巨樹たち

福島県双葉郡楢葉町「塩貝の大カヤ」

樹種観を覆す知られざる一樹

 二月下旬、関東出張、そこからの神奈川県巨樹探訪を敢行しましたが、その南下の道のり。
 楢葉町も先の原発事故で被害を受けた自治体ですが、双葉町よりは車通りも多く、活動の気配が感じられました。
 ここに前々から気になっていたカヤの巨樹があり、この際にと訪ねてきました。
 「塩貝の大カヤ」です。

 県道沿いなのでアクセスに問題はなく、しっかりした駐車場がありがたい。
 多少、野原の道を進むことにはなりますが、迷いはしないと思います。
 まだ東北に春は遠いなとハナをすすりながら歩いて……

 思わず足が止まりました。
 いや、これ……すごいぞ!?

 おまけに、到着時すでに冬雲マキシマム状態 → 吹雪に。
 関東に住んでいた時分は「いつか雪景色の巨樹を撮ってみたいなあ」なんて呑気に思っていたものですが、図らずも叶ってしまいました。

 カヤってこんなに大きくなるのか? と、目を疑いました。
 スギやクスには遥かに及ばない樹種だと思っていたのに、圧倒されるようなこの巨樹ぶりはどうだ……。
 知名度はさほど高くないはずですが、これまで見て来たカヤの巨樹の中で断然トップの存在感です。

 幹周は8.3メートル。
 近年計測で改められたようで(渡辺典博氏の書籍では7.8メートル/全国5位のカヤとある)、他ランカーの数値が変わっていないなら、同福島県「万正寺の大カヤ(8.7メートル)に次ぐ暫定全国2位のカヤということになります。

 枝はアンバランスなほどに長く高く伸びており、まだ幹が見えない遠距離にも枝垂れ、届いている。
 樹冠直径は30……いや、40メートル近くはありそうです。
 主幹も健在で、無数に分岐しながら立ち上がり、樹冠の芯を形作っている。
 ぎゅっと収束して堅そうな根幹部も素晴らしい。

 カヤ特有のフォルムを守りつつ極限まで大きく生長した巨樹と言えるでしょう。
 生育環境で印象が大きく変わる樹種ですが、見てのとおり、埼玉県「西平のカヤ」のような陰気はなく、壮大かつ健やかな宮城県「長久寺のまるみがや」のスケールアップ版と言ったら近いか。

 ……何にせよ、もはやカヤ巨樹に対する固定観念が粉々になり、各地の大カヤをチェックし直さねばと思ったほどです。

 最も太く見える位置で眺めると、真ん中に深い亀裂が走っているのに気づく。
 二本の合体樹が正体? とも思いましたが、この場合は「裂けつつある」に一票か。
 あまりにも長く多い枝により、ただならないモーメントが生じているはず。
 この巨樹はいつの日か真っ二つに引き裂かれる運命なのかもしれない……。

 (吹雪のせいで現地ではマトモに観察できませんでしたが、何らか接合処置がされているようにも見えます。)

 夢中で撮っててちっとも気にならなかった!
 ……とか言いたいところですが、重さのある雪がどしどし強まり、レンズに雪積、撮影困難。
 長い時間はともにできませんでしたが、切り上げることにしました。
 ああ、このかまくら(クルマ)に乗り込むのね……。

 お寺に多いカヤの巨樹ですが、この「塩貝の大カヤ」は個人所有で、今もお宅の裏手に立っている位置関係のようです。
 歴史や伝説は解説されていませんが、数あるお寺カヤに倣って計算するなら1000年の大台に乗せても異論ありません。

 駐車場の整備、自由に観察できるように開放して下さっていること(敷地が広いので草刈りも大変なはず)、何より大カヤの維持管理に、感謝申し上げる他ありません。
 もう2本あったというカヤも同等の巨樹だったのでしょうか、戦後復興の資材として供出されたのかもしれませんね。

 本樹のみを目的に足を運んでも損はない、かなりの見応えでした。

「塩貝の大カヤ」
 福島県双葉郡楢葉町上繁岡塩貝25
 推定樹齢:1000年
 樹種:カヤ
 樹高:25メートル
 幹周:8.3メートル

 県指定天然記念物
 福島緑の文化財
 訪問:2023.2

探訪メモ:
 県道35号(いわき浪江線)沿いに複数台停められる駐車場と解説板があります。
 その先の左折路を数十メートル進み、さらに左手の草地についている道を数十メートル入っていきます。

 福島県のサイトで手に入る福島県緑の文化財PDFを見ましたが、網羅されていず、登録番号不明。
 (どうやら600番以上あるようです)

 南相馬市「大悲山の大杉」「行津の大杉」
 双葉町「前田の大杉」
 ……そしてこの「塩貝の大カヤ」。
 
 福島県浜通りは意外なほど粒ぞろいな巨樹に出会える地域です。
 埋もれてしまうにはあまりに勿体ない。ぜひ足を運んで頂きたいです。

4件のコメント

  • to-fu

    これは凄い雪!いえ、凄いカヤです!

