巨樹たち

岩手県花巻市「毒沢の栃の木」「サワラと桜の寄木」

一億年前の花崗岩に根を張る

 あまりにも異質なその地名ゆえに頭から離れなかった「毒沢(どくさわ)」
 実は信州や東北には同名地がいくつかあるそうです。気になる由来としては、

 ・アイヌ語の地名を当て字した
 ・温泉の有毒成分で沢の魚が死んだ
 ・川の蛇行を指す言葉「どう」が変化した
 ・武田信玄が金鉱脈を隠匿するためにイヤな感じの地名をつけた

 ……などですが、岩手県東和町(現花巻市)には中世に毒沢城という城があり、その主人が毒沢氏だとされています。
 まあ、このケースでも、毒沢という地に移り住んだからそう改めたとも読め、毒沢=濁沢だったとの解釈もあるようです。

 巨樹として有名なのは、実は下記する「毒沢のサワラと桜の寄木」の方。
 しかし、そのわずか数十メートル手前に、このトチノキの入り口を示す看板がありました。

 未舗装の農道を入っていき、農家らしきお宅の前を歩いていきます。
 探訪当日、ご家族で農作業されておられたので、会釈を交わしました。

 途中から田んぼのあぜ道になり、雑木林に突き当たります。
 小さなため池があり、その脇に写真のような立て札がある。ここが入り口。
 この時期ならまだ枯れていますが、5月以降ともなると草丈が高くなるかもしれません。

 50メートルほどの距離を、ちょっとビクつきながら進んでいく。
 薄暗い木立の中に巨人のような存在感が浮かび上がり、思わず身がすくみます。
 これが「毒沢の栃の木」

 まず驚くのが……いや、そう、想像以上のトチの幹の逞しさ、それもそうですが、根元にある巨大な岩塊もです。
 こんな地形だとは想像もしていなかった。

 こういう岩がゴロゴロしている地形に生育している巨樹といえば真っ先にカツラを思い浮かべるところ、こんなトチノキが唐突に、デンと立っている。見覚えない取り合わせでした。

 市指定天然記念物(昭和51年指定)ということですが、有名な巨樹ではない。と思います。
 上記したように、同地の「寄木」が書籍に載っていても、このトチの言及を読んだ記憶がありません。
 しかし、言うまでもなく見るに値する立派なトチ巨樹。この時期だと当然葉がありませんが、足元には実の殻が落ちていて、四季の営みを確認できます。

 で、この巨岩。この正体も、実は現地で明らかになりました。
 ここから車で数分の距離にある「冠山(かむりやま) 蝙蝠岩(こうもりいわ) 弘法大師霊場」というところで……

 ここにもそっくりな巨岩が岩屋のように鎮座しているのです。
 そして、解説によればこの巨岩、「中生代白亜紀(一億五千万年前)の火山活動によって造られた花崗岩」なのだそうです。

 面白いじゃないか、こういうの!(タモリさんの番組なのか?)
 「毒沢」の字から水流のイメージがあった。トチの足元の岩塊にも土石流を想像し、カツラの巨樹が頭に浮かぶ。そういう思考ルーチンでした。
 しかし、違った。この地で巨岩を動かしたのは水の激流ではなく、火山活動に起因する地殻変動だった。
 さしずめ関連巨樹として近いものといえば、福井県「岩屋の大杉」だったか。

 トチの周辺はとにかく苔むした巨岩だらけで足場がおぼつかない。巨岩と巨樹の威圧感にも気圧されてしまうし。
 落葉時期でもあって、これぞという一枚が撮れなかったのが心残りではありましたが、このトチの存在を知っただけでも収穫でした。

 興奮気味に戻ってくると、作業されていた奥様が声をかけてくださいました。
 やはり代々管理されておられるご一家だそうで、
 「もうすこしキレイにして、気持ちよく見てもらえたらと思っているんですけど、あんな風ですみません」
 いやいや、とんでもない! 急にお邪魔して恐縮なのはこちらの方です!
 幹周5メートルを超えるようなトチノキは今や珍しく、巨樹好きにとってはスペクタクルの塊です。などと伝えたと思います。とにかくご厚意に感謝。

