2018年・福井~兵庫巨樹探訪旅1

〇1日目

 五月。様々な障害から解き放たれる季節であり、逆に言えば、じっとしているのは耐えがたい。
 さっきまで自宅事務所で仕事をしていたかと思えば、ふっと息をついて立ち上がり、ほとんど前回の旅のままほん投げてあった道具たちを再びクルマに投げ込みました。
 家族にウソをつき、エンジンをかけます。

 のっぺりとした茨城道を北上、いつのまにやら全国区になった顔の大洗から高速に乗る。
 栃木を抜け、群馬を貫通する。PAのうどんで晩御飯。

 谷川連峰が立ちはだかってクルマを息切れさせ、関越トンネルにラジオを聴けなくされ、嫌気がさした頃に新潟。

 延々続く新潟大陸の田んぼ大平原。
 大体ここらで19時、昆虫の大群が雨あられと襲い掛かる!
 フロントガラスが汚染されて運転に支障を来すも、手指消毒用のアルコールで拭いて落とす。

 都市部以外では盲目にも等しい闇の中、石川、富山を走り、夜遅くに福井。

 この無闇な走行ペースが今回とても重要で、すなわち、朝が来るとともに活動する腹積もりです。
 鯖江で高速を降り、一路、日本海を目指す。

 残り30キロは暗黒の山道。
 怖い。しかも道中、ブキミな巨樹との遭遇もあって、越前町に対する印象とこの旅の行く先を揺るがします。

「千足杉」

 ちょうど日が変わる頃、越前町の道の駅に到着しました。
 さすがに疲れた……。
 1日の走行距離が750キロを超えると人格が破壊されていくので、注意が必要です。
 口にする言葉もなく、いそいそと車内を片付け、シンプル就寝。

〇2日目

 あさ。
 まだ起きたくもない時間に、海沿い特有の乱暴なオバサンたちのだみ声で目を覚まされました。
 暗くてよくわかりませんでしたが、どうやらこの道の駅は魚市場みたいなことをやってるらしく、朝も早いらしい。
 白長靴、バカ長の人たちがもう働いてる……。
 しぶしぶ、僕も活動を開始します。

 福井県丹生群越前町。
 おお……と、思わず嬉しくなりました。
 郷愁を感じるのか、漁港の町を見かけると、歩いてみたくて仕方なくなります。
 起伏に富んだ地形の海岸線に数キロに渡って漁師町が続いている。
 遠洋の船が入るような港はなさそうですが、古風な風情ある港町。

 待ちに待ったお風呂タイムも。
 温泉に朝7時から入れて、しかも日本海オーシャンビュー。500円。最高じゃないですか。
 僕が今日最初のお客らしく、少しだけ早めにオープンしてくれました。
 ナンバーを見たらしく、「どのルートで来たのか」「どこへ行くのか」「アレは見たかコレもどうか」と話に……。

 早朝、日本海を一望しつつ小雨の中で入る露店風呂は、まさに格別。
 実は露天は道路のカーブから丸見えで、ドラレコに映ってたらどうしようとか思ったけど、まあいいや。

 どうやら店主、「わざわざ茨城から来た奴がいる!」とか喋ったらしく、さっきと全く同じ内容をお客のおじさんと裸で立ち話する羽目に。笑
 「いや、私もね、東京でバスの運転手をやってたんですね、東急ですよ……」
 そこだけわざわざ関東っぽいイントネーションで喋ろうとするおじさん。
 そう、実際、茨城は東京です。そうなんです。

 その後、奈良在住の写真・巨樹友達のRYO-JIさんと大野市で合流。
 奈良県からはるばる200キロ以上、早起きして走って駆けつけてくれたのです。

 しかしわたくし狛、待ち合わせ地点まであと6キロ地点で給油中、ノールック・バックしてきたモミジ印のクルマにバンパーを割られる。なんてこった!
 RYO-JIさんには本日の計画を説明し忘れ、事故の話ばっかしてしまってごめんなさい……。

 ともあれ、ここからが福井県の巨樹巡り旅。
 言うなれば巨樹は灯台だ。
 その光る点を次から次へとめぐるうち、それがおのずとひとつの旅路となってゆく。
 光る点を追いかける私は、さしずめ一匹の小さな昆虫か。
 その点その点に一心に集中するあまり、旅の全体像は終えるまで全くわからない……。
 しかし、そのような旅こそ、わが心が欲してやまない理想の旅なのです。

 それはいいとして(いいんだ……)、早速走って福井県今立郡池田町稲荷、「須波阿湏疑神社(すわあずきじんじゃ)」
 聞いたことがない神社名は、諏訪の建御名方命(たけみなかたのみこと)、あずき=小豆=小豆島の神・大野手比売命(おほのでひめのみこと)を合祀したためだと言います。
 しかも、お稲荷さんである倉稲魂命(宇迦之御魂神、うかのみたまのみこと)もいらっしゃる。

「一里塚のケヤキ(とエノキの合体樹)」

 16世紀頃のままの社殿は、見学するのに十分な価値があると言えましょう。

 外側は防護のための建物で、内側に一回り小さい社殿本体がある。
 みっしりした檜皮葺、福井県最古の神社建築であり、国の重要文化財指定を受けている。

 鳥居前の「一里塚のケヤキ(とエノキの合体樹)」
は、これ自体も史跡でありつつ、十分巨樹として楽しめる存在。

「稲荷の大杉」

 その裏手の山中にある「稲荷の大杉」が我々の目標地点。
 豊穣神であるウカノミタマ神の憑代であり、この樹自体が神名を持っているともいう。

 逞しい大杉だったので、見ていていいと言われればずっと見ているんですが、おひる。
 我々の福井の豊穣神はいずこに……

「三好野」のソースかつ丼

 うひー。だってしょうがないじゃない。
 最寄り市街であるところの福井県大野市でご飯にすると言ったら、早い話、1:ソースかつ丼、2:おろしそば、3:ソースかつ丼とおろしそばのセット、この三択ですよ?

 800円(当時)のくせにすごいボリュームですが、ここんち(大野市の「三好野」さん、人気店)のはミルフィーユ状のかつで、サクサク、ソースもフルーティな感じでうまい。
 バターで炒めた玉ねぎがご飯の上にしきつめられ、これがまた……ウッ……てごわい。

 あと二切れ地点で、RYO-JIさん僕もう辛い……と音をあげそうになるが、まだ通常のカツ定食(ハーフ)くらいの面積がある。
 つよい豊穣を感じつつ、しかしなるべくカツとは別のことを考えるようにしつつ格闘。その末の完食。

 「人間ソースかつ定食」の気分を味わいながら、ここから次の巨樹まではそう遠くない。
 頭までソースかつでいっぱいのままで、腹ごなし感が強く強くあり、心の準備ができているとはとても言いがたかった。
 ……驚愕し、僕らは大ケヤキさんに謝りました。
 お会いする前に福井が誇るソースかつ丼を腹一杯食ったんです、それで……ごめんなさい……。

「専福寺の大欅」

 「専福寺の大欅」。
 こんな展開、予想してなかった。色々な出会いがあるものです。

 「幹半ばから切られてしまった」という前情報からは想像もつかない迫力。そして生命力。
 ずっと記憶に残り、話題に上る巨樹。ぜひ再訪したい樹となりました。
 専福寺も、静かできれいな、大変感じの良いお寺でした。

 さて、お次はどこですか。
 そもそも説明しますと、今回の巨樹行はほぼわたくし、狛のわがままでプランが組まれており、プランと言っても、
「私はこれを絶対に見たいんだがね! しかしせっかくだから、あと何箇所もいくんだ! それがこれらだドーン!」
 ……という、汚い殴り書きのメモをそのままRYO-JIさんに送りつけるという暴挙。
 RYO-JIさんは一番手の「稲荷の大杉」ともう一本、トチノキの巨樹を調べて勧めてくださったのですが、全国的に有名な「ザ・酷道」175号線をたんと走るため狛が却下するという……
 書いてみると横暴だな、自分……。

 まあそれは置いといて(卑怯)、三本目はちょっと険しいところかも。
 ずんずん山に立ち向かって行って、渓流やロックシェッド、ダム湖や水力発電所なんかがあるような、福井県大野市下打波。

 

「白山神社の大カツラ」

 「白山神社の大カツラ」。
 福井県で最大のカツラの巨樹で、測定値は近年上方修正され、14.5メートルとなっている。

 恐るべき数値ですが、カツラ巨樹にあってはこれを超えるものがざらにある。
 しかしまあ、カツラの常として、一本の樹じゃなくて林なんじゃないの? というのもある。
 この巨樹は寸前で「樹らしさ」を留めていると感じました。大きいのにまとまりが良いカツラです。

 土地がとにかく豊かな水資源に満ち溢れている。
 植物こそが王者、もりもりと繁茂している印象。
 地図を眺めていて、実は、あ、ここ前に来たことある……と思い出します。
 いや、実際にはこの手前の分岐までですが、前の長旅の際、岐阜の方へとひたすら登って行った先、それがかの聖地・石徹白なのでした。
 つまり、「ほとんど岐阜県」のところに我々は立っている。山深いわけです。

 コーヒー飲みませんか? とRYO-JIさんが言うので、しからば戻って道の駅にと立ったら、なんと!
 RYO-JIさんのクルマにはアウトドア用のコーヒーセットが積んである!
 こんなところで熱いコーヒーが飲めるなんて!
 すぐそばの巨樹と緑の息吹を感じ、山の深いもやを眺めて飲むコーヒー。
 文句なく最高でした。
 喫茶「かつらの木」にようこそ。マスター、おかわり。なんつって。笑

 実際のところ、一日に探訪できる巨樹数には限界があります。
 時間的なものもありますが、これまでの旅でも経験があるように、だんだん疲れて感覚が鈍磨してしまうのが痛い。
 それでは巨樹に対しても失礼だと思うんですよね。

 移動距離にもよりますが、経験上、一日に四箇所以上は巡らない方がよかろうというのが、我々の共通見解です。

 進路は北西へ。
 山を降り、勝山市へとやって来ました。

「西光寺の大杉」

 本日のトリは「西光寺の大杉」
 雨がかなり強くなりましたが、集落の中、巨樹探しのクエストをしばしこなし、たどり着けました。
 雨天を喜びに変えるかのような元気の良い巨樹で、見ているこちらも嬉しくなります。

 スギで始まりスギで終わる中に、ケヤキとカツラが入ってくる。
 土地柄を感じる顔ぶれであり、しかもどれもがハイレベルな巨樹でした。

 陽はすっかり暮れ、勝山の道の駅(永平寺温泉・禅の里)で名物おろしそばを食べつつ、二人とも、本日の細かな感想などはもうあまり出ない。
 それぞれの記憶の中にどっしりと実感があるので、わざわざ言葉にして持ち出す気にならないのでした。

 この道の駅は、オアシスレベルがかなり高く、お風呂も入れるんです。
 「また明日!」とRYO-JIさんを見送った後、雨で冷えた身体を温泉で温めました。
 ちなみに、RYO-JIさんは福井市に戻って宿泊するとのこと。
 僕は高速代捻出のため、いつもの車中泊です。

 

 明日はどうなるのかな。この上さらに驚かせてもらえるのかな?
 などと、ニヤニヤしながら寝床を組み立てましたが……そうだった。嫌なことを思い出してしまった。
 まくら。
 その、最重要級アイテムを積み忘れてきてしまったこと、それ自体を日中完全に忘れていた。
 街中のどこかで450円のそばがら枕を買う想像をしていたものの、ほら、バンパーを割られて……。
 寝袋のスタッフバッグにタオルを詰めて代用です。
 ああもう、ぜんぜん頭が安定しない……。

(※追記すれば、この後もとんと枕入手のチャンスは訪れない。というか忘却する。
 しかし、適度に疲れた彼は、大降りの雨に打たれる車中でもすぐさま眠りに落ちるのであった。)

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