巨樹たち

福井県勝山市「飯盛杉」

いぶし銀的老裏杉

(まあ、まあ、ちょいと落ち着くがいい……)

 「岩屋の大杉」の途方も無い迫力に慌てふためく小さな人間たちを、そう諭すかのように佇む巨樹がありました。
 驚異の存在から100メートルほどか、案内に従って斜面を登った先、「岩屋稲荷」の傍にそびえ立つ「飯盛杉(いいもりすぎ)です。

 手前であんなモノを見てしまい、ちょっと興奮しすぎて疲れてしまった。
 いかんいかん、このまま流されてしまっては、写真全部ブレてましたとか、そういうのあるよ?
 と、自らを落ち着かせるために(わざと)その場を離れたかった。
 そういう避難先として、この巨樹がいてくれてよかったです。

 ……なんと失礼なことか。
 参考資料の印象よりもずっと立派な巨樹です。
 ここはまったく、「高レベル巨樹地帯」と呼ぶにふさわしい。

 どうしても「あの怪物」と比較され、地味だと言われてしまうでしょうが、この飯盛杉も、植林の杉とは全く雰囲気が違います。
 御神木として十分見栄えがするし、個性的。
 巨樹好きを自称するならば、飯盛杉だけ見に来たとしても損はない(そのパターンはありえないのですが)。

 目通り周囲は7メートルらしいですが、根幹そのままの太さで十メートル以上立ち上がり、そこから急に二又に分岐している。
 この奇妙な幹形状は、おそらく一度雪の重みで主幹が大破し、時を経て息を吹き返して再成長したものと見ますが、どうでしょう。
 まるで別々の樹を無理矢理接合したかのような姿です。

 ……って書きながら見ていたら、実際、着生して根を張った別のスギにしか見えなくなってきました。コワイな。

 詳細な解説はなく、「岩屋の大杉」=500歳、「飯盛杉」=300歳以上、とされていますが、おそらくは大きさを基準にしている。
 が、両者の雰囲気は対照的で、この飯盛杉の錆びた感じ……もしかするとこちらの方が年長なのでは? とも思いました。

 「あのモンスター」との縁はわかりませんが、どちらも裏杉には違いない。
 飯盛杉は自分の中の裏杉のサガを律して垂直に立ち上がった杉のようにも見えます。
 もしかして「アイツ」を意識していたりして……分岐してから先も、なんとか真っすぐ天を目指そうとしています。
 そんなこんなで、一本杉ながら、見る角度によってまるで別物と化すユニークな姿です。

 何箇所も枝が折れた跡があり、緑をつけているのは最上部だけで、枝張りはかなり狭い。
 それでも、その老いた感じがまた様になる樹だと感じました。

 本当に、斜面下の「クライマックス巨樹」とは正反対と言っていい。こちらにはこちらの良さがあり、この好対照を楽しむべきですね。
 飯盛杉の方が御神木らしくて渋くて好きだ、と思われる方もおられるんじゃないでしょうか。

 そんな「飯盛杉」。
 その名にはどんな由縁があるんだ? と、字面にちょっと嫌な予感を覚え……

「弘法大師が諸国行脚の途中、ここに立ち寄られ、食事をとった。
 その後、箸を左右に1本ずつ地に挿したのが大きくなったとする伝説があるから。」

 あーっ! 
 ここでもお刺しになられましたか、空海サン! しかも箸を一本ずつ神社の左右にぶっ刺すという遊び心! 何考えてんだ!

 ……ということで、神社の反対側にも同じくらいの巨樹があったらしい。
 が、70年ほど昔の火事で失われてしまった。テンを獲ろうとした人がウロをいぶしたところ、失火してしまったそうな。
(※頼りになる巨樹サイト「人里の巨木」さんが現地の方から聞かれた実話だそうです)
 同じようなミステイクを現在に伝える大杉がありましたが、つくづく樹の中で火を焚くもんじゃない……。

 今も立っていてくれる飯盛杉にはお礼を言いたい。
 おかげで少し正気を取り戻すことができました。
 再度「あの怪物杉」に挑むべく我々はその場を後にし……
 途中振り返ると、老杉は沈黙したまま木漏れ日のまだらを作っていました。

「飯盛杉」
 福井県勝山市北郷町岩屋
 岩屋稲荷
 推定樹齢:不明(300年以上)
 樹種:スギ
 樹高:35メートル
 幹周:7メートル

 市指定天然記念物
 訪問:2018.5

探訪メモ:
 「岩屋の大杉」からさらに石段を登って行った先にあります。
 巨樹好きはみすみす見逃すわけにはいかない大杉でしょう。
 飯盛杉を訪ねてから再訪した方が、クライマックス巨樹の方も良い写真が撮れる気がします。

「2018年・福井~兵庫巨樹探訪旅」もぜひご覧ください。

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