 印象的な巨樹ですし、葉のある時期に再訪したくなりました。

「毒沢の栃の木」
 岩手県花巻市東和町毒沢6区105
 推定樹齢:430年以上
 樹種:トチノキ
 樹高:15メートル
 幹周:5メートル

 市指定天然記念物
 訪問:2024.4

「毒沢のサワラと桜の寄木」

生き残るのはどっちだ

 巨樹の巷で名を知られているのは、こちらのはず。
 トチノキとは百メートル程度の近所。道路脇に看板があり、土手状の起伏を登る。
 上は集落の墓地になっていて、問題(?)の樹はそこにシンボルツリーのように立っています。

 「毒沢のサワラと桜の寄木」。
 一見してトゲトゲしいというか、控えめに言っても端正とは言い難い樹形。
 その名からしてネタバレしていますが、サワラにサクラが寄生している「寄木」なのです。
 サワラからサクラ。一文字違いで、字形も似てるし、ああややこしい。

 サクラという樹種は実はかなり獰猛で……というと大げさかもしれませんが、あちこちで他の樹に着生・寄生しているのを見かけます。
 花がキレイなので人間に切られない。むしろ喜ばれてしまう。
 しかし、宿主にされた樹としては大問題で、ピンクの花の下、強力な成長力で身を引き裂かれることになります(盛岡市「らかん児童公園の栗割桜」とか……)。

 この「寄木」のサワラからは6本ものサクラが生えていたそうで、巨樹としての大きさよりも珍しさから市天然記念物に指定されたと思われます。
 上記写真でも、全く違う樹皮の幹が突き出ているところ、それによって全体樹形がいびつになっているところも、(ウワ……)と息を呑む痛々しさがあります。

 「地元では『ひば生い桜』と呼ばれています」。
 この一節が、寄生サクラのように胸に刺さってくる……。
 「サワラを生やしたサクラ」だなんて、サワラに対してなんとも残酷な表現じゃございませんかね……

 などと言う資格はワタクシにはありません。
 今回の巨樹巡りはほぼ岩手の花見旅行で、あわよくばこの巨樹でも「咲いてるところを撮れたらいいよなあ」、など、下心満点だったのを認めます。すまぬ、サワラ。

 しかし、咲いていない。というか、どうしてもカスミザクラの樹勢が良いようには見えない。
 枝先につぼみの膨らみを探すものの……ひょっとしたら枯死してしまっているのでは? 

 そう、今や、6本ものサクラがあるようにはとても見えない(2本か?)。
 渡辺典博氏「巨樹・巨木」はじめ何冊かの書籍に写真がありますが、年経るごとに、なんとなく根本樹形が変わっているようにも見える。
 個人的見解ですが、枯死したサクラ部分を撤去する形での「治療」が行われたようにすら見えるのでした。

 サワラの樹勢は悪くない。樹皮の色も良いし、枝先から垂直に突き上げるような勢いも面白い。
 けれども、なんでしょう、デリケートな問題を孕んでいる気がしますね。
 例えば、このサワラが晴れてサクラから解放された時、天然記念物としての地位はいったいどうなるのか、とか……。

「毒沢のサワラと桜の寄木」
 岩手県花巻市東和町毒沢6区109−1
 推定樹齢:300年
 樹種:サワラ/カスミザクラ
 樹高:20メートル
 幹周:3.6メートル(サワラ)

 市指定天然記念物
 訪問:2024.4

探訪メモ:
 駐車場はなく、路肩に停めることになりますが、道路の交通量が案外多いです。
 トチ訪問含め、管理者のお宅に声をかけられるとベストではないでしょうか。

4件のコメント

  • to-fu

    まず地名からインパクトがありましたがなるほど、関東圏には毒島(ぶすじま)さんなんかもいますからね…
    しかしいいですねえ。山歩き装備がほぼ必須のトチ巨樹がこうも容易に眺められるとは。
    トチはあの色鮮やかで巨大な葉っぱの存在感が強いこともあって5m級でもかなり見栄えがいい印象があります。
    東北でも来月頃にはあの汗くさいような微妙な香りの花が咲き誇って見頃のピークを迎えるのでしょうか。
    最近トチノキ成分が不足しているので久々に眺めに行きたくなりました。山歩きするにも悪くない気候ですし。

