巨樹たち

高知県大豊町「桃原の牡丹スギ」

異形の大杉と彷徨える巫女たち

 高知県大豊町、険しい山合いの集落で「六社聖神社の大杉」を訪ね、さらに東へ進みます。
 できれば走りたくない国道439号(ヨサク)も、この辺りまでは普通の道路のフリをしている。
 が、我々の行先は突如横道へ逸れ、するとまた、すれ違い不可能当たり前な渦巻き登坂道です。

 忍耐強くじりじり走り、時々迷い、目的の巨樹があるらしい神社に辿りつきました。
 「桃原の牡丹スギ」。この旅きっての異形の大杉でした。

 時すでに14時過ぎ、西日がかなり眩しくなっていました。
 ディテールが潰れやすく、写真に見苦しいところがありますが、ご容赦を。

 スギの形態の豊かさには毎回目を見張ります。
 異形とはいえど(それ自体具体性のない変な言葉)、「桃原の牡丹スギ」はこれまでに見たことがないタイプの異形。枝の張り方、葉の付け方が、とても杉とは思えない。

 異形でありながらかなり背が高く、望遠レンズで上空をにらむ。
 ついているのは確かに杉の葉ですが、こうモコモコと雲のように盛り上がるのは珍しい。まるでそのまま酒屋の軒下の杉玉。
 もしくは(そんなワケはないんですが)ちょっとイブキの血が入ってるんじゃないか? などと想像してしまいます。

 しかも、その内部に小骨のような枝が無数に巡らされているのも一種異様。
 ぜひ他のスギ巨樹の枝と見比べていただきたいですが……例えば、スタンダードな巨杉、千葉県「清澄の大スギ」や岐阜県「加子母の杉」
 枝葉が豊かでも、この牡丹スギとは全く印象が違います。

 記憶をたどり、あえて類似タイプを示すなら、石川県「新宮神社のスギ」でしょうか。
 これは相当珍しい形態のように感じました。

 ディテール過多なところがある。簡単に言ってしまうならば、グロテスクな樹です。
 かなり背が高い上に、こちらを見下ろすような立地にある。
 強い威圧感を放っており、ワクワクしながら駆け寄るという感じにはなりませんでした。

 足に喝を入れて近づいてみると、根本で二又に分かれているのに気づく。
 この副幹がまた変な枝の付き方で、まるで大蛇がにょっきりと生えているかのようで不気味。

 10メートル以上ある幹周囲は、分岐も含めて計測されたはずですが、主幹のみでも想像を上回る太さ。
 資料に付されている年月は昭和末のものなので、その後30年間で成長し、データを上回っているのでは? とも感じました。

 傷だらけで荒々しい巨樹でもある。
 華やかな「牡丹杉」という名は、盛り上がった葉のボリュームを牡丹に見立てたものらしく、勝手に小ぎれいで女性的な佇まいの樹を想像していました。
 ええ、ポジからネガへ、ギャップもかなりのものなのです。

 かつては低い位置からも枝を出そうと試みたように伺えますが、外的要因でか、ことごとく折られ、傷跡を晒している。
 枯れてもおかしくないところ、このスギはますます貪欲に挑み、幹は瘤のごとく盛り上がり、ゴツゴツと巨大化していった。

 自然界の定めに対峙するこの巨樹のすさまじい苦闘が見て取れます。
 「優美な立ち姿」だとか「生命パワーをもらえる!」とか、そんな眺めとは真逆を行っている。

 加えて、この樹、色彩までがおどろおどろしい。
 カメラと光の設定がおかしいのか? ティム・バートン的な? ナイトメアービフォアーなんか、みたいな?
 茶化している場合ではなく、現地で見上げていても、影が濃く、にわかに魔界的な風が吹き下ろしていた印象です。
 ギシ、ギシ、ギシ……長い幹が軋み、ゆっくり揺れる。

 魔界のサンゴ礁を覗いてしまったような気分。
 やはり一般的なスギ巨樹とは一線を画す、異質な感触を残しました。

 「牡丹杉」の他に、「天狗杉」という名もあり、そちらのほうがいっそしっくりくる。
 しかし、「天狗杉」という巨樹は日本各地にあるので、オリジナルな名「牡丹杉」は資料検索面で重要です。
 やはり固有名称が印象に残ってこそ、探訪につながりますからね。

 「これも裏杉の一形態であろう……」
 などと、地が地ならとか知ったかぶりで済ませそうですが。
 (※標高が500mほどある山地のため、積雪の可能性はあると思います。)

 周囲に同様形態のスギが見当たらないのも、また不思議でした。
 その際だった孤独さこそが、後世、「お手植え伝説」の裏付けになっていくのだと思います。

 牡丹杉の伝説を記した解説板は入り口にあり、数十メートル離れているので、見逃しそう。

 1200年の昔、京都の巫女17人が土佐へと流された……。
 どんな重罪で追放されたものか……山岳信仰と一緒に織物や薬草の知識を広め、樹を植えながらこの地まで達したらしい。
 たしかに、山伏などの力を借りずにこんな深山まで到達するのは不可能で、「天狗杉」の別名は意味深です。
 また、彼女らが都から持ち込んだ苗が成長したのだとすれば、牡丹杉の孤独と個性を説明できるかもしれません。

 神社境内の屋根付きの建物も、室町時代から伝わる「百手(ももて)という弓神事の射場らしく、そこにも伝承の足跡を感じます。
 ちなみに、文中にある「魚梁瀬(やなせ)の杉」とは、秀吉が欲した銘木揃いの産地とのこと。
 現在でも巨樹の多い地域ですが、これまた一生に一度行けるかという秘境ですね。

 「牡丹杉」。ツワモノ揃いの今回の巨樹行の中でも特に印象に残る樹でした。
 陰気を放つ疵の多い樹ではあるけれど、心惹かれる。
 このフォルム、もう一度しっかり撮ってみたい……などとも思うのでした。

「桃原の牡丹スギ」
 高知県長岡郡大豊町桃原
 熊野十二社神社
 推定樹齢:1200年
 樹種:スギ
 樹高:31メートル
 幹周:10.6メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2019.5

 探訪メモ:
 狭路を走ります。
 対向車とすれ違えない道幅が常。
 神社の入り口は若干引っ込んでおり、くねる道を走っていると見落とすかもしれません。
 手前の渦巻カーブにお寺があり、その奥です。

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徳島・高知 四国巨樹探訪旅4

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