巨樹たち

岩手県大船渡市「大船渡の三面椿」

日本最古説もあるツバキ巨樹

 岩手県での桜巨樹巡りがここ近年の春の楽しみになっていますが、他にも気になる「花の巨樹」がありました。
 それがこの「大船渡の三面椿(さんめんつばき)」。

 昨年訪ねた「三陸大王杉」とは直線距離ではさほど遠くないながら、入り組んだリアス海岸のいわば半島違い。
 手前の陸前高田ICで三陸沿岸道路(無料の高速で青森まで縦貫可能!)を降り、大震災後築かれた巨大な防潮堤に行き当たるまで海方向へと進みました。

 集落へ至る道は細くなりますが、「三面椿」のある熊野神社前には、数台分の駐車場と水洗トイレが整備されています。ありがたい。
 (写真は防潮堤を背にして神社に向かったところ。魚屋さんの壁面にツバキの絵と復興感謝のメッセージが。)

 4月中旬の訪問。2024年はなんだかんだ平年並みに近いペースだと思いますが、熊野神社のソメイヨシノはちょうど満開です。
 その手前に陣取っているのが「大船渡の三面椿」。立派な碑には、「日本最大・最古の椿」とあります。

 ツバキは、サクラよりも寒い時期に見ごろを迎える。
 それは知っていましたが、岩手県で最も海側に位置する巨樹である上(=ちょっと暖かいに違いない)、巨樹が並みの個体と同じタイミングで開花すると考えるのも早計だ……
 とか2月頃から考え込むうち気温がどんどん上がり、スタッドレスタイヤの交換スケジュールまで絡み始め、気づけばサクラ前線が岩手に達している!
 ……結局、よくわからないまま出発。そんな感じでした(いつも通り)。

 ツバキは通常、いわゆる巨樹(地上1.3メートルでの幹周3メートル以上)にまで成長する樹種ではない。
 その例を覆した個体が環境省巨樹DBに載っているわけですが、「ツバキ」は全国で16件、「ヤブツバキ」も全国で16件の登録があります。
 ……検索して変な手ごたえを感じてしまったのですが、この「大船渡の三面椿」、DB登録がありませんでした。
 おそらく、株立ち的な性格が高く、「根」周囲数値で通じているためでしょうか。看板にあった「叢冠樹」という言葉にも、そういった意味を感じます。
 「日本一」と謳うと必ずライバルが出現するので、現実やディテールを踏まえたいものです。

 いや、それでもこうして見るべき角度から見れば、その存在感は大したものです。
 束となった幹、その塊の大きさは巨樹と呼ぶに不足ないものでしょう。
 一本のツバキの樹冠の下にすっぽり入るなんてのも、そうそうできる体験じゃないはず。

 惜しむらくは、「平成14年10月1日の台風被害で主幹二本が折損、樹形のほぼ半分が失われました」との注記。
 残念なのは当然ですが、この倍近くもボリュームがあったのか!? と、往時の巨樹ぶりを想像して再度驚きました。
 確かに、古い写真を見ると、株中最も太いとおぼしき幹がこの反対側にあり、放射状に丸い樹冠を作っていたようです。

 やはりダメージが大きかったのでしょう、現在、葉がやや薄くなっている気がしました。
 1400年という途方もない推定樹齢は、神社建立からのものでしょうか。
 そこまではなくとも、超高齢による疲れのような感じがにじみ出ているかのようでした。

 そう書くと余命いくばくもないかのようですが、半壊からも20年以上が経過しているわけで、じっくり粘り強く生きているとも言えそうです。生育の遅いツバキならではの感触とも言えるかもしれません。

 「三面」という独特な名称に、カオが三個ある鬼でもいたんじゃないか、などと勝手に想像していましたが、違いました。笑
 「かつて熊野神社の東、南、西の三方にツバキがあった」、その東株の生き残りなのだそうです。
 探すと、現在、他方位にも若いツバキが復元植樹されている。これは大船渡東高校農芸化学科の生徒さんたちが倒れた三