巨樹たち

岐阜県高山市「治郎兵衛のイチイ」

小柄でも趣深い、日本最大幹周のイチイ

 石徹白集落から山間の道路をくるくる走り、おそらくかなり間違ったルート取りで高山市に入りました。
 (京都~石徹白への苦難?の旅は「2017年・九州~関東 巨樹旅4」にまとめております)

 ここで目指すのは、幹周日本最大のイチイ巨樹であるという「治郎兵衛のイチイ」
 国指定天然記念物だけあり、道路に看板が出ていて、迷うことはありませんでした。

 ものの本でこの巨樹について読み、いつかは実際に見に行きたいと願っていました。
 「その種最大の個体」と書かれるとつい気を引かれてしまいますが、それよりも、厳めしそうなその佇まいの雰囲気に誘われたのだと思います。

 現地は、思いのほか整備が行き届いていました。
 いつもとは逆順ですが、まず解説板を読んでから樹と対面する形。
 曰く、この巨樹は鈴木さんの家(屋号:治郎兵衛)の持ち物だそうで、その墓標として守られて来たものであるそう。

 手入れが行き届いた里山風景の中、ひときわ大きいその樹影に対面。
 これが「次郎兵衛のイチイ」
 第一印象は、ずばり言って、「そんなに大きくないな……」でした。
 しかしそれは、あまりにも馬鹿でかい(失礼)クスやスギたちを見続けてきたゆえです。
 もっと樹高のあるイチイなら他にもあるそうですが、目通り太さ8メートルという点で、この樹が樹種中最大個体とされています。

 解説通り、すぐ手前にお墓がある。
 ふと見回してみると、周囲にもお墓とセットになった樹が点々と植えられていることに気付きます。
 同じく立派なイチイであったり、スギであったり。
 この一帯は古くから墓地だったようで、だからこそ皆が気を遣って過ごす場所でもあったのでしょう。

 治郎兵衛のイチイに戻って。
 書籍で見た段階で、ひときわ興味を引かれた点と言えば、2000年という途方もない樹齢。
 解説板にも2000年とありましたが、長寿である杉でも、なかなかそこまで見積もっている樹はありません。
 あの「石徹白の大杉」でも1800年……もっとも、正確には切り倒して年輪を数えねばならないので、我々は巨樹をじっと見て、あるいは肌感覚で、その数字を噛みしめてみるわけですが。

 ともあれ、巨樹化したイチイの姿自体、初めて見ました。
 まるで細い無数の樹が束になったかのようにも見え、今しもバラバラにほどけてしまいそうなそれらが、しかも急角度に傾いて育っている。マイケル・ジャクソンの「ゼログラビティ」を彷彿としたくらいの角度です。
 (編注:さすがに後年、支柱が追加されたようです)
 斜面にかかる重力によって、束の元の部分が裂けて来ているようにも見えました。

 スギやクスとは全く逆で、根元の方がぎゅっと細くなっているのが面白い。
 目通りほどのところが最大幹周でしょうか。確かにすごく太い。
 錆びた感じの幹と、艶やかな葉の緑、苔の薄緑の取り合わせが本当に美しい。

 樹齢2000年のリアリティを実感するのは、少し難しかったかも。
 環境、樹勢ともに良いのでむしろ若々しさを感じたのかもしれません。
 まさか鈴木家も2000年前からあるわけではないでしょうし……と、そこで解説文にもう一度戻ってみると、「墓標として」とあります。
 つまり、「元からあったこの樹を鈴木家の墓標とした」という関係性のように読むのが正解ではないでしょうか。
 現在、環境庁による推定では樹齢1000年というデータが出ているらしい。もちろん、1000年でもすごい。

 いわゆる巨大な樹「巨樹」を期待して見にくると、ちょっと迫力不足かもしれません。
 しかし、生きた樹を代々の墓標とする文化性も含め、その貴重さは十二分に実感できました。 

「治郎兵衛のイチイ」
 岐阜県高山市荘川町惣則
 推定樹齢:1000年
 樹種:イチイ
 樹高:15メートル
 幹周:8メートル

 国指定天然記念物
 樹種別(イチイ)幹周全国第1位

 訪問:2017.10

探訪メモ:
 見学者が大勢来るのでしょう、駐車場もあるし、トイレもある。ここまでしっかり整備されているとは……(ありがたく活用させてもらいます)。
 秋口ですが、花壇がとても美しく、素晴らしい農村風景でした。
 余談ですが、最寄の「道の駅 桜の郷 荘川」はご飯も食べられるし、お風呂にも入れるA級の道の駅で最高でした(当社調べ)。

 イチイは本州から樺太にまで生える寒さに強い樹。
 北海道「言問の松(マツではなくイチイ)」を、いつか見に行きます……。

 神官が使う笏が作られたことから、仁徳天皇がこの樹に正一位を授けたので「イチイ」の名が出たとされている。……とのこと。 
 笏の他にも弓材として有用らしく、ギリシャもアイヌも「弓の樹」に該当する言葉を充てているのが興味深いです。
 別名は色々あり、よく聞くのは「アララギ」「オンコ」ですね。

 「治郎兵衛のイチイ」にも、真っ赤な実の残りがついていました。
 この果実は甘くて食べられるんですが(子供の頃食べたことがある)、タネはアルカロイド入りで、つまり毒。
 葉や果肉以外、イチイ全体にアルカロイドが含まれるらしいです。
 なのにイチイ、お箸の材料になるんですが……微量だから大丈夫なのか。

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