巨樹たち

山形県西村山郡「大井沢の大クリ」

大きな栗の樹の下で

 山形県、西村山郡西川町。
 かの出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山)を臨む地と言えば通りが良いでしょうか……至る所で雄大かつ険しい景色を眺めることができます。
 立ち込める霧雨の中訪ねたのは、そんないかにも巨樹がありそうな土地柄にふさわしい、日本最大の栗の巨樹「大井沢の大栗」です。

 月山湖を望みつつ県道27号を南下。大井沢の集落で目印を見つけ、林道へ入る。
 ここでもはや「日本一の大栗」「熊出没注意」のパワーワードが並び立ち、なんとも胸がソワソワしますね。
 この看板類は後年リニューアルされたそうですよ。

 林道は、概ねこんな感じの舗装〜未舗装路を2.3キロほど。
 道としてはよく締まっており、特に怖いことはありませんが、周囲は鬱蒼として山の気が濃密に立ちこめます。

 途中、キジが前を横切ったりしましたが、クマーさんに出会すことはなく、駐車場扱いの広場に到着しました。
 雨が降っていましたが、カッパを着込むほどでもない。
 そこから100メートルほど標識の指す方向に向けて歩きました。

 クマサンに出会うのだけは嫌だなと坂道を登って行きますが……
 ふと振り仰いだ時、はっきりと自己主張する巨樹に目が止まりました。
 県指定天然記念物「大井沢の大栗」。
 えっ、これが本当に栗か? と疑ってしまうほどの太さ。
 樹齢や規模を誇張されている巨樹も多いため、「日本一」のラベルを鵜呑みにする気はなく……
 しかし実物を見ると「確かにこれは!」と思わせるものがあります。

 クリという樹種は生長が早く、材は重厚で硬い。おまけによく燃える。
 こんな有用樹を樹の民・日本人が放っておくわけはない。
 かつては鉄道の枕木や炭焼きにも使われたそうで、どれだけたくさんの栗の大木が生えてたんだ……と感心半分、環境の変化に絶望半分。
 現在では、建築材料としてのクリはかなりの高級品ですからね……。

 そして、もちろん秋の美味。
 何と恵みの多い樹なのだろうと感心します。
 種子を植えてから収穫できるまでの年月を「桃栗三年柿八年」と言いますが、ここにも栗の成長の早さがうかがえます。
 この大栗は「シバグリ」という、各種栽培種の原種にあたる野生のクリ。
 落ちていた実もかなり小さく、まるでどんぐりの一種のようです。美味しくなさそうで、残念。

 宮城県「日根牛の大クリ」、山形県「南原の大栗」などは兵庫県が故郷の丹波栗で、足元に大きなイガ栗が落ちていました。
 ちなみに、各県のクリの収穫量を調べてみたところ、1位はダントツで茨城県なのでした。
 これは意外……隣接する千葉県も農業王国ですが、その10倍もの量(5180トン・年)を生産しています。

 ……話を戻して、「大井沢の大栗」は古来から巨樹だと認識されていたため、特別に伐られなかったようです。
 数百年かかって巨樹になったとしても、伐られれば一瞬。
 自然に求める価値とその代償、責任がいかにアンバランスで重大か、考え込んでしまいます。

 実に逞しい。目通り幹周囲はクリにあるまじき8.5メートル。
 樹種特有の「硬く重い」比重感が加わり、スギなどとは全く違った雰囲気をまとっています。
 樹皮はごつごつとして陰影を生みやすく、枝は長く伸びてうねっている。
 ともすればおどろおどろしい見た目になりそうなところ、この巨樹はとても大らかに感じます。
 そろそろ落葉する準備段階だったかもしれませんが、黄緑色の広葉の茂りは視界を明るく照らしてくれました。

 親しみが湧く、逞しくも暖かい樹。
 「大きな栗の木の下で」なんて、ここでこそ歌う歌だったんだろうな……なんて思いました。
 思えば、大きな栗の木の下になんて、入ったことがなかった。
 ああ、こういうことか……と、しみじみ。とても居心地が良かったです。

 日本一のランクは「巨樹・巨木林の会」の計測による。
 それまで「日本一のクリ」争奪戦があったと聞きましたが、今のところは決着でしょう。

 きちんとした解説と観察道に加え、後年、さらにウッドチップが敷かれた模様。保護の厚さに嬉しくなります。
 書かれている通り、この辺りは岩石質な地質で、林道にも頁岩状に剥がれた石がたくさん散らばっていました。
 その目の粗さが理想的な水はけを生むのでしょう。

 東北の自然の代表者に出会った。
 クマへの恐れもどこへやら、気づけば雨中に1時間あまりもそばにいました。

 道を下ってきてふと振り返ると、ああ、はっきりと大栗が見える。本当に「大きな栗の樹」だな。
 木立の間から「また来いよー」と呼びかけてくれているようにも見えました。

「大井沢の大クリ」
 山形県西村山郡西川町大井沢
 推定樹齢:800年
 樹種:クリ(シバグリ)
 樹高:16メートル
 幹周:8.5メートル

 樹種(クリ)幹周全国1位
 県指定天然記念物
 訪問:2019.11

探訪メモ:
 林道は未舗装ですが整備されており、2WDの軽自動車などでも走破に不安はないでしょう(※もちろん冬季を除く。大井沢は東北でも屈指の超豪雪地帯です)
 終点には駐車できる広いスペースもあります。
 樹の周辺では木立が深く、クマ鈴をつけたり、肌の露出を控えたり準備は必要です。

 Googlemapの投稿者さんの写真によれば、2022年の豪雪でまた太い枝が折れてしまったようです。
 この環境で何百年も生きて来たこの大栗です。きっと大丈夫……と思いつつも痛々しい。
 この先も気候変動の波を生き延びてくれることを願いましょう。

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