巨樹たち 高知県大豊町「桃原の牡丹スギ」 2020年8月26日 / 0件のコメント 異形の大杉と彷徨える巫女たち 高知県大豊町、険しい山合いの集落で「六社聖神社の大杉」を訪ね、さらに東へ進みます。 できれば走りたくない国道439号(ヨサク)も、このあたりまでは普通の道路のフリをしているようです。 が、我々の行先は突如として横道へ逸れる。 するとまた、すれ違い不可能当たり前な渦巻き登坂道です。 忍耐強くじりじり走り、時々迷ったりしつつ、目的の巨樹があるという神社へと辿りつきました。 「桃原の牡丹スギ」。 この旅きっての異形の大杉でした。 到着した時にはすでに14時も回り、西日がかなり眩しくなっていました。 朝や夕の横からの光は時に写真をドラマチックに演出しますが、詳細を伝えようとする記録写真には向きません。 写真に見苦しいところがあるかと思いますが、ご容赦ください。 スギの形態の豊かさには毎回目を見張るものがあります。 異形と一口に言っても(何に対しての「異なる形」なんだ? という変な言葉です)、「桃原の牡丹スギ」はこれまでに見たことがないようなタイプの異形でした。 勘が良い方ならトップの写真ですでにそう感じられるでしょうが、枝の張り方、葉の付け方が、とても杉とは思えないような格好をしています。 異形でありながら、かなり背が高い樹です。 望遠で上空を睨めば、確かについているのは杉の葉なのですが……こんな風にモコモコと、雲のように盛り上がる格好のものは珍しい。まるで酒屋の軒下に吊るされる杉玉が自然に作られているかのよう。 もしくは(そんなワケはないんですが)ちょっとイブキの血が入ってるんじゃないか? などと想像してしまいます。 しかも、その内部には小骨のような細かな枝が無数に巡らされている模様。この辺りの眺めも杉らしくないと思いました。 余裕があれば、ぜひ他の杉の巨樹の枝と見比べていただきたいのですが……例えば、スタンダードに馬鹿でかい杉である「加子母の杉」。 枝葉の物量が豊かと言っても、この牡丹スギとはだいぶ印象が違うと思います。 ディテール過多なところがある。 簡単に言ってしまうならば、グロテスクな樹です。 背が高い上に、こちらを見下ろすような立地に立っているせいもあってか、強い威圧感を感じ、ワクワクしながら駆け寄るという感じにはなりません……。 ちょっと足に喝を入れる感じで近づくと、幹が根元で大きく2本に分かれていることがわかります。 この副幹のようなものも、軟体的にうねっている上、変な枝の付き方で不気味。 まるで、大蛇が生えているかのように見えます。 10メートル以上あるという幹周囲はもちろんこの分岐も含めて計測されているはずです。 主幹も想像より太く、合計であれば数値以上の計測値が出てもおかしくない。 主たる資料に書かれている年月が昭和の終わりのものなので、その後30年間で成長した分は加味されていないのでは? とも考えます。 さらに近づくと、この杉が、資料で見ていた時の印象からかけ離れ、傷だらけで荒々しい巨樹であることがわかります。 自分の勝手な妄想ですが、もっと小ぎれいな、女性的な佇まいの樹なのだろうと思っていたので……ポジからネガへ、落下インパクトはかなりのものでした。 かつてはかなり低い位置からも枝を出そうと試みたようです。 しかし、外的要因によるのか、ことごとく折られ、痛々しい傷跡を晒しています。 それで枯れるかと思いきや、この樹はますます貪欲に成長したのでしょう。 幹は瘤のごとく盛り上がり、ゴツゴツと巨大化していった……。 上部でも、自然界の定めに対したこの樹の闘いの跡が凄まじく見て取れます。 もはや、立ち姿が優美であるとか、元気になる生命パワーをもらえるとか、そういう眺めとは真逆を行っている……。 かなり凄まじい眺めです。 加えて、この樹、色彩が全体的におどろおどろしかったように印象に残っています。 