巨樹たち

宮城県柴田郡「雨乞のイチョウ」

ゴーイングマイウェイな巨大イチョウ

 追記、2023.12:
 どうにも収まらずに、12月3日、再訪してしまいました。
 黄葉時の再訪写真、記事を足しておきます。

初回訪問:2023.11

 街路のイチョウの黄色に落ち着かなくなる11月上旬です。
 仙台市中心部から車で1時間あまり南下した柴田町、アップダウンの多い丘陵地の奥に、国天指定のとんでもないイチョウが立っているという。
 イチ巨樹愛好者として、この週末を昼寝に費やしているわけにはいかない!

 ……という意気込みで走ってきました。

 目指す集落へは大イチョウを指す看板が導いてくれますが、1.5キロほど手前から山道になってきます。
 南側のルートから進みましたが、急な登攀、連続カーブ、軽自動車でも離合が難しそうな狭路が続き、対向車が来ないことを祈るばかり。
 北側からも行けますが、ストリートビューで確認する限り、こちらの南ルートの方が幾分マシかもしれません。

 ナビが現地到着を告げる。
 手前の何気に太いケヤキはそこそこ色づいていますが、目が望む鮮烈な黄色はどこにもない……。
 このままでは道を塞いでしまうので、ともかく脇道へと入り、奥にあるお店「食の銀杏館」さんまで登りました。

 と、ここで初めて、視界左側をどっさり埋めていた緑のカタマリが、ただ一本のイチョウ巨樹だったのだと知ります。
 これこそが本日の目標、「雨乞(あまご)のイチョウ」。
 ものすごく太い幹のすぐ隣を一礼しながら通り抜けました。

 「食の銀杏館」には3台ほどの駐車スペース、展望台やトイレも用意されていて、ちょっとホッとしました。
 イチョウも含めて一帯が所有者の方のご自宅敷地内らしいので、まずお店に顔を出してから……と思っていたところ、外におられたご主人とお会いできました。
 大イチョウについてはもちろん、地域の特色に関しても貴重なお話を聞かせて頂けました。
 (この日はお休みでしたが、物産の販売店のようです。建物の状況からも、いかに斜面地かわかると思います)

「これから先、イチョウの葉が落ちた時期こそ見学を勧めたい。イチョウの大きさが一番良くわかるのです」
 ご主人はそうおっしゃっていましたが、全くの同感です。
 圧倒的な樹勢を喜びつつも、イチョウ巨樹特有の悩みもまさにそこ。
 落葉しない限り、緑色or黄色、どちらかのドでかいカタマリをどちゃっと見るだけになってしまう……。

 しかもこの「雨乞のイチョウ」は、愛宕山(291メートル)の中腹、南側の山腹(160メートル)の斜面に生育している。
 引いて全景を入れ、構図を試せるような広いスペースはありません。
 これはもう……と、最初から敗北を確信しつつも、カメラと超広角レンズを手にして立ち向かいます。

 それ自体山のような緑色、幾千万の葉の洞窟の奥を覗き込む……だめだ、デカすぎ、多すぎる。泣

 無数の気根が力強くもおどろおどろしい。
 枝折れを経験して解説の枝張り面積を修正したようですが、気根と同時にブラシのような萌芽枝も発生させていて、樹勢は旺盛に見えます。

 で、それなら、黄葉~落葉時期は、いったいいつですか?
 ご主人に直撃してみると、なんと「(黄葉は)通常、12月のはじめ頃」とのこと。
 そんなに遅いとは! 予想が外れたどころか、かすってさえいなかった! 

 宮城県内、街路樹はすでに散り始めているし、寺社の大きめのイチョウも色づいている。
 それなのに、この「雨乞のイチョウ」はビクともせずに青々しいのか……。

 理由は、どうやらここ雨乞の気候特性のようです。
 高台であるにもかかわらず、「見下ろす低地に霜が降りてもこちらには降りない」のだそう。
 寒暖差により、見事な雲海も見られるそうです。

 考えてみれば、すぐ手前の斜面を覆うように「雨乞の柚子」が育っているのも、同じ要因からでしょう。
 「最北の柚子」とも言われるそうですが、なるほどと頷く他ない。

 ちなみに、探訪記録から12月に黄葉するイチョウ巨樹を探してみると、茨城県かすみがうら市「西蓮寺大銀杏」がまさにそれでした。
 ここから200キロくらい南の平野地なんですけど……。
 黄葉時期がズレる印象のあるイチョウ巨樹の中でも、全く独自のタイミングで色づくのがこの「雨乞のイチョウ」と言えそうです。
 おそらく黄葉の期間は短く、一気に散って翌日からは雪がちらつくとか、それがこの地の冬なのでは。

