巨樹たち

埼玉県比企郡ときがわ町「西平のカヤ」

山中に立つ埼玉第2位の大カヤ

 「萩日吉神社の児持杉」の右脇を通る坂道を数百メートル登っていくと、藪の中に誘うような「大カヤ」の看板。
 それ自体トレッキングコースと言える、なかなかの山道を歩かされますが、結果から言うと、苦労してでも見に行くべき県指定天然記念物の大カヤに出会えました。

 ストックを置いて来たことを後悔。
 ちょっとした雨が降った後で、岩がちな足元がツルツルにスリップ。
 慎重に動かないと、すっ転んで後頭部割ったら一発アウトだなと。
 帰りの下りが恐ろしい……。 

 倒木を乗り越え、息切らせつつ上っていくと、それらしき影と気配。
 ああ……あれだ。間違いない。

 出ました、これが「西平の大カヤ」。
 本来の登録はただ「カヤ」というだけで、そりゃまあカヤですけど……と、先達の方に倣って呼称します。

 周囲の藪が夏を前に濃くなっていますが、カヤの周囲だけは手入れをされているようで、ほぼ一周して歩くことができます。
 ありがたく近づいて眺めさせてもらいます。

 樹齢1000年と言われる通り、ウロや枝が折れた跡など、長い一生の記憶を身に刻みつけている姿。
 雨で湿って黒くなった樹皮が少し不気味でもある。
 老樹だけあって、どっさり緑の葉をつけているというよりは、着生植物とともに静かに息づいていると言った感じ。
 しかし、折れた箇所や古くなった枝から無数の芽を出している様子は、まだまだ朽ち果てはしない生命力を見せつけるかのようです。

 

 幹周は6.6メートルとのことで、カヤの巨樹としては大きい。
 国指定天然記念物「与野の大カヤ」の幹周7.3メートルに次ぐ、埼玉県ナンバー2のカヤ。
 傾斜地に生えているせいで、正面で実際に受ける印象は「もっとずっと大きくないか?」ですね。

 カヤといえば、実が食用になることで、飢饉の際などに人々を救う逸話が数多く残されている樹種。
 お寺に多く植えられているのも、生ける緊急食糧庫としての意味がある。
 宮城県「祇劫寺のマルミガヤ」「長久寺のまるみがや」などが実例でしょうか。

 この大カヤからは野生味を強く感じますが、昔の人がここまで実を拾いに来ていた可能性はありそう。
 もっとも、未確認ですが「雌雄どちらか?」という問いもありますよね。

 樹高が高くない代わりに、枝張りが長大。
 下り斜面を軒のように覆い、周囲の若い針葉樹を牽制しているかのようです。

 足元にある解説碑文には、「東西南北ともに25メートル以上」という数値が書かれていますが、現在では斜面上方向の枝が失われています。
 この碑文がもう40年以上も前のものなので、仕方ないことかも。

 枝張りが大きい巨樹が片側を失うと、自立できなくなってしまうものです。
 現在でもバランスを崩さず生きているのはさすがだと思います。

 「都幾山 慈光寺」とは、ときがわ町に現存するお寺で、1300年の歴史ある古刹だそうです。
 このお寺の周辺に「七井、七石、七木」とされるものがあり、この大カヤがその七木のひとつとのこと。
 慈光寺のサイトに以下の説明を見つけました。

 「都幾川慈光寺実録」には、慈光七木として「立ち返り柳」「椎樫」「五葉の松」「大栢」「八重の桜」「一本樅」「天狗杉」の名称が記されております。
 これらのうち「大栢」は、萩日吉神社の南東にある、県指定天然記念物の「大カヤ」であると推定されています。
 しかしその他の七木の所在と由来は、残念ながら分かっておりません。

 ……とのこと。
 近くなのに「萩日吉神社の児持杉」が入っていないのは、鳥居の中にあるご神木だからしょうか。
 大カヤがこれだけ立派なので、他の樹も気になってソワソワしてきますね。
 ときがわ町の深い森林のどこかに現存しているのか……。

 長い歴史に埋もれたミステリーを感じつつ、老いたるカヤにお礼を告げ、またソロソロと荒れ道を戻りました。

「西平のカヤ」
 埼玉県比企郡ときがわ町西平
 推定樹齢:1000年
 樹種:カヤ
 樹高:16メートル
 幹周:6.6メートル

 県指定天然記念物

 訪問:2018.6

 探訪メモ:
 足下が悪く、怪我防止のためにもトレッキングシューズ、ストックなど用意した方が良いと思います。
 車に積んでも手にしなければ意味がない。教訓になりました。
 藪の深さから言えば、季節によってはヤマビルが出てもおかしくない。ご注意を。

旅行記「埼玉県比企郡ときがわ町・巨樹探訪旅」もぜひご覧ください。

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