巨樹たち

茨城県水戸市「愛宕山古墳のコブシ」

全国第3位のコブシの巨樹

 新型コロナウィルスの猛威で我々人間の活動はかなり制限されている今年の春ですが、自然界には影響もなく、花も咲けば芽も吹く。
 極端な人混みに揉まれることは気が引けるにしても、春ならば春らしい風景が見たいものです。

 巨樹を楽しみに巡っている身としては、当然、全国各地の有名な桜の動向が気になりますが、名だたる桜に行くか行くまいか決める前に、もっと気が早い、春の到来を知らせるような樹を訪ねてみることにしました。
 古墳に生えているというコブシの巨樹……茨城県水戸市「愛宕山古墳のコブシ」を目的地にしました

 花が咲く樹は、できればその時期に見てみたいものです。
 桜より一足早い時期の花といえば、コブシ。
 というわけで、環境省の巨樹DBで樹種を「コブシ」、地域を「茨城県」と「千葉県」と指定して、訪ねられそうな樹を検索しました。

 モクレン科であるコブシは、ホオノキやユリノキ同様、巨樹のレギュレーション(地上1.3メートル地点で幹周囲3メートル以上)を満たす個体が登録されています。
 しかし、千葉県では0件。茨城県では現状7件ある。
 スギやクスのように化け物じみた大きさのものはなく、3メートル台と4メートル台の個体にとどまる。
 その中から、本日探訪可能な距離、ルートのものを当たってみて、この樹に出会ったという経緯です。

 水戸市の愛宕山にその樹はあるらしい。
 DBに記載はそこまでで、水戸市のホームページに流れて断定となりました。
 愛宕山(という地名は無数)は古墳であるらしく、所在地も載っていました。

 早速向かってみると、意外なほど国道に近い。いつも行き来していた国道51号から逸れ、数百メートルといった感じです。
 水戸市とはいえ、中心地からは外れているので、たちまち長閑な集落風景になり、耕作地の真ん中に取り残された、古墳であるという樹の小島がすぐに見つかりました。

 古墳の墳丘ということですが、さほど大きなものではありません。関西にあるような前方後円墳のような印象的な形状でもない。築山とか、神社にある小富士くらいの大きさ。
 頂上?に古びた小さな愛宕神社がありました。
 古代の古墳の盛り上がりと、その上の茂りをそのまま利用して神社が作られ、山と言うには小さすぎるものの「愛宕山」としたのでしょう。歴史の層を感じますね。

 目当てのコブシは神社の入り口から左手の斜面中腹にあり、案の定、すぐにわかりました。

 道中走っていると、あちこちに視界にいっぱい花をつけた庭木のコブシが写り、これは期待できるぞ! と興奮したものの……この巨樹はまだ満開ではありませんでした。
 イチョウの黄葉もそうですが、巨樹となると若干他の樹と時期がずれる印象があります。
 老樹ゆえなのか……もしかすると花自体多くつけないのかもしれませんが、それは再訪しないとわかりません。

 しかし、白い花は青空に美しく映え、ここにコブシがあるということを十分に示してくれていました。

 「コブシ」は、漢字では「辛夷」と書くようです。
 意外な字面ですが、これはコブシの種子が漢方では蓄膿などの治療に用いられる、その薬としての名称から来ているようです。
 さらにいえば、種子は噛むと辛いということで、このような字になったのでしょう。
 夷は「エビス」とも読み、異境やその民を表す字。中国からの伝来を匂わせるように思います。

 大振りで6枚の花弁があるこの花も、香水の原料として有用だそうです。

 ひとしきり花を眺め、視線を奥に送ると、薄暗い木立の中に影になるようにして、コブシにあるまじき巨大な幹があることに気づきます。

 

 石段を回り込んで登って行き、愛宕神社にお詣りし、社の裏にあたるコブシのもとへ。

 驚きました。
 本当にこれがコブシの樹か!? と疑うような太さ、高さです。
 庭木や学校の校庭にある印象ですが、記憶の中では、こんな姿をした樹ではありません。
 それが……長く生きると、こんなに巨大になるのか? と度肝を抜かれます。

 幹は大きく3本に分かれ、横に広がっていますが、がっちりと強固な根で固められているところをみると、1本が分岐したものに見えます。
 樹皮は滑らかな感じですが、中身が詰まって大変重そうです。
 やはり何度見てもこれがコブシの樹だとは信じられない……ですが、この樹があの特徴的な花をつけているのを見たのですから、コブシに間違いはないのです。
 花の時期に来ていなかったら信じられたかどうか……そのくらい飛び抜けた存在感があります。