カメラの設定がおかしいのかもしれませんが……いや。 ティム・バートン的な? ナイトメアービフォアーなんか、みたいな? ……なんて茶化している場合ではなく、現地で見上げていても、どこか影が濃く、にわかに魔界的な風が吹き下ろしてきたように思います。 長い幹が、ギシギシギシ……と軋み、ゆっくり揺れる。 巨大な魔界のサンゴ礁を覗いているような気分になってきます。 やはり、一般的な杉の巨樹を見ているのとはかなり異質な感触です。 華やかな感じすらする「牡丹杉」という名は、盛り上がった葉のボリュームが牡丹のようだとつけられたものらしいです。 が、一方で、この杉には「天狗杉」という名前もある。 なるほど、そっちのほうがいかにもぴったり……。 しかし、「天狗杉」という名の杉は日本各地にある。オリジナリティある名「牡丹杉」は資料を検索する目を捉えてくれる点で重要です。 それがきっかけで訪ねてみれば、大きさもさることながら、こんな個性派の杉だったとは……。 足元の藪が深くなっていましたが、構わず夢中で撮ってしまいました。 立っている地が地なら、「これも裏杉の一形態なのであろう……」かなんか知ったかぶりを打ちそうですが、雪のない土地で、ここまで荒々しい力強さを放つ杉に出会うとは、かなり意外でした。(※後日考えてみると、標高が500mほどある山地のため、降雪の可能性はあると思います。) 周囲の杉に同様なものがないのもまた不思議。 どうしてこの一本だけが、このような形に育ったのか……考えてみると、記憶に残る巨杉というのは、孤独に見えることが多いように思います。 どれにも似ていないような1本の巨樹が忽然とその場に存在している。 そこから、お大師様やら上人さんらのお手植えなどという伝説が生まれるのだろうと思います。 この牡丹杉にはどんな伝説があるのでしょうか。 それを記す解説板は敷地の入り口にあり、一番奥にある杉から数十メートルも離れています。 危うく見逃すところでした。 どうやらこの桃原地区には、室町の頃から伝わる「百手(ももて)」という弓を射る神事があるそうで、神社境内にあった屋根付きの建物は、これに使われる射場だったようです。 現在もそれが継承されているのか……寂れ具合から、ぱっと見にはわかりませんでした。 1200年の昔、京都の巫女17人が土佐へと流された……。 山岳信仰と一緒に織物や薬草の知識を広め、樹を植えながらこの地まで達したらしい。 たしかに、山伏などの山岳信仰の徒の力を借りずにこんな山深いところまで生きて到達することは不可能でしょう。 そういった意味からも「天狗」の別名が使われるのは意味深です。 どんな重罪で17人もの巫女がこのような遠い地まで流されてきたのか気になるところですが、深読みするなら、巫女が京都から持ち込んだ杉の苗が成長したのだとすれば、一本だけ毛色が違う説明になるのかもしれません。 ちなみに、文中にある「魚梁瀬(やなせ)の杉」とは、秀吉が欲した銘木揃いの産地とのこと。現在でも巨樹が多い地域のようですが、これまた一生に一度行けるか? という秘境のようです。 牡丹杉。 ツワモノ揃いの今回の巨樹行の中でも印象に残る樹でした。 陰気を放つ疵の多い樹ではあるけれど、どこか惹かれるところがある。 このフォルムはもう一度、モノクロでも撮ってみたいかもな……などとも思うのでした。 「桃原の牡丹スギ」 高知県長岡郡大豊町桃原 熊野十二社神社 推定樹齢:1200年 樹種:スギ 樹高:31メートル 幹周:10.6メートル 県指定天然記念物 訪問:2019.5 探訪メモ: 車で行くことができますが、ここもなかなか狭路を走ります。対向車とすれ違えない道幅が常。 神社の入り口は若干引っ込んでおり、くねる道を走っていると見落とすかもしれません。 手前の渦巻カーブにお寺があり、その奥です。 <徳島・高知 巨樹探訪旅の記事もどうぞ>徳島・高知 四国巨樹探訪旅4