 国指定天然記念物となったのは昭和43年と比較的新しい。
 幹周囲12メートルと、青森勢にも比肩する大きさを誇る。
 葉がある時期だとまったく目測もできませんが、幹は比較的まとまり良い印象です。
 樹高もかなり高く、一度そこに「イチョウが立っている」と意識すると、どこまで下がってもその頂部が見えていることに気づきます。

 幹と気根、上下どちらからも同時に成長し、合体して幹を太くしている。
 お約束の乳イチョウ信仰もあり、そしてまた、雄の樹でギンナンは実らない。

 柴田町の観光サイトいわく、「ここは昔、人々が雨乞いの祈りを捧げた場所でもあり、イチョウの根元付近の湧き水は一度も枯れたことがないと言われています。」
 隣のケヤキの根本に水源があり、水神が祀られているそうです。ご神木と言えるのかも。

 気根鍾乳洞「苦竹のイチョウ」、県最大巨樹「丸森のイチョウ」とともに、「宮城県イチョウ巨樹三傑」の残る一角はこの「雨乞のイチョウ」で間違いないでしょう。
 スケールの大きさのあまり、人間がどこに写っているのか、よく探さないとわからない。笑

「雨乞のイチョウ」
 宮城県柴田郡柴田町入間田雨乞30
 推定樹齢:500年
 樹種:イチョウ
 樹高:35メートル
 幹周:12メートル

 国指定天然記念物
 訪問:2023.11、2023.12

探訪メモ:
 雨乞集落へと上る坂道は急かつ細く、対向車との離合が困難です。十分ご注意を。
 上記のように、黄葉時期が遅く、11月下旬~12月上旬のようですが、黄葉タイミングがわかっても、複数台があの道に……と想像するとツラい。

 特産「雨乞の柚子」は、柴田町の物産販売イベントなどで入手可能。おいしそうなものが色々……。

再訪:2023.12.3

 12月最初の日曜。
 各地でイチョウ巨樹に出会ったこの2023年秋ですが……黄葉時期には全く恵まれず。
 否、色彩ばかり見ているようでは到底巨樹道を極めるには至らぬ。
 でもさあ、みーんな見事に緑色だったよねえ……などといじけて、ついウダウダと過ごしそうでした。

 しかし、ふと思い返す、まだ「雨乞のイチョウ」があるではないか。
 随分遅いって聞いたし、ちょうど今時分かも?
 ……そう考え始めたら、もう、出発しないわけにはいかなくなりました。

 日陰に位置している個体がまばらに黄色を残しているくらいで、仙台市内のイチョウはほぼ落葉後という感じ。
 「雨乞のイチョウ」の黄葉は本当にそこまで遅いのか? 今年もその独自セオリー通りなのか?
 悶々としながら走ってきました。
 で、そうそう、あの辺の急な山を登るんだよな、と……あれっ?

 うん。明らかに、アレですよね。
 「おーい、ここだぞー」と黄色い手を振って呼んでいるようではないか!

 たった一本のイチョウがこれほど遠くから識別できるなんて。
 これぞまさに巨樹! テンション激上がりしました。
 ……おっと落ち着け、まだ先があるんだ。アクセルは激踏みしないように。

 万歳! 素晴らしい! の一言。
 緑色だった時期には山の一部に溶け込んでいた存在感が、明確に浮き上がって主張しています。

 前回同様、ご主人にご挨拶して停めさせて頂きました。
 にしても、12月に入ったというのに、まだ緑色の部分を残している。
 2023年は暖冬だと聞きましたが、それにしてもぽかぽかと暖かく、撮影途中で上着を脱いだくらい。
 いかにこの高台の気候が特別かを実感します。

 下の道から。
 大量の黄色が日光を反射し、前回は薄暗く見えた幹や樹冠の下をも明るく見せてくれます。

 まさに本領発揮、国指定天然記念物の肩書に不足なしの迫力です。

 「人間なんてちっぽけなもんさ」の一枚もカラーで。
 色づいたことでより一層このイチョウの巨大さを実感できました。
 いや、「初めて本来の姿を目の当たりにできた」と言うのが正しいのかもしれない。