 目通りの幹周囲は市のサイトでは4.6メートル、DBでは4.2メートルとなっています。
 斜面に生えており、根元を一周するのも苦労するほどなので、計測地点がばらつき、このような結果になるのでしょう。
 しかし、その範囲の数値として、何の疑問も湧きません。
 巨樹として認めるのにふさわしい大きさと迫力、近接して見上げれば押し潰されそうな重量感がある。

 3又のうちの1本は、かつての枝折れによるものなのか、大きく空洞化していました。
 まるで開きにされた大ウナギのよう……しかし、この幹が枝をつけ、花を咲かせています。

 他より大きくなった代償として、外力の影響や自重崩壊の危機を抱えつつも、同時に、類稀なタフさでまだまだ粘り強く生きようとしていると感じられました。

 予想を遥かに上回る良い巨樹に出会えたことで、コブシという樹種にも興味が増しました。
 こうして、巨樹が樹種自体のことを知る機会になってくれることで、とても多くのことを学べるように思います。

 帰ってきて、では、日本全国で見た場合、どれくらい大きなコブシが存在するのだろう? と検索しました。
 ……そしてまた驚きました。
 全国対象にして、樹種:コブシ、幹周の大きい順にすると、このコブシは、全国で第3位の大きさになるのです。
 1位は岩手県宮古市の個体で、幹周囲4.8メートルなので、大きさの差も少ない。
 図らずも日本最大級のコブシを観察していたとは……巨樹ファンとして、感慨深いものがありました。※1

「愛宕山古墳のコブシ」
茨城県水戸市栗崎町2253
樹齢:不明
樹種:コブシ
樹高:25メートル
幹周:4.6メートル

市指定天然記念物

訪問:2020.3

 探訪メモ:
 途中の道が狭く、集落の中を通るので、事故に気をつけて。
 駐車場はありませんが、長閑なところなので、路肩に停めました。
 下記の芳賀(はが)神社に続く道は、出征する兵士を見送ったため「出世街道」とか言われていたようです。

近くの芳賀神社には樹齢200年とされる大ケヤキ(幹周4.6m)もありました。幹上部が膨れ上がり、数値よりも迫力があります。 上は、石段脇にあるケヤキ(幹周囲3m台)で、根上がりが目を引きました。 コブシがある愛宕山古墳もこの芳賀神社が管理されているとの記述があります。

 雑記:
 コロナウィルスの予防云々はともあれ、桜の時期までにまだ少し時間があるな……ということで、いつも使っているカメラをクリーニングに出してしまいました。
 今回は代用の古いカメラとコンデジで撮影しましたが、やはり結果には満足行きません。
 これほどの大コブシだとわかったからには、さらに花の時期を見極めて、ベストな写真を撮りに再訪したいものです。
 ひっそりと生きていますが、記憶しておきたい巨樹です。

※1
掲載後、コメントにて巨樹探訪仲間のto-fuさんより、高山市に知られざる日本一のコブシの巨樹「野麦のコブシ」が存在することを教えていただきました。
幹周囲は5.3メートルとのこと。なぜか環境省DBに載っていません。
これにより、この「愛宕山古墳のコブシ」は第3位ということに。

6件のコメント

  • to-fu

    我が家のご近所さんの庭に立派なこぶしの木が生えているんですが、それでもたぶん幹周1m
    そこそこでしょうかね。こぶしで4mだと!?って驚いてしまいました。想像すらできません。
    ちなみにRYO-JIさんが書かれていたツバキとサザンカの関係の如く、モクレンとコブシも
    いまいち見分けがつきません。改めて調べてみたら出生や花弁の数など色々違うみたいですけど…
    ひょっとすると前回あの爺杉を訪問した際、近くをニアミスしてたんでしょうかね?
    4mのこぶしだなんて俄然興味が湧いてきました。早速地図にチェックを入れておきます!

    で、センサーサイズ。やっぱり壁がありますよねえ。
    設定を詰めればAPS-Cやそれ以下でもそれなりに仕上げることは可能なんですが、あの帰宅して
    RAWデータを弄った時の安心感たるや、一度味わってしまうとセンシティブな小センサー機の
    データを弄るのが億劫になってしまいます。モニターでJPGを見る限りなら大きな差は無いんです
    けど、どうせ撮るなら良質なデータで残したいと思ってしまうのは仕方ありませんよね。

    • to-fuさん>
      コブシといえば庭木のイメージですよね。しかし、成田からこちらの田舎道を走ってくると、山の中に唐突に真っ白になっている大木を見かけることがあるのです。あんなところに野生味あるコブシがあったのか……と、春になると注意を引かれるんです。
      で、そういえば巨樹……と、今年は検索してみました。御苑でユリノキを見たのもつながっているかもしれません。

      うちの方から上って行って、やっと水戸市に入るというようなところですね。
      まったくノーマークで、こんなとこは通過するだけだな……と思ってたところなので、かなり意外でした。
      ほぼ注目を集めていませんが、渡辺本2冊合わせても1.8mのコブシが1本載っているだけですから、これは相当凄いと思うんです。
      ぜひto-fuさんにも訪ねてみてほしいです。

      で、そう、花は待ってくれないし、遠征ではないので古い機材で撮りましたが、やっぱり心残りですね。笑
      撮っている最中は良いかな〜と思うんですが、あがりを見ると無念。
      フルだとこうはならないし、使い勝手でも断然上なので、もう無理に小さいフォーマットに戻す理由が見つからないですね……。
      何より、巨樹撮影もチャンスが限られるので、全力を尽くさねば! と思いますよね。

  • RYO-JI

    to-fuさん同様にモクレンとの違いが・・・というかパッと見でモクレンやん!と信じて疑ってませんでした(笑)。
    桜以外で開花時期に巨樹を見に行こうという発想は無かっただけに、これはいい刺激になりました。
    そういう検索方法で巨樹を楽しむ術があるのか・・・と。
    どんな樹種であれ、国内のランカークラスはさすがに見応えあるでしょうね。
    もちろんそれにはそれなりの知識を持って臨まないと勿体無い気もしますけど。
    そういう意味でもまだまだ樹種のことを学ばなければと反省したり。

    かつては、センサーサイズ上等主義はいかがなものか?そう思っていましたが、一度フルサイズ機を使ってみると・・・ですね。
    今後当然のように更なる高画質化が進むことを考えると、色々と怖いなぁとも思ってしまいます、金銭的に(笑)。

    • RYO-JIさん>
      モクレンは紫色だろ? と思うと、ハクモクレンという白いのもあるのですよね。笑
      モクレンはもっと花がもっちりしているというか、ボリュームがあり、コブシはもうちょっと小ぶりで開いた感じになると思います。
      とはいえ、花が咲いてないと区別できないのか……と、自分の未熟さが浮き彫りに。。

      数字づらに縛られなければ、各樹種に巨樹があるので、こうした追い方も面白いですよね。いろいろな樹種のことを知る機会にもなりそうです。
      ちなみに、モクレンの方も巨樹がないか検索したんですが、こちらは該当がなかったです。コブシの方が大きくなるのかも。
      最大と思われるコブシは岩手県にあるようです。

      きれいに写るという論点が違うんですよね。深さとか余裕の点で違うので、立体感や存在感が全然変わってきます。
      もうじきK-1が戻ってくるはずなので、撮り直しに……と、今度は僕が東北に移動してしまいました。
      すぐに桜の時期になるので、ちょっと撮っているとあっという間に春が進んでしまいそうですね。

  • to-fu

    コブシの巨樹に興味を持って近隣のものを調べてみたのですが、近隣だと巨樹DB未掲載の
    岐阜県高山市の「野麦のコブシ」というものが凄そうです。
    いや待てよ、高山って本当に近隣か?と冷静に考えたら苦笑いしてしまうんですけど、
    今年の目的地の一つにしたいと思います。コブシに巨樹があるとは考えたこともなかったので、
    こちらの狛さんのエントリーには本当に感謝です!

    • to-fuさん>
      自分はDBでの検索だけでしたので、「野麦のコブシ」、いつものおじさんのページで見て驚きました。
      たたずまいもいいし、周辺の風景もよさそう。行ってみたいですねえ。
      高山は……あそこまで行くとさすがに違う国に来た感がありますよね。笑 でも行きたい。
      コブシとしてはやはり5メートル台が限界の大きさのようですね。すごいな……と思うと同時、我が県のコブシもやはりこれは大したもんだぞと認識できて嬉しかったです。
      情報ありがとうございます!

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