巨樹たち

青森県三戸郡「茨島のとちの木」

豊穣のグリーン・ピラミッド

 青森県階上町の巨樹ツアー。
 自治体が「巨樹のまち」などと名乗るとき、その構成員がすべてスギかクスでも文句はありません。
 しかし、階上町はといえば、ここまでのラインナップ、マツモミサワライチョウ、と、樹種が被っていない。
 リストを見れば、この先まだまだ同じ方針(?)で突っ走るらしく、目を見張るような巨樹資源の豊かさです。

 そんな多彩さの中、ことさら目玉と呼べるのが、幹周13メートル級の「銀杏ノ木窪の大銀杏」と、こちら。
 なんと、トチノキがお出ましです。

 「トチ」と聞くだけで巨樹ファンは腰が浮きますよね。と同時に、身構えるはず。
 他のトチの記事でもいちいち書きましたが、どれもが冒険不可避な山中にあり……しかし巨樹ファンを必ず感動させるのが、またこの樹種の特徴。よってクマ鈴つけて暗い森にこわごわ踏み込むことに……。
 階上町は海沿いの町と呼べるはずで、トチ巨樹と言われても「なんで?」な感じですが、バスが進んでいくのはなおさらまっ平らな田園風景の一角。

 しかし、どの樹を目指してきたのかは遠目にも即座にわかる。
 そして、車中はこのトチノキこそが本命という巨樹愛好者だらけです。
 停車即、通路を譲るのも忘れて我先に降車を急ぐ!(もちろん筆者も)

 海沿いの町の平地、しかも民家の庭にあるにもかかわらず、この巨大な樹冠と剛健な幹!
 階上町の巨樹の顔と言っていい「茨島(ばらじま)のとちの木」です。
 重ねて書いてしまいますが、本来、山奥のヌシをしていないとおかしいレベルのこんなトチ巨樹が、下車0分で愛想よくお出迎えしてくれるなんて……信じられない。

 幹周6.98メートルと十分に立派で、しかも枯損やウロもまったく見当たらない。
 永年ずっと大切にされてきたのは間違いなく、支えを当てて枝を伸ばすに任せているため、地表間近まで樹冠が覆っている。
 この様相には、遠目に「庭園のマツか?」と疑った石川県珠洲市の「高照寺の倒スギ」に似たギャップがあります。

 ド真ん前に愉快なバスが停まってしまったがため、同様構図で撮れなかったのが悔やまれますが……
 盛夏、引いて撮った市サイトの写真では、ほとんど緑色のピラミッド、幹が隠れて見えないほど。
 そこに無数の花をつけているという……重ね重ね、こんなトチは見たことがない。
 旧家である茨島家が代々大切に世話をしてきた成果、ひょっとすると大きな枝折れすら経験していないんじゃないか? というくらいキレイなトチです。

 そう、トチ巨樹の何が我々の心を打つかといえば、立地の険しさや不朽・枯損に耐えるゴツゴツした荒々しい根幹と、大きな葉や大量の実で森のあらゆる生命を養うような包容力、そのコントラストの高さです。長野県「赤岩の大トチ」などの姿を見て頂ければきっと伝わるはず。
 しかしこの「茨島のトチ」に感じるのは、豊穣神とでも讃えたくなるような、たっぷりとした豊かさのみ。
 岩塊と区別がつかないような野性味はすっかり抜けて、ある種の品格すら感じます。
 トチの巨樹としては異色の存在と言っていいはず。

 足元には、毎年山ほどつける実のカラが敷き詰められている。
 ガーデニングでは、小道の舗装代わりにわざわざクルミのカラを大量購入したりしますが、ほとんどあの感じ。

 バス車中でガイド先生、
 トチ水といって、実を使った薬がこの地域に伝わっている。私の母がけがをした時も、プラセボ効果なのか、ひと月で治ってしまった」
 ……みたいなことをおっしゃいまして。
 遠くに見えてきた樹冠に夢中で、ソレを飲むのか塗るのか聞きそびれましたが、どうにかトチの実を拾わんとする方々が続出。笑

 いかにも里山の巨樹らしい、民俗的な匂いの伝承が面白い。
 西の国なら、ここに立って家を護り、ケモノたちと仲良くしているのは、間違いなくクスのはず。
 さにあらじ、トチであるのがいっそう面白い。
 樹冠の被覆面積1400平方メートル=424.4坪! 

