巨樹たち

秋田県横手市「筏の大杉」

老秋田杉の終焉を感じる

 横手市の山間にある筏(いかだ)地区。
 ここに、秋田杉の中でも最大級と目される巨樹を訪ねました。7年ごしの再訪です。

 短い石段の先にあるのが比叡山神社。
 その名からして神仏習合抜きには語れない神社ですが、ここは特に「三十の守護神が日替わりで祀られる」という独特な形式をとっているのだそうです。

 拝殿より一瞬遅れて視界に飛び込んでくるのが、「筏の大杉」。
 その巨大な気配は、周囲の他のスギとは全く違う。
 Yの字型に分岐しつつも、単幹部分は地上6メートルの高さがあり、データベース数値によればその幹周囲は11.8メートルとされている。

 ……しかし、その威容に対する感嘆よりも先、悲鳴に近い声をあげてしまいました。
 右の幹が折れている。しかもこれは相当な規模です。
 県指定天然記念物として知名度があり、実際のアクセスも難しくはない。再度のリサーチはしなかったのですが、それがまた現場で受けるショックを高めてしまいました。

 改めてGooglemapのコメントを読むと、1年ほど前に「折れている」と書いておられる方がいらっしゃる。
 それでも、折れ枝の葉がまだ青い。その後も多段階的に崩壊した……?
 もちろんこれが大杉の葉であるなら、ですが……。

 なんとも痛々しい。右側の幹、というか右半身全体にすでに生気が感じられませんでした。
 そもそもがこういう樹形の巨樹。互いに外側に倒れる力が発生してしまうため、これ以上角度が開かないようにロープで牽引されていました。

 しかも、Y字型の又になった部分には、かつてヤマザクラが2本も着生していた。
 「昔は大杉の根本で花見を楽しんだ」というエピソードも地元の方から聞きましたが、そのサクラ自体も樹齢60年ほどあり、大型化してスギの樹勢を脅かしたため、98年頃に伐採されたそうです。

 サクラの着生は宿られる方としては厄介。珍しい花見景色のため、サクラの方が大事にされてしまう傾向がある。
 結果、岩手県「毒沢のサワラとサクラの寄木」「らかん児童公園の栗割桜」など、奇妙な巨樹が残っています。
 この大杉の場合、サクラが取り除かれた後も同じ個所にウルシの木が育っていた。現在見えるスギの若い枝は、大杉自身が発したものなのか、それとも若い着生個体なのか……。

 巨杉はどれも多少は幹内に空洞を生じているものですが、「筏の大杉」は、独特な双幹形態が不利に働き、引き裂く力がすでに根にまで達してしまっている。  
 もう長くはないだろう……。どうしてもそう感じずにはいられない姿でした。
 秋田杉の古老に会うならば、どうか旅はお早めに。そうお伝えせねばなりません。

「筏の大杉」
 秋田県横手市山内筏植田表49
 比叡山神社
 推定樹齢:1000年
 樹種:スギ
 樹高:43メートル
 根周:11.8メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2016.8、2024.4

探訪メモ:
 幹線道路からも迷わず行けるように点々と案内が続いています。
 神社の手前には駐車場やトイレもあります。

 樹勢保護のため近づけませんが、横手市の公式サイトにヒューマンスケール写真を発見。改めて、巨大なスギです。

2016年8月訪問時

 往時の「筏の大杉」の姿も載せておきます。
 右幹の状態、又になった部分の着生植物などに差があります。

 天然杉である秋田杉は成長がゆるやかで年輪が詰まるため植林のものより強度に優れている。大館の曲げわっぱなど工芸品の材としても有名です。
 秋田杉の巨樹としては他に「法内の八本杉」などもありますが、近年まで知られていなかったものが多いようです。
 その分、巨樹として古くから名を知られていた「筏の大杉」の存在感は大きかった。そう言えるかもしれません。

 訪問時の書きものを見ると、「大杉の管理を自治体から任されているお爺さんにお話を聞いた」とありました。
 周辺の草刈りもされているそうで、主幹の亀裂をとても心配しておられました。
 「杉も人間も一緒なのかね、最近では周りに肥料を撒いても元気になんないんだよ。草ばっかり生えちゃってね……」
 言葉は素朴ながら、「自分自身もこの大杉を見て育ったのだ」という尊敬と愛情を感じたこと、よく覚えています。

4件のコメント

  • to-fu

    これは…実際に巨大な幹がへし折れて横たわっている姿を見るとショックですよね。
    私も岐阜の伊野一本杉が倒壊しているのを見て言葉を失いました。

    しかし狛さんが書かれているように、裂けつつある幹の付け根を見ても来るときが来てしまったのだなという印象です。
    恐らく先の訪問時から既に衰弱していて時間の問題だったのでしょうね。写真を見ているだけでも「よく頑張ったな」と
    声が漏れてしまいました。恐らくここから快復に向かうことはないのだと思いますが、少なくとも管理者のお爺さんが
    生きているうちは裂けかけた右の幹にも頑張って生き続けてもらいたいですねえ。

    • to-fuさん
      再訪なのもあり、なおさら前情報ナシで見に行きましたが、今回はショックの方に振れました。
      何百年、千年とあり続けたものが、あともう本当に残り幾ばくもなくなっている、「現在」という時を痛烈に実感します。
      相当ダメージはあるはずですが、それでも立っている姿をまた見られただけでもありがたい。そんな感謝も湧いてきました。
      樹形が樹形ですから、弱った幹の倒壊に引き裂かれる可能性も高そうですが、この根本の姿にはどことなく「石徹白の大杉」を思い出すんです。
      あのスギも、もしかしてああなってからが長かったんじゃないのか。そんな想像もしてしまうんですよね。

  • RYO-JI

    このスギ以外にもロープ等でこのように固定されている巨樹を見た事がありますが、
    何となく大丈夫だろうという思いをもって帰っていたように思います。
    しかし現実にこのような姿を目にして結構なショックを受けました。
    ましてや以前に訪問している狛さんは、より大きな驚きとともに衝撃を受けたでしょうね。
    本来の寿命以上に生かされていたと言うこともできますが、やはり残念という気持ちはありますね。
    せめて左側の幹が元気に生き続けて欲しいものです。

    • RYO-JIさん
      仙台の「東昌寺のマルミガヤ」がそっくりな状況ですが、このスギの巨体ぶり、この対策の限界を行ってるんじゃないか、と。
      分岐したまま大きくなっていった巨樹の宿命ですね……。
      大切にされている巨樹で、囲いも広く(時計で言うと2時~7時くらいの角度範囲でしか撮れない)、それだけに漠然と「変わりないだろう」と思っていたんですが。
      ここからまた生きてほしいと願う一方、会いたい方は今のうちに、ですね。

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