巨樹たち

茨城県坂東市「沓掛ノ大欅」

時代に根を張り、空中を跨ぐ

 茨城県坂東市、過剰な根の発達を見せつける「沓掛(くつかけ)香取神社の大ケヤキ」から200メートル程度進み、今回の第一目標へとやってきました。
 やけにケヤキを見る日です。それだけシイやタブ、海風からも縁遠い土地だということでしょう。

 後年きちんとGooglemapにも登録されましたが、2018年当時はそうでもなく、少々捜索……
 と、向こうの畑の中に明らかに異質かつ巨大なシルエットが出現します。
 あれだろ。絶対に、そうだ。

 地元の氏神様的な神明社はこぢんまりしていて、先に訪ねた沓掛香取神社の広い敷地とは対照的。
 しかし、御神木の大きさでは、もちろん個性は異なるものの、こちらの方が一枚上手かも。
 明らかにはみ出していて、お社が大ケヤキの付属物のように見えてきます。

 これが「沓掛ノ大欅」。
 想像より遥かに大きい。
 そして、一般的に思い描く「大きな樹」のイメージとはかけ離れたカタチをしています。
 9メートル近い幹周囲データは目を惹きつつ、書籍やサイトでは幹をアップにした写真ばかりで、どんな姿の巨樹なのかわからなかった。
 遠方からすでに、えっ、あんな樹なの? と意外に感じます。
 こんなに樹高があり、変わった案配に横方向へも展開しているとは……。

 ケヤキの根元は築山のように小高く、そのためか、のめるように傾いています。
 茨城県教育委員会のサイトによれば、ここは元々古墳だったらしい。
 支配勢力が代わるとともに古墳の上に神社が築かれるケースは、水戸市「愛宕山古墳のコブシ」などでも見ましたが、この沓掛の神明塚古墳一帯では、先史時代の土器なども出土しているそうです。
 相当に古くから人の営みがあった土地なのですね。

 視点をケヤキに戻せば、幹の巨大さはさすがの一言。
 岩壁のような色、質感、ケヤキ巨樹特有の重量を感じる姿。
 しかし、大きく引き裂かれたような跡があり、半分がた枯死しているように見えます。

 落雷か台風か、本来あった主幹がものすごい規模で大破した跡なのでしょう。
 全体が黒ずんだ色になっているところを見ると、過去に何かの手当が施され、不朽が止まったのかもしれません。

 痛々しいとも言えますが、この巨樹はまだ死んでいません。
 おそらくは主幹が破壊されてかなりの年月をかけて伸ばしたであろう幹(大枝?)は樹皮や枝葉もしっかりしている。
 それどころか樹高はかなり高く、30メートル以上も立ち上がっています。

 対照的に、右側の幹(大枝?)は横這いに大蛇のようにうねって伸びていっている。
 ここはケヤキらしからぬ、怪物じみたクスの巨樹を思い出させるような全体図を描く。

 こちらも巨大で、その重量を支えるためにいかつい鉄骨の構造物が2つもあてがわれていて、そこから垂直に枝(またこれもサブの幹?)が若木のように立ち上がっています。
 この横方向に這う姿勢はどこか兵庫県「柏原の大けやき(木の根橋)」を彷彿とさせますが、あちらが文字通りの「橋」ならこちらは「高架」。
 どうしてもこの下を歩くわけですが、樹の枝というより鉄道高架の下をくぐっているかのような……
 いや、異形ゆえにスリルがあって、ジェットコースターみたいなアトラクション建造物の下にいるようにさえ感じたかも。
 ケヤキの生命力の強さと、見た目からは想像もつかない柔軟さを感じさせます。

 繰り出すワザがきわめて多く、一枚の写真で全図を伝えるのが困難な巨樹。
 こんな見せ方をしてくるとは予想もしていなかったな……と、苦戦しているところへ軽トラが停車、地元のおじさん登場。
 地区のみなさんでお社とケヤキのお世話をされており、今日も見回りに来られたそうで。
 ケヤキを撮りに来たと伝えると、色々お話を伺うことができました。 

 無傷ならどれだけ立派な巨樹だっただろう……。
 そうも思うのですが、今のこの姿もかなり凄まじく、一見の価値は十分にある巨樹だと思います。
 「専福寺の大欅」などに並んで、その生き様の凄みを見せつけてくれるケヤキ巨樹だと言えるはずです。

 破損した部分を夕焼けの陰影の中に隠しつつ、長く伸ばした枝に色づいた葉を揺らす。
 この樹がまだまだ生きるつもりなのは疑いようがなく、地区の方々も、それを理解して懸命に取り組んでおられるのでしょう。

「沓掛ノ大欅」
 茨城県坂東市沓掛844
 沓掛神明社
 推定樹齢:300年以上
 樹種:ケヤキ
 樹高:30メートル
 幹周:8.9メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2018.11

探訪メモ:
 神明社前の駐車スペースは薬局のもの。
 入口の道に停めると塞いでしまうので、この時は迷った挙句、最寄のスーパーに買い物ついでに停めさせてもらいました。

 おじさん曰く。
 この樹を見に来る人が最近少しずつ増えているそうで、できれば印象良くしたいと願って、草刈りや掃除などをされている。
 しめ縄も、昔は立派に編んで作っていたが、その作法を知っている人が死に絶えてしまい、申し訳なく思いつつ荒縄を束ねて代用している。……

 言葉の端々に大欅を誇らしく感じておられることが伺えましたが、今年の夏の台風で大枝が折れてしまったのだそうです。
 上の写真に写っていますが、折れた箇所がむき出しになっています。
 加えて、樹がもたらす大きな荷重がかかったまま振動したせいもあり、老朽化した鉄骨にガタが来ているそうです。

「プロの人に見てもらったんだけど、この樹と支柱の処置で、120万以上かかるらしいんだよね……」

 県の天然記念物なので、県から半額(60万)くらいは出るらしいですが、それでも地区会ではなかなか実現が難しく、このままになってしまっている……と嘆いておられました。
 もちろん、我がお財布に余裕があるなら名乗りを上げたいところですが……悲しい哉。

 これほど巨大かつデリケートな存在を代々、何百年も大切にし続ける。
 頭が下がる思いです。
 大ケヤキに賞賛を贈るとともに何度もお礼を言わずにはいられませんでした。

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