    私も裂けそうになっているに一票ですね。
    カヤも大物は樹勢があまりよろしくない満身創痍なものが多いですが、こちらは
    裂けそうになっていることを除けば信じられないくらい健康そうに見えます。
    枝ぶりがヒノキの大物のようだ。これは格好いい。
    関西圏でこのカヤに対抗できそうなのは、兵庫県の「建屋のヒダリマキガヤ」くらいしか
    思い浮かびません。(2回も行ったのに…そろそろ記事にまとめないと)
    貴重な全国クラスのカヤ、何とかこのまま裂けずに持ちこたえてもらいたいですねえ。

    大昔に部活の合宿で富岡町の山の家?みたいなところに泊まったことがありまして、その時代を思い出しました。
    検索したらこれだ!グリーンフィールド富岡!残念ながら震災以降閉鎖してるみたいですねえ…
    巨樹的にもなかなかアツそうなエリアなので、復興頑張っていただきたい!

    • to-fuさん>
      到着時にはまだギリギリ降ってなかったんですけど、南に向かってんだし大丈夫だろ! とナメた心が天の怒りを買ったのかもしれません。
      吹雪は物体として写り込んでしまうので見えなくなっちゃってダメですね。

      巨大でありつつ陰気のないタイプで、登場シーンからして巨樹らしい驚きと興奮を味わえました。
      カヤって大きさよりも味わい的な樹種だと思っていますが、やればできるじゃないか! すごいぞ! と。
      個人的な印象ですが、関西圏のカヤ巨樹って珍しいように感じます。
      これはやっぱり、関東東北のひもじい中世史を物語っているのか……。
      「建屋のヒダリマキガヤ」、to-fuさんが再訪する巨樹ですから見てみたいですねえ(記事の催促?笑)。
      もちろんこの「塩貝の大カヤ」も東北カヤ巨樹のイチ推しとして再訪しようと思います。

      海沿いの平野の田舎で、ウチの地元と同じく元々何もないと言えばないんでしょうけど、ここならではの思い出はありますよね。
      広野のJリーグの施設などは比較的早くに再会した印象があり、近年では高速道路の整備も進んで便利になりました。
      再び足を運びたくなる地域になってくれるといいですよね。

  • RYO-JI

    カヤの巨樹と言えば、私の場合埼玉の≪与野の大カヤ≫を思い出すのですが、
    アッチは住宅街の中にあるせいか身なりの良い紳士的なイメージ。
    一方でこのカヤは対照的に緊張化のある武士のような荒々しさを感じます。
    現に生育環境の厳しさが全然違うのでその姿、印象も違って当然でしょうね。
    とはいえ、人間の見る目なんかいい加減なので晴天だったらどう見えるのか気になります。

    そして気になるのはもう一点。
    無数の枝があるわりには葉っぱが少ないような・・・。
    生え変わりなど時期的な問題だったらいいんですが、裂け目や他の要因で弱っていないことを願います。

    • RYO-JIさん>
      お寺にはカヤ・イチョウ、神社にはスギ……ですが、野生のカヤ巨樹ってまだ見たことがありません。
      「与野の大カヤ」はじめ、都市部用の探訪を組む必要のある樹種とも言えますね。あれも見に行きたい……。
      確かにそういう面からして、人とのかかわり方によって印象が大きく変わり、そこに見どころがある樹種とも言えそうですね。
      花巻辺りが北の限界なので、この「塩貝の大カヤ」はかなり寒冷な環境にあり、「強さ」を見せるに至ったのかもしれません。

      うまく撮れてなくて恐縮ですが、樹勢は悪くない印象でしたよ。
      背が高くて樹冠が遠い位置にあり、ほとんどの写真が樹冠の中に入って幹を撮ってる……というか、吹雪除けの避難に使ってたかも。苦笑
      どんどん葉の上に雪が積もっていてもいて、色あせた印象になってしまいました。
      雪の日の姿には特別感がありますが、一方で晴れた日の写真も必ず欲しくなりますね。

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