巨樹たち

徳島県つるぎ町「桑平のトチノキ」

四国第一位、壮大なトチノキ

 つるぎ町もかなりの奥地まで南下してきました。
 道は国道438号ですが、このまま南下を続けるとじきに剣山(1954m)本体にまで至ってしまう……その手前にも丸笹山(1711m)があり、地図を見れば国道の峠にもなんだか(1410)と書いてある。つまり高地です。
 果てまで行っても悪名高い酷道439号に合流することになり、例のスーパー林道……を走るのは今回は遠慮したかったので、ここいらで踵を返して美馬市方面へと戻ることにしました。

 もちろん、ここにある巨樹を見たら。
 実は、予定段階からつるぎ町の巨樹探訪のうちで一番期待していた樹がここにあります。
 「桑平のトチノキ」、四国最大と言われるトチの巨樹です。

 見かける建物の多くは廃屋のようで、急斜面に農作業用モノレールの残骸が朽ちている。
 相変わらず、すごいところまで来たなあと思わせる土地でした。
 唐突に現れた巨樹への標識を発見し、車を停めました。
 この「巨樹王国」がらみの巨樹の標識だけが、周囲の景観の中で唯一新しさを感じさせる印象です。

 あらかじめ調べた限りでは、巨樹へは相当狭い道へ進入しなければならないイメージでした。
 が、現地標識によれば、徒歩で杉林の中の斜面を登っていくことでショートカットできるらしい。
 わくわくゼエゼエしながら登っていくと、あれっ、また廃集落? ここ通っていいの? というところに出、樹? 樹はどこにあるの? と若干慌てますが……

 ありました。
 いや、すぐ向こうに。
 あまりにも樹冠が大きく青々と濃かったせいで、山の一個かと勘違いしたのかもしれません。

 トチだ……馬鹿でかいトチの樹。
 近寄り、樹冠の下に入ると、この実に偉丈夫な幹姿が目の前に立ちはだかります。

 大きい……! 息を呑みます。
 目通り幹周囲8.6メートルという巨樹ですが、このレベルのトチは全国的にも本当に希少です。
 そして、出会えたならば、最大級の重量感と、いかにも「自分こそが巨樹である」という存在感を間違いなく味わわせてもらえることを我々は知っています。
 すなわち、8メートル超えのトチと聞いただけで、たまらず見に行きたくなってしまうのです。

 それゆえに、自分個人としては、このつるぎ町ツアーのメインとしてこの樹を想定していた。
 この樹に出会うために、一番奥まで走るというイメージ。
 この樹が想像通りだったなら、これ以上奥地へは無理に踏み込まなくてもいい……引き返してもいいかな、とさえ。(いや、半分以上、ビビってるんですけどね……)
 そのように、いやがおうにでも高まった期待にも、この樹は余裕で応えてくれました。 

 主幹の大きさもさることながら、望むがままに広げた広大な枝張り面積が本当にすばらしい。
 例えば、長野の「赤岩のトチ」のように、幹周囲ではこれよりも大きなものもいくつか存在しますが、枝張りにおいてこれほどまでに優れたトチは他にないのでは?
 ……そう思えてしまうような広さ、そして樹冠の濃さです。
 直下では薄暗くてISO感度を上げなければならないほどです。

 この、広葉樹の大きな樹冠に抱かれる幸福感というのは、言葉に表し難いものがあります。とてもスギやヒノキなどの針葉樹には真似できない。また、常緑のシイや、葉が細かいケヤキ、クス、イチョウとも全く違います。
 気が走るがままにたくさんシャッターを切りました。
 同じように、写真だけ見ていただいて、この樹の魅力を感じ取っていただくのがいいかと思います。

 「巨樹」の後にいかなる疑問符も受け付けないような、素晴らしい巨樹ぶりです。
 今年のここまで、このトチよりも素晴らしい巨樹に出会っただろうか……と思い出してみると、ううむ、暫定ナンバーワンだと答えてもいいかもしれません。
 樹齢は推定500年ほどとされており、この岩のような体躯からすれば、もっと古代から生きているという伝説があっても不思議ではないですが、一方で、この樹勢はまだまだ先を感じさせてくれる。
 そこを考えると、それくらいが適正なのかもしれません。

 夢中で撮っていると、かすかに奇妙な匂いが鼻をくすぐってきます。
 なにか、ちょっと酸っぱいような……当日はかなり暑く、自分が汗臭いのか、それとも蚊除けの匂いなのだろうかと思っていたのですが、同行のお二人も嗅いでいたことが確認できました。
 どうやら原因は足元にいっぱい落ちているこれ……つまり、トチの花だったようです。

 1センチくらいの細かな花で、枝についている時はトウモロコシ状の穂のようにびっしり固まっている。時期を終えたそれが次々と落花し、静かな周囲に、ぱたぱたぱた……と絶えず音を立てているのです。
 トチの花とはこんな感じなのか……花といえどいい匂いの花ではないのだな。笑
 トチを日常的に見かけない平野民には、とても新鮮な体験でした。

 2本の合体樹であるという説もあるようですが、確かに、並立したように横幅が大きい。
 大枝が豊かに発達しているせいで、上部でもしっかりと大きく、ごつごつとしている。
 トチは「栃」の他に「橡」とも書きますが、全く、この規模の巨樹ともなると、樹木の中の「象」と書くのにふさわしい巨大さを感じます。
 その辺りの感じ方は、幹周囲や樹高の数値の話じゃないんですよね。

 この樹を切ろうとしたところ、どこからともなく謎の行者が現れ、「切れば祟る……」と言ったとか。
 それ以来、切ろうとはされず、大きく育ったといういわくがあるらしいです。

 今やトチの巨樹は全国的にも大変希少で、切り立ったような深山や、こうした秘境のような場所にひっそりと生育しているものがほとんど。 
 しかし、目の前にできたならば、やはり断然素晴らしい。

 森や山や自然の恵みというべきものを体現してくれているようなこの幸福感を味わえるなら、険しい道のりを越えてでも会いに行きたくなってしまいます。

 枝張り範囲の広さは直線にすると最大50メートルを超える。
 これほど豊かな茂りを保って生きているトチの巨樹が、あとどれだけあるのだろうか……と考えてしまいます。

 葉が盛りのこの季節に巡り合えて本当に良かったです。
 まさにつるぎ町巨樹めぐりのメイン格。
 再び会いに出かけたい樹が、また一本増えました。

「桑平のトチ」
 徳島県つるぎ町一宇桑平
 推定樹齢:500年
 樹種:トチノキ
 樹高:20メートル
 幹周:8.6メートル

 県指定天然記念物
 樹種(トチ)幹周四国1位

 訪問:2019.05

 探訪メモ:
 我々は徒歩で向かいましたが、車で道を回り込めばトチノキの上に出るようです。
 そちらには駐車できるスペースもありました。
 その場合はセットで訪ねるべき「桑平堂の大スギ」の方に先に出会います。

 変な匂いがしたと書いてしまいましたが、トチの花は大変に蜜が多く、日本養蜂協会「日本の主要蜜源」によれば、

「トチノキはシナノキとともにわが国山のみつ源の王座を占める。他 の山のみつ源樹と同様、年切の傾向があり年々不同。雨量が多く、 気温の高いことが流蜜を多くし、条件さえよければ1􏰁群30􏰅􏰃kgにお よぶことがある。」

 ……とのこと。驚くべき豊かさです。
 森の恵みの象徴のような大広葉樹。大切にしたいものです。

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徳島・高知 四国巨樹探訪旅3

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