのに、筆甫のこの地区では7℃しかなく、はっきり言って寒い。
 花盛りのスイセンに嫌な予感が頭をよぎりました。

 ……で、冒頭に戻るわけですが、咲いてませんでした! 
 こ、これじゃ完全敗北宣言じゃないですかあ。

 ……いや、まて。全く問題ない、ワタシは巨樹を見に来たんだから。
 誰にも訊かれてないのに即座にそう言い放ちましたよ。

 改めて「親王櫻」。
 純粋に巨樹として見事としか言いようがありません。
 幹周囲は5.3メートルとされていますが、間近に立った印象では、もっと大きいように感じます。
 斜面に身を乗り出すように立っているので、計測は難しいでしょう。

 上空を覆い尽くす枝には紅色の蕾がスタンバイ完了、春本番の号令を待つばかり。
 ここにどっさり花がついた図を想像しただけでめまいがしますね。

 千葉県で何度も訪ねた「長光寺のしだれ桜」と同じウバヒガンザクラ。
 個人的な印象ですが、一般的なエドヒガンと比べて紅色が濃いようにも思います。
 この地区の春が遅いのに加え、早く開花する品種でもなさそうで、例年並みなら四月下旬が見ごろかもしれません。

 樹齢を一桁まで計算して書いてしまう、珍しいタイプの解説。
 毎年書き換えねばならなくなってしまいます。笑

 ともあれ、謂れははっきりとしていて、1335年、陸奥守・北畠顕家(あきいえ)卿が、後醍醐天皇の第八子・義良(のりなが)親王といっしょにこの薬師堂を参拝し、記念に植えた桜とのこと。
 当時、陸奥守は18歳、親王は8歳とあり、この地区の地形・風景も手伝って、中世の絵巻のような淡く幻想的な光景が浮かんできました。

 鎌倉時代後期、奥州では蝦夷の蜂起や安藤氏の乱(蝦夷大乱)が起こるなど内乱が続き、鎌倉幕府も平定のために兵を派遣し、幕府の権威が動揺する原因にもなっていた。
 1333年、後醍醐天皇の倒幕運動に応じた足利尊氏・新田義貞らの活躍で鎌倉幕府は滅亡し、京都で建武の新政が開始される。足利尊氏は6月に鎮守府将軍に任命、奥州の北条氏旧領の地頭職などが与えられ、奥州における足利氏の勢力が強化された。
 同年10月、北畠親房と陸奥守に任命された北畠顕家後醍醐天皇の皇子である義良親王を推戴して陸奥国国府の多賀城へ出立した。(Wikipediaより)……

 この結果、「奥州小幕府」とも呼ばれる「陸奥将軍府」が設置される。
 しかし、天才的な素質をもつ若武者だった北畠顕家はその後21歳にして討ち死に、義良親王は後村上天皇として即位するも、南朝は敗北へと向かう。

 このような歴史のレイヤーを重ねると、「親王櫻」はいっそう重厚に、また儚くも見えるのでした。

「親王櫻(筆甫のウバヒガンザクラ)」
 宮城県伊具郡丸森町筆甫和田27
 薬師瑠璃光如来堂
 推定樹齢:680年以上
 樹種:ウバヒガン
 樹高:20メートル
 幹周:5.3メートル

 町指定天然記念物
 訪問:2023.4

探訪メモ:
 手前に10台弱停められる駐車場が整備されていました。 

 道中、(悪い言葉ですが)陸の孤島感があります。
 食料を調達したりトイレを借りられる商店もほとんどないので、お気をつけください。

 令和元年東日本台風(台風19号)において、丸森町筆甫地区では594.5mmという未曽有の総雨量を記録し、河川が決壊する激甚災害に見舞われました。
 平野部の広範囲が浸水し、今回走った山間部でも数トンある巨岩がゴロゴロ流出するなど、今も復興工事中。
 土石流災害の途轍もない規模に背筋が寒くなります。宮城県、本当に大災害続きだ……。
 (丸森町のサイトに工事の現状が示されていますので、気になる場合はご参照を。)