 こう言えばバチが当たりますが、贅沢なラインナップを網羅しようとするあまり、滞在時間が短すぎる。
 というか、こんな素晴らしい巨樹、1時間撮っても撮り飽きませんよ! と、添乗スタッフの方(スーツの男性)にクレームかましてしまいました。
 大人げなくてすみません……だって……いや、よそう。
 もちろん、必ず再訪すべしと心に決める一樹となりました。

「茨島のとちの木」
 青森県三戸郡階上町赤保内茨島下5−10
 推定樹齢:850年
 樹種:トチ
 樹高:28.5メートル
 幹周:6.98メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2023.10

探訪メモ:
 一般公開されています。
 車での訪問の場合、路肩の広くなった部分に停められると思います。

 隣地、大屋根の朽ち果てた廃屋がかつての茨島家なのか……と、トチの健在の反面気持ちが沈みましたが、資料には今も「管理者:茨島家」となっていました。ご健在のようです。

この旅の様子は「2023年・青森県東部巨樹探訪3」でどうぞ。

 トチの背後には、並木状に植えられたイチイがトンネルを作っています。
 実の時期に見られたら、緑と赤できれいに彩られるのかな、と。
 確かにこれも「実のなる木」ですよね。

4件のコメント

  • to-fu

    いやあ、ぶったまげました。
    あちらのサイトから来たので、狛さんまたどこかの山奥を攻めたのか!なんて思っていたのですが、まさかの
    階上町シリーズではありませんか。え?あの立地でこのトチノキが来るか?と。植物の生態恐るべしです。

    北海道まで行くと動植物の生態系がガラッと変わってしまうので、ひょっとしたら我々が巨樹として訪問するような
    トチノキとしては北限の存在かもしれませんね。(現に県では唯一の県天トチノキだと書いてありますし。)
    トチの巨樹は大好きなんですけど、立地の問題でマニア以外にはおすすめできる巨樹が少なく…
    この巨樹なら非マニアの方にも満足してもらえそうで、そういう意味でも稀有な存在だと思いました。

    それにしても大きな葉を茂らせたトチを見てしまうと急に夏が恋しくなります。
    来年もまたあの汗くさいような微妙な香りの花の香りを嗅ぐのが楽しみだ 笑

    • to-fuさん
      「トチノキ 北限」でざっくり検索すると北海道も生息域に入るらしいですが、確かに、北海道のトチ巨樹をチェックした記憶がないです。青森でも秀でたものはちょっと見当たらなかった。と思う。
      開拓の影響を受けやすい樹種でしょうし、「おまえの目が節穴なだけだ!」……なんてことは、この樹種に限ってはなさそうです。その展開があればむしろ大変嬉しいんですが。

      いや、というか、この「茨島のトチノキ」こそが、まさにそのイレギュラーだったわけですね。
      ツアーのメインだとは最初から頭にありましたが、訪ねるのが決まった以上、むしろデータを入れてく必要はないな! とばかりサラで行ったので、素晴らしい巨樹ぶりにいっそう驚かされました。
      こいつはすげえ! とばかり、講全体で盛り上がってしまいましたね。笑

      初夏からのトチノキはもうほんと特別な存在感ですよね。ここへの再訪にも、ぜひその時期を選びたいです。
      巨樹マニアには「このためだけに行っても損はない!」と推しつつ、それ以外の方には、こういった出会いで樹種特有の魅力に触れてほしいものです。

  • RYO-JI

    同じくトチの巨樹と言えば、覚悟して訪問しないといけない立地にあると信じておりましたが、
    なんとまぁ民家の敷地内にあるだなんて驚きました。
    地表を這うようにして伸びる大枝が特徴的で、一度見たら忘れない姿ですね。
    伝承も〝いかにもありそう〟っぽい内容でとても好印象です。
    狐や狸が木登りして遊ぶ姿を想像してホッコリしてしまいました(笑)。
    確かにこういうツアーでは滞在時間に自由が効かない(短い)のが難点でもありますね。
    私も西表島で経験しましたが、せっかく見応えある巨樹に会えたのに『えっ、もう?』と立ち去る時の無念たるや。
    改めてゆっくり行きたくなるのも当然でしょうね!

    • RYO-JIさん
      マニア顔をしたいわけじゃないですが、巨樹を見た経験が浅い方だと、幹周7メートルという数値も微妙に感じるかもしれません。
      で、そのためなおさらデカいトチを追って深山の洗礼を受けることに……っていうか我々がそうだったわけですね。笑
      幹周7メートルのトチノキってすごい存在感、しかもこの大きな樹冠と健全さ、大変価値あるものだと実感できました。
      お屋敷の敷地なんですが、人口密度自体は低く、日暮れてくると妖怪変化が出没するような民話的雰囲気は現代でも感じられそうです。
      その陰の部分もあるのがいかにも東北とも言えますね。

      RYO-JIさんのサキシマスオウノキのリポートがまさにそんな感じでしたね。
      ツアーだからこそ得られる貴重な機会だとも言えますが、いろいろ事情が絡んできて、もうしょうがないですねコレ! 苦笑
      南東北から出発しても遠い地ではありますが、ぜひまた会いに行きたい、見て頂きたい巨樹だと言えます。

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