巨樹たち

青森県三戸郡「平のサイカチ、オオバボダイジュ」

有用巨樹との暮らしを学ぶ

 多種多様な巨樹を巡る青森県階上(はしかみ)町の巨樹ツアー、まだまだ続きます。
 「茨島のとちの木」から出発したバスはわずか5分でまた停車、次の巨樹に到着です。
 この町、本当にすごい。
 5分移動を繰り返していけば、次から次と巨樹巡りができてしまう。
 しかも、その数もさることながら、またもや樹種が被らないとは。

 やや細めの道を進んでいくと、解説板が目に入ります。
 言うまでもなく、巨樹巡りにとって重要な目印のひとつですね。
 ところがここも個人宅。階上町では家々それぞれが巨樹を所有しているかのようで唖然としてしまいます。

 地名末尾に平の字が付いているのからして、古くからの地主さんらしき平野家。
 道両側の広々とした敷地は、関東で言えば植木屋さんのそれに雰囲気が似ています。
 よく手入れされた庭木が目に入る中、まずは解説板のある右手の巨樹に進みます。

 「平(たいら)のサイカチ」。
 「茨島のとちの木」と共通した意匠の立派な解説板が設置されている通り、こちらも県から天然記念物指定を受けています。
 ご自宅のお庭に県天があるんですね……。

 平坦な敷地に根をよく張っていて、主幹の高さがないぶん、大きな壺を思わせる存在感。
 夏、岩手県南部でサイカチ巡りをした筆者ですが、それらと比べても明らかに大きい。
 幹周囲6メートル超えのこんなサイカチには、そうホイホイと出会えるものではありません。

 サイカチ巨樹が家の前にあるという、北東北では、それが旧家の証でもある。
 サイカチの様々な薬効の中でも特に有名なのが「馬の薬」という側面で、かつてそれだけ牛馬を抱えていた、つまりはそれらを動員する広大な土地を管理する家柄だと暗示しているわけです。
 かつても何も、お宅は今もかなり立派で、サイカチ周囲は庭園のよう……

 と堪能していると、ご主人が出てきてくださり、おもむろにサイカチの豆鞘をバケツの水に投入。
 かき回すと、茶色いベーコンみたいに見えるソレがみるみる泡を盛り上げ始めます。
 うわ、想像以上の豊かな泡立ち。

 サイカチが石鹸の代わりになるのは有名な話ですが、実際に目の当たりにするのは初めてで、ちょっと感動しました。
 ご主人によれば、実際に洗浄効果があるらしく、現在でも日常的に使っているそうです。
 「なんとかエキス配合」どころかサイカチを水にぶっこんでかき回しただけですから、もうこれ以上はないボタニカル石鹸。

 サイカチ巨樹を見るにあたっては、事前知識があるといいなと思いますね。
 なんとも特徴だらけの樹種で、夏には樹液にカブトムシやクワガタも集まるし、……
 なんですが、単に「でっかい樹を撮りたい!」みたいなやる気で来ると、あまり大きくは感じず、幹は不朽や穴だらけで、いらぬ誤解を招きそう。

 他のサイカチ巨樹の記事を覗いて頂ければわかっていただけると思いますが、これが高齢なサイカチ巨樹としての常態。
 特別具合が悪いわけでも、ましてや管理が行き届いていないわけでもない。
 この巨樹も、その証拠のように新たな幹を伸ばしていて、樹冠は広く、この樹種特有の明るくて爽やかな葉をいっぱい付けています。
 樹勢を実感してもらうためにも、夏場に訪ねたい樹種だと言えますね。

「平のサイカチ」
 青森県三戸郡階上町角柄折平
 推定樹齢:800年
 樹種:サイカチ
 樹高:15メートル
 幹周:6.4メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2023.10
 ※ガイドが必要

この旅の様子は「2023年・青森県東部巨樹探訪3」でどうぞ。

「平のオオバボダイジュ」

 サイカチだけでもツアーの一角として意味があったと思いますが、道を挟んで反対側の土地にすっくときれいな樹形で立っている、これもまた平野家所有のユニークな樹です。
 樹種:オオバボダイジュ。
 これが話に聞くソレなのか! と興味津々で見上げました。

 季節柄、落葉が始まっていて、一見仙台のケヤキ並木の一本のようでもありますが、もちろん全然違う種類。
 どころか、「ボダイジュ」とついているのに、おしゃかさまがその下で悟りを啓いた「インドボダイジュ」とは全く別の種類です。
 いや、どころか、「ボダイジュ」と「インドボダイジュ」自体が別物です。
 ここ、ひっかけ問題なので注意してください。中間テストに出ますよ(何の?)。

 ・インドボダイジュは、クワ科の植物。
 ・ボダイジュ、オオバボダイジュ、セイヨウボダイジュはオアイ科シナノキ属(要するにシナノキなんだと思います……)
 ・共通点は「葉っぱが似ている」。ほんとは日本のお寺でインドボダイジュを育てたかったが、熱帯の植物でムリだったのでボダイジュで代用したということらしい。シナノキ自体は寒さに強く、青森県にも大きな巨樹がいくつか見られる。
 ・「菩提樹」を国語辞典で調べたら、二種それぞれ分けて書いてあって、さすが金田一先生だと感心。

 「菩提」すなわち「迷いを絶ち切って得た悟り」だと言うなら、もういっそ改訂してよ……と呻きが洩れますが、これで和名が固まってしまってる。
 じゃあ英名はというと、よく聞く「リンデンバウム」というのが、このシナノキの仲間を指しています。

 まるで探偵小説を読んでるような気分になってきました。
 松本清張の短編でそういうのありますよね……古代史と植物の分布がキーになってるやつ……ああいう。
 シューベルトの曲(「リンデンバウム」)なのに和訳「菩提樹」って仏教エッセンス入ってんのおかしいだろ! って病気もこれで癒える。ああ。

 これまたサイカチに劣らない有用植物で、樹皮は衣類、靴、縄、籠の材料、花は蜜源、ハーブ、樹液は糖、材木としては楽器や木像に、と、まるで捨てるところがないそうです。
 「平のオオバボダイジュ」も、この豊富な実用用途を得るため植えられたものではないでしょうか。

「平のオオバボダイジュ」
 青森県三戸郡階上町角柄折平
 推定樹齢:不明
 樹種:オオバボダイジュ
 樹高:23メートル
 幹周:3.02メートル

 訪問:2023.10
 ※ガイドが必要

この旅の様子は「2023年・青森県東部巨樹探訪3」でどうぞ。

探訪メモ:
 他に、幹周2.6メートルのイチイもあるそうです。
 サイカチは解説板とともにオープンな環境にありますが、階上町サイトでは「巨木ガイドが必要」としています。
 平野さんは巨樹に熱意のある方なので個別訪問でもご挨拶できれば、とは思いますが、一応留意を。

 バスの去り際、お孫さんたちまで出てきて手を振って下さいました。
 とても気分よく、樹種特有の文化性を学べる機会を得られました。
 ありがとうございます。

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