    サワラの方は…これはイメージどおりサクラが咲いていたらサワラの葉の緑、青空と相まって素晴らしい写真が
    撮れそうなものですが残念ですね。(それこそ知る人ぞ知る巨樹+季節感の合わせ技でカレンダー写真にちょうどよさそう)
    近年の気候の変化でサクラの枯死が目立つと聞きますが、いずれサクラも身近な樹木ではなくなってしまうのでしょうかねえ…
    国全体が亜熱帯化しつつあるので心配です。

    • to-fuさん
      巨樹巡りの地名に注目するのも面白いですよね。「毒」とか「悪」とか、こういう字をあえて使う理由や文化を知ってみたい……。
      こんな巨岩のそばに植えるだろうか? というのがひとつ、それでもここも旧家の敷地の奥には違いないので、青森の「茨島のトチノキ」のように飢饉時の備えとして植えたものかとも考えました。
      巨樹とともに、そこに300年も400年も変わらず人の営みがあるのはすごいなと。「毒」という字を使っても別段不吉ではないのだなあとも感じました。
      惜しむらくは、やはり季節ですね。夏のトチ巨樹を知ってしまうと、花見同様に足を運びたくなりますねえ。

      「寄木」は、平成9年の岩手日報社の本に咲いてる写真を見つけました。
      サワラ自体濃密な樹冠を作っていないのと、サクラが斜めに突き出したように育っているので、樹上レベルでは別々の樹に見えますが、確かに奇妙な取り合わせです。
      が、この時代はまだフィルムでしょうし、不鮮明とまでいかないながらも、ああもうちょっとこう、と。笑
      しかし、時代によって状態が変わる。カメラある時巨樹はなしか、と残念に思うことも増えましたが、生き物ゆえですね。
      福島で集中治療されてた「馬場桜」が、今年ついに咲かなかった……というニュースもありました。
      気候変動もここまで来ると、絶対影響ありますよね……。見られるうちに見ておきたいです。

  • RYO-JI

    すごい地名ですねぇ。
    その由来を突き詰めると本が一冊出来そうなくらい何かありげなインパクトがあります。
    そして地名に引っ張られるようにおどろおどろしいトチを想像してしまいますが、
    さすがは5m超えのトチだと素直に『おおー』と感嘆してしまいました。
    是非とも新緑の時期に眺めてみたいもの。
    今まさに見頃じゃないかと狙っているトチの様子を想像してしまって落ち着かなくなってきました(笑)。

    おかしな言い方ですけど桜はちょっと卑怯ですよね。
    桜と言うだけでイイ奴的な扱いを受けるじゃないですか?
    まぁ自分もそう思ってしまう一人ですが、このサワラはお気の毒でしかありませんね。
    とは言え、綺麗に桜が開花している状態は見事でしょうねぇ。

    • RYO-JIさん
      一度目にしたら忘れないような地名ですよね。由来を調べると中世まで一直線なのも岩手県らしいといえばらしいです。
      「幹周5メートル」だけ聞くとそうでもない気がしますが、トチ巨樹がこれ以上のサイズになると同時に腐朽損傷の度合いもぐんと上がるようにも思いますし、このくらいのサイズのものを選んで見に行くのが結果的に良いと言えそうですよね。
      宮城と岩手でも気温差がだいぶあるんですが、宮城の街路のトチは昨日花をつけてました。良い季節の巨樹も見に行きたいですねえ。
      この樹だったら危ない山登りも必要ないし……でも多分クマは出ますね。

      先日読んだんですが、万葉集にはあまり桜の歌がないらしいですね。一番多いのは梅だそうで、桜はベスト10にも入らない。
      その後の西行が熱心に詠んだ桜の歌が、おそらく今の日本人の心に至る原型を作ったようです。
      儚いものの象徴のように捉えられがちですが、それは姿としてのもので、生態にはなかなか強さやしたたかさもありますよね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA