巨樹たち

岩手県一関市「黄海のイチョウ」

気根だらけのバロック尖塔

 岩手県に上陸。
 関東から北上するとかなりの距離があるうえ、岩手に土地勘はなく、しかもこの県は北海道に次いで2番目に広い。
 というか、「県」の中では最大。
 巨樹探訪はとてつもないやりがいがありそうですが、まずは最南の一関市で訪ねられないか、と考えました。

 リサーチしているうち、目を引いたのは1本のイチョウ。
 ステータスよりも、実際に見応えある個性的な巨樹に出会いたい。

 そんな欲求に応えてくれたのが、この「黄海(きのみ)のイチョウ」です。

 ほとんど無名に近いので、所在を知るにはこのイチョウ目当てで行動した先人の(つまり巨樹マニアの方の)記録を頼らねばなりません。

 岩手県一関市藤沢町黄海、小日形という集落のどこかにあるという情報までは掴んだのですが、実際には現地で足を使うことになりました。
 ……結果、なかなか見つからず、1時間以上探し回りました。
 ひょっとして川の対岸なのではないか? などと勘ぐり始めたら、もうキリもなく……。

 自分が再訪するにせよ、記録は残しておくべきでしょう。
 ズバリ、この樹は写真の地図の場所にあります。
 見つけづらいのは、これまた写真のとおり、民家(工務店?)の裏手、さらに何本かの樹々に囲まれるようにして立っているからです。

 ストリートビュアーの矢印の箇所にも、ちょっとだけ写っている。頭の先だけですけどね。
 道が裏手に回っているので、ご迷惑になることなく巨樹を観察できますが、そちらへ行ってみても、ちょっと見ただけではわからないかもしれません。

 わくわくしながら近づいて行きます。小さな祠がある。
 右手にあるカヤと思われる樹もかなり大きい。
 しかし、この距離まで踏み込むと、目は奥のイチョウの立ち姿に釘付けになります。

 すっくと立った一本の樹という面持ちではない。
 複雑に入り組んだフォルムはイチョウの巨樹らしい……いや、その中でもこの樹はなかなか素直ではない部類に見えます。
 刺々しく分岐しつつ、周囲の杉に負けじと高く上空を指している。

 息を飲みつつ見上げながら裏側へと回ると、さらに姿形が一変します。
 ものすごい数の気根、また気根です。

 後に宮城県仙台市で「苦竹の大イチョウ」の巨大な気根に驚きますが、こちらも負けてはいません。

 イチョウの気根は大気中から酸素を取り入れる役割があるとのことですが、形状を乳房になぞらえ、よく縁起物にされています。
 お母さんがご神木としてお参りするとお乳の出が良くなる……子供の栄養事情が深刻な課題だった時代、乳銀杏への信仰は欠かせないものだったのでしょう。

 「黄海のイチョウ」に具体的な乳銀杏信仰のエピソードなどは無いようですが、この気根の大きさや量はかなり立派なものです。
 一番大きな気根は今しも地面に到達しそうです。地表に達すれば、そこから根が出て、また樹形が複雑になっていく。
 腕のように横に張り出した枝を下から覗き込むと、まるで鍾乳洞の中にいるかのようです。
 この有様を眺めていると、もはや、イチョウは液体なんじゃないか……そんな、シュルレアリストめいたことを思います。

 

 時期は5月。
 北国のイチョウは新芽を出し始めたところ。
 黄緑色が眩しく、これから急速に緑を濃くしていくことでしょう。

 この樹のもうひとつの特徴として、萌芽枝(枝や幹からブラシ状に発生する無数の小枝)の多さがあり、もう少し遅く来ていたら、葉っぱに埋もれて幹の様子がわからなくなっていたかもしれませんね。

 

 そしてこの頂上部も、とても強く印象に残りました。
 樹冠というより、連立する尖塔のようです。
 何かに似ているよな……と思って見ていたのですが、まるでかのサグラダ・ファミリアですね。
 ガウディ師も自然の造形を元にして作品を作ったと言われています。
 実際にこのような姿を見せられると、ありそうな話だと納得できます。

 しかし、彼の仕事というのは、建築家というよりは芸術家の仕事でしょう。
 ヒトが機能として利用するための形状とは別軸、観念や象徴として尊い形状なのだと思います。

 雌雄異株、つまり性別がある裸子植物であるイチョウ。
 雌の木はギンナンをつけます。

 実は、お乳を出すための乳銀杏信仰があるのに、気根が多いイチョウには雄株が多い
 立派な乳房があるからと願をかける相手が雄の樹というのはちょっとシュールですが、実をつける必要が無いため、その分の余力で気根を発達させ、巨大化するのでしょう。
 この「黄海のイチョウ」のように、気根を大量発生させる雌の巨樹は珍しいのではないでしょうか。

 周囲の人はギンナンには興味がないのか、足下には無数にほったらかしになっており……そこから、巨大な母株を讃えるようにニョキニョキ、赤ちゃんイチョウがたくさん誕生しています。
 この若葉の黄緑が目にまぶしく、美しい。
 一株もらって行きたいような気分になりました。

「黄海のイチョウ」
岩手県一関市藤沢町黄海小日形
樹齢:不明(300〜400年?)
樹種:イチョウ(雌株)
樹高:35メートル
幹周:7.3メートル

町指定天然記念物

訪問:2016.5

探訪メモ:
 天然記念物指定の名称は単に「イチョウ」。これでは区別がつかないということで、先人の方の呼称に倣っています(おそらく周囲の方に訊いてもピンと来ないと思います……)
 道の状況などに不安は特にありません。
 インターネット時代、こういった多少ローカルな樹に着目してみるのも面白いと思わせてくれました。

 「黄海」という変わった地名ですが、歴史的には、平安時代の豪族である奥州安倍氏が滅亡した「前九年の役」における「黄海の戦い」の戦地として知られているそうです。
 安倍貞任の軍勢はこの戦いで大勝するも、次第に国府軍に逆転されていく……。

 奥州安倍氏のゆかりといえば、奥州市「北館桜」は、その館跡に植えられていたものだそうです。

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