 ご主人、お隣の柚子農家の方も同様に語っておられましたが、黄葉時期は短く、ピークを迎えるとほぼ一日で散る。
 そして、次の日からは雪が降る。

 おみやげ。特産の「雨乞の柚子」と「ゆず胡椒」です。
 昨年は実らなかったそうですが、一転、今年は豊作とのこと。
 さっそく料理に使いましたが、しっかりした香りと風味、ものすごくジューシーで大満足です!
 柚子って何にでも使えますよね。最高じゃないか。

 柚子目当てで登ってこられる方も日に数組おられ、集落の方も含めると、意外と通行は少なくない。
 案の定、帰り路で鉢合わせてじりじり離合を行いましたが、その苦労を差っ引いても大変魅力的な土地。
 またお邪魔したいと思います。

4件のコメント

  • to-fu

    なんという樹高 笑
    これほどの大イチョウが雑木林に無造作に生えている様は唯一無二ですね。
    存在を知らずに通ったら発見した瞬間パニックでガードレールに激突してしまいそうです。

    国天指定されるほどのイチョウですがこの巨樹は全くのノーチェックでした。やはり東北は青森勢が強すぎるのか。
    気根も見事で、これがもし関西圏にあれば一躍県を代表する一本になるでしょうに。

    イチョウの巨樹を回っていて感じるのは、大物であるほど同じ地域にある標準サイズのイチョウと比べると
    黄葉時期が遅めな気がします。兵庫の常瀧寺の大イチョウなんかも周辺の黄葉具合を見て今がベストだ!と鼻息荒く
    向かったら見頃までまだまだだった記憶が。

    大桜にも言えることですが、開花(黄葉)シーズンを過ぎると誰にも見向きもされなくなるのは不憫ですね…

    • to-fuさん
      ご主人がおっしゃったように、はっきり言ってこの時期では幹の太さが実感できないんですが、かなりかなり引いて身体をねじって見たこの樹高には驚かされましたね。
      35メートル? いや、もっとあるんじゃないか……と。
      登坂の運転席からだと、色々視界を遮られる上、デカすぎるし近すぎるので、なんとまあ気づかないんですよ。
      ですが、試みに「西蓮寺のイチョウ」のページを開いただけでこの部屋明るくなったんじゃない? と思うくらいですから、この「雨乞のイチョウ」の完全黄葉体を目前にしたらば絶対事故る自信があります。

      実をいうと、途中で宮城県民おなじみの金蛇水神社にお参りしたところ、奥のイチョウが6:4曖昧な色だったので、こりゃダメかな……と一度足を止めたんです。
      しかし記憶では、雨乞は標高が少し高かったはずだぞ、ならばもしや! ……で、ニアピンですらなかったです。笑
      この先もイチョウ巨樹に出会えそうな秋ですが、もう下心を抱くのはやめて硬派な巨樹マニアを決め込もうと思います。

  • RYO-JI

    これは・・・なかなか撮影者泣かせの巨樹ですね!
    その場にいると大きさは充分に実感できるのに、幹は見えないわ緑一色だわで・・・と推測。
    せめて黄葉していれば周囲から浮いて見えるのに。
    ご主人が、枯れた時期に・・・と仰る理由がよくわかります。
    しかも撮影場所、構図が限られているようですから写真に残すのは困難を極めるのではと思います。
    しかしそこはさすが狛さん、最後の一枚で圧倒的スケールが理解できました。
    いやぁデカイです。
    密度も濃くて漲るパワーが溢れてますね。
    これは枯れた時期の姿も是非とも見てみたいですよ。

    • RYO-JIさん
      お手上げです。この感覚、巨樹を撮った経験がある方なら共感して頂けるはず。
      この大きさですから、黄葉時期にははるか下の平地部からも篝火のように目立つはずです。
      一度は最盛期に見てみたいものだなと、そういう点でも記憶に刻まれました。
      その時期、クルマで登るのは難でしょう。でも徒歩はキッツイぞ。なんだ、ベストは折り畳み電動アシスト自転車? 笑

      我々としてみれば、散った後でも幹が見られて有意義なので、遅めの出動で良いのかもしれません。
      ああでも、12月って忙しいんですよねえ。そこがまたイチョウの前のハードルでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA