巨樹たち

福井県勝山市「岩屋の大杉」

正真正銘の怪物

 心を平静に。
 息を深く吸って。
 「岩屋の大杉」と対面する前に。

 勝山市の道の駅(永平寺温泉「禅の里」)から車で15分、国道416号線から逸れて集落に入り、山めがけて4、5キロ進む。
 目印にするのは「岩屋観音」。

 近くにはキャンプ場があるらしい。
「そろそろだと思いますよ、そんなに酷い道じゃありませんでしたねー」
 とか、同行のRYO-JIさんと話していたところ、
「うわっ……」
 助手席の彼は深く息を吸い込んだきり、たっぷり三秒、吐くのを忘れたように沈黙しました。
「見てしまった……」

 何を。
 何を……?
 って、なんだありゃあ!?

 岩屋観音のダイナミックかつ神秘的な境内をまっすぐ行けば、程なく「それ」に対面できます。
 これこそが「岩屋の大杉」!
 今回の福井巨樹行のメインターゲットであり、クライマックス!

 その姿はヒトの正気を奪う。あまりの巨大さに、一瞬恐怖すら感じる。
 我ながらなんてチープな表現だろうと呆れる……けれども、こんなものを何かに例えようもない!

 さあ、深呼吸、少し落ち着いて……
 落ち着けって言ってんだろう!

 とか、キレるかと思いきや、人間、本物の驚きに直面するとかえって静かになるものらしいです。
 しばらく立ち尽くしたのち、無言で散開、相手の出方を伺うような慎重さでカメラを向けました。 

 おそらく、それなりの数の巨樹を見てきた人ほど、ショックは大きいはず。
 これは本物の怪物だ。いくら書こうとしても言葉が上滑りしてしまう!

 その幹周は「巨樹・巨木林の会」資料では1700cmとあります。
 福井県最大の巨樹であり、スーパーカリスマ「縄文杉」をも超える大きさを誇る(新潟県「将軍杉」に次ぐ全国暫定2位か?)。
 しかし、株立ちだと判断されたのか、ランキングによっては採り上げられないことも多い。 
 個人的には「将軍杉」がアリならこの「岩屋の大杉」もアリじゃないかと……だったら京都府の台杉「平安杉」だって無視できないハズだぞ……。

 どこに視線を向けても驚くことばかり。
 立体的に五又に分岐し、ある枝は地上すれすれまで下ってから垂直に天を目指す。その付け根は岩のように盛り上がり……。
 当地には、「大きく湾曲した幹が地表に着いた時、辺りが海になる」という、謎めいた言い伝えもあるという。

 ダメだ。斜面のえぐれた部分が全部、樹でできてる! 
 樹体でできた岩窟にお地蔵さんが鎮座してしまっている!!

 おお、いつの間にか怪物の懐に入っている!?
 慌てて脱出。やはりモンスターに対峙しているとしか思えない。

 日本海側の豪雪の重みのために複雑に分岐し湾曲するウラスギには、ひとつとして同じ姿のものはない。
 人が想像できる形状なんて、自然界に実在するバリエーションから比べれば、全くスケールの小さいものでしかない。
 造形作家でもなんでもない自分ですが、なんだか敗北感すら感じました。

 この盛り上がった筋肉の塊のような質感。どう見てもこの樹はもの凄く力んでいる。
 ウロを力技で塞ごうとし、塊のようにどんどん膨れ上がっている。
 ようやく浮かんだ比喩は、観音を護ってこちらを威嚇している金剛力士……観音を金剛力士が護るなんて構図は聞いたことないですけども。
 この余りあるパワフルさ、驚愕が収まるとかっこよくすら思えてくる。

 とても写真で捉えきれず、3Dスキャンして正確な立体モデルを作って欲しいものだと思いました。
 そしたら買う! ああでも、大きさはどのくらいがいいんだろう。
 大きければ大きいほど良くなって……結局実物大になったりして(アパートを突き破る)。

 解説文はなく、観音堂脇に立てかけられた(撤去された?)杭がデータを示していました。
 数値評価が難しい巨樹ですが、いや、実物を前にすれば、数字も言葉も全く意味をなさないとはっきりわかます。

 立ち去りぎわ、RYO-JIさんが「道からも仰ぎ見てみるべし」と誘ってくれました。
 そう、私は運転中でしたが、安全のためには見ない方がよかったでしょうね。
 確かに。予告なしに視界に入ると絶句するしかない威容です。

 純粋な凶暴さと超常性を叩きつけてくるような、無二の巨樹でした。
 見に来られてよかった。けど……ああ、興奮しすぎて疲れた……。


「岩屋の大杉」
 福井県勝山市北郷町岩屋
 岩屋観音
 推定樹齢:500年
 樹種:スギ
 樹高:30メートル
 幹周:17メートル

 市指定天然記念物
 訪問:2018.5

探訪メモ:
 Googlemap等、電子地図を辿るのが最も手早いです。
 岩屋観音周辺の森にも準巨樹レベルの生命感剥き出しのすごい樹があります。
 また、ここから100メートルほど奥に別の巨樹「飯盛杉」もあり、一旦そちらを訪ねてクールダウンするのもいい。
 ずっと「岩屋の大杉」の驚異に打たれ続けたら、ソースカツ丼食べて寝込むしかない。

「2018年・福井~兵庫巨樹探訪旅」もぜひご覧ください。

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