巨樹たち

宮城県仙台市「苦竹のイチョウ」

鍾乳洞のごとき気根の林立

 巨樹探訪の足は初の宮城県入り。杜の都・仙台市からスタートです。

 アクセス容易な立地に、全国的にも有名な国指定天然記念物のイチョウがあるという。
 北国といえど、さすがに黄葉も終わった時期ではありますが、これを見逃すわけには行きません。
 早朝より、電車に乗って。
 電車で訪ねる巨樹というのも、実は初めてのことでした。
 「苦竹(にがたけ)のイチョウ」です。

 仙台駅から仙石線で3駅ほど行き、宮城野原という駅から徒歩5分。
 とても国天の巨樹が存在するとは思えないような街中の風景が続きます。
 樹に苦竹という地名がついており、実際仙石線にも苦竹駅があるのですが、実はこのイチョウの立地は現在の苦竹地区から外れている。
 というより、このイチョウの周囲は現在では「銀杏町」といい、ズバリな町名を与えられて苦竹地区から独立させてもらったようなのです。
 期待を高めてくれますね。

 果たして……と歩を進めていくと、不意に建物の間に長大な枝を天に伸ばす樹影が見え、足が止まります。
 あの、異様な塔のような伸び上がり方……一目でイチョウだとわかります。
 それも相当な大きさの個体だ。

 さらに行くと、所在地である宮城野八幡神社も見えてきました。
 坂上田村麻呂が800年頃に造営したとされている神社だそうです。
 もちろん、背後にその巨樹。右手にあるのが今回のお目当てである「苦竹のイチョウ」です。
 左にあるケヤキも樹高が高く立派なもの(幹周囲としては4メートルほどか)。
 前のモミジも豪華だし、しだれ桜まであるみたいですね。

 この立地、車で行けるかどうかについては意見が分かれるところです。
 航空写真などで見ても、確かに道路幅は広いし、駐車場が無いながら路肩に停めておくことはできそうに見えます。
 しかし、実際行ってみると、奥のお宅の方が丁寧に管理されている場所だとわかり、電車で来て正解だったように感じました。
 駅からもさほど離れていませんし、できることなら電車を使うことをお勧めします。

(※2019年に再訪時、駐車禁止のバリケードが置いてありました。)

 細い路地のような道を入って行った奥に、小ぶりなお社を余計小さく見せる巨大なイチョウが現れます。
 隠そうったって隠しようもない。でかい……。
 でかいのですが、根本がだいぶ絞られたスタイルをしており、どこかアンバランスです。
 いや、広げた腕や凄まじい数・大きさの乳柱(気根)でバランスをとっているようにも見える……ヤジロベエのような、独特の印象を強く残す姿です。

 大きさより、この特異な姿に言葉を失い、唖然とします。
 幹というよりほとんど乳柱の束。近くで見るそれは、まるで鍾乳洞です。
 覆いかぶさってくるような物体感はまるで岩窟。樹全体とすれば磨崖仏のような異様さも感じさせます。

 一目瞭然、幹周囲8メートルというのは、あくまで環境省のレギュレーションに従って「その箇所」を測った数字に過ぎません。
 というかそれ、この樹の一番細い箇所じゃないか……。
 その上部から幹はグワッと規模を拡大し……それをさらに無数の乳柱で覆い尽くしています。
 「一番太い箇所」ということになれば当然この乳柱群も一緒に計測することになり……13~14メートルくらいの数字を叩き出しそう。

 乳柱にこれほど力を入れるなら、その分主幹を太くするべきなのでは……?
 などと考えてしまうのですが、時にイチョウ巨樹は、我々の常識の及ばない驚異の成長を見せ、そこにはある種の征服欲のような意思すら感じます。
 とにかく横に横に、さらに巨大化するために、ドロドロとその身を液体のように滴らせ、全体を幹と化してしまいたいという……千年単位での遠大な野望。

 ちなみに、資料によれば、最大の乳柱は太さが1.7メートルもあったそうですが、どれだかわかりませんでした。
 地面に達してしまい、狙い通り、幹の一部となってしまったのかもしれません。

 この乳柱大作戦に比べれば、高さ40メートルほどに立ち上がることなど、樹としてごく当然のことでしょう?
 ……そう言っているかのように思えてきます。
 上空では枝も多く、となれば、黄葉時の姿もぜひ見てみたくなるものです。

 ズドンと太いまま立ち上がっているわけではなく、地上数メートルから分岐する複雑な樹形。
 何か、過度に細長い宗教的尖塔を数本、鍾乳洞の上に無理矢理ぶっ刺したような姿に見える……。
 かつて、主幹を失う大ダメージを被ったのかもしれない。
 異常な乳柱の発達も、数百年は遡るだろうその危機の記憶に端を発しているのではないか?