 仙台方面から南下して筆甫の山間に入った場合、長く続く県道45号(丸森霊山線)は、道は悪くないながらもすれ違い走行不可の箇所が多めに出て来ます。

 真ん中のルート、五福谷川に沿う道路は現在も大規模復興工事中で、通行止めを食らい、数キロ引き返すことになりました……。

 

 実際走った限りでは、丸森市街を経由し、マップ図のルートを辿るのが遠回りながら安定した道路状況なのかな……と感じました(宮城最大級の巨樹「丸森のイチョウ」も市街のはずれにあります)。

 どのルートにせよ、親王櫻目当てのクルマが大挙押し寄せたら難儀確定。
 ぜひ満開時に再訪したい……しかし……と、気持ちも行きつ戻りつしております。

 筆甫地区に来たら、他にも立ち寄りたい桜が。追記しておきます。
 「親王櫻」から県道45号をしばらく北上し、五福谷川と出合う分岐路を直進した先に見えてくるのが「御前の桜」。
 土手に斜めに突き刺さったような、しかし名前の通り優美な一本桜。

 

 桜のすぐ下の道路はまだ造成途中、災害に伴ってか、景色が大きく変わっているようです。
 この先、五福谷川沿いの道路は災害復興による大規模復興工事中で行き止まり。
 丸森市街方面へは抜けられませんでした。(上記map参照、2023年4月初現在)

 対して、上記の五福谷川の分岐路で左折し、西へ進んで行った先(丸森町筆甫広町)の道端に現れる「北山石割桜」。
 最近名所化されたようで、新しい看板が設置されていましたが、愛情こめてこう言って差し上げたい。
 「われてないよ!」

 いや、確かに大きな岩が根本にありますが、これではちょっと盛岡の「石割桜」みたいにはいかないな。
 しかし、背の高いエドヒガン系で、満開時には見栄えがしそうな桜ではあります。
 この先へ進めば、上記で説明した(暫定)安定ルートに乗れます。

2件のコメント

  • to-fu

    景色にどことなく冬の名残が感じられるあたり、やはり東北は遠いのだなと当たり前のことを思いました。
    周辺の雰囲気からサイズ感まで私が毎年眺めに行っている京北のシダレザクラに似ていて、
    勝手に親近感が湧いてしまいました。特設会場!さくら祭り!みたいな大物はやはり凄いですが
    毎年眺めに行くならこれくらいの名木クラスがちょうどいい。ええ、人間に疲れないのが良いです。
    満開の姿を想像してしまいましたが、青空と集落の緑に映えるでしょうねえ。

    街中のソメイヨシノが満開を迎えると焦ってしまいがちなんですけど、山奥の面々はまだまだ
    春の準備中なんですよねえ…私も今年はやられました。3分咲きくらい、しかも周辺には大量の工事車両 笑
    まあ、サクラは思いどおりに行かないからこそ毎年楽しめるのかもしれませんが…

    • to-fuさん>
      仙台では一段階衣替えをしたんですが、下車してあまりの寒さに慌てて上着を着込みました。
      確かに、丸森も険しい凸凹地形ですし、寒暖差が大きすぎてエドヒガン系しか育たないのかもしれず、環境面では京都に似ている面があるかもしれません。
      猫神様とかキリシタンマリヤ観音とか、古くからの独自色もありますしね(それは別に似てない)。

      「親王」などという中世ワードがしっくりくるこの佇まい、大きさといい、自分が見たいサクラの要素を全て備えているなあ、10点中10点だなあ、としみじみ眺めてしまいました。
      ま、咲いてないんですけれどね。苦笑
      おかげで帰り道は再訪のことばかり考えてましたが、結局、走れば走るほど、行ける気がせず。
      しかし、下界(?)に降りてきてソメイヨシノでやんや盛り上がってらっしゃる皆さんの姿を目にしたら、来年あるいは「いつか」くらいでもいいかなあ……と。
      いつでも見られるわけではないけど、今回がラストってわけでもない。
      そう信じられるところも、やはり良い桜の条件なのだろうと感じました。

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