 複雑な樹形を把握しようと、裏側へと回ってみる。
 どうやら肉付きが良いのは後ろの方らしい。
 形状的にも、前面(北側)に比べてだいぶ樹木っぽくは見える。けれども。
 御神木に対して罰当たりな発言だとはわかってはいますが、やはりというか何というか、化け物じみた容姿ですね……。

 背後まで乳柱びっしりだったら、それはそれで恐ろしいですが、前面のそれらを支えるためなのか、背面はやけに筋骨隆々としている。イチョウによくある、幹から直接生える無数の小枝「萌芽枝」も全くない(宮城「丸森のイチョウ」は密林状態)。

 やはり大規模に大枝を失った跡が数カ所あり、うろのようになったところを乳柱を垂らして塞ごうとしている……。
 アンバランスに見える幹の隙間も、これで接着しているらしい。やろうと思ったら何でもできるんですね、あなた。

 こんなすごい巨樹ですが、背後の敷地はぐるっと民家に囲まれています。
 手狭ではありますが、人通りがないのはいいかもしれない?
 根張りがどこまであるのかちょっと不安になりますが……もしかすると、昔から根を広く張れない事情があって、このようなコトをする羽目になったのかもしれません。

 もちろん、この樹にも乳イチョウ信仰があります。
 各地ではこの乳柱を削って飲むとお乳が出るとか、様々な様式がありますが、ここではただお願いするだけで良い様子。ご利益ありそうですね。
 珍しい雌の乳イチョウでもある。(「お乳の出が良くなりますように」と願をかけられる乳イチョウの多くが、実は雄の樹だったりします……)

 枝の先端部には明らかに最近発生したと思われる乳柱の芽(?)も見える。まだまだこの戦法で攻めて行くつもりらしい……。

 30年ほど前の大型本「日本の天然記念物 植物」篇によれば、この樹は、東北大で植物学を講じていたハンツ・モーリッシュ教授によって世界の学会に紹介された、とあります。
 また、河北新報社「宮城の巨樹・古木」では、日本建築の再評価で名高いブルーノ・タウトも、このイチョウを見て驚いたと報告したとか。
 伝承にとどまらず、その忘れようもない姿と生態で、現代でも人々を圧倒し続けている巨樹。
 仙台にお立ち寄りの際には、ぜひご訪問を。

 「苦竹のイチョウ」
 宮城県仙台市宮城野区銀杏町 
 宮城野八幡神社
 推定樹齢:1200年
 樹種:イチョウ
 樹高:32メートル
 幹周:8メートル

 国指定天然記念物

 訪問:2018.12、2019.12

 探訪メモ:
 上記の通り、駐車場は無いと考えた方が良いので、電車をご利用ください。
 管理者の長野様宅の門近くにあるタラヨウも立派です。
 八幡神社の狛犬は、造形がコワい。

2019.12再訪時。盛り少し手前でしたが、かなり豪勢な黄葉を見せてくれました!

 仙台市在住の友人いわく、「近くに住んでいたのに、こんなに立派なイチョウがあるとは知らなかった!」……とのこと。  

 「日本の天然記念物 植物」篇のコメントには、車道が近いことで「排ガス被害が心配だ」とありましたが、手厚い管理と自動車のクリーン化の効果か、今でも健在なのは嬉しいことです。
 同書は大判本ですが、片側1ページ丸々このイチョウの黄葉時の写真で埋めていて印象的でした。

 三脚を持って行きませんでしたが、周囲が綺麗に掃き清められ、ギンナンの季節にカメラを地面に置いて雌株のイチョウを撮れるとは驚きでした。周囲の方の手厚い管理に頭が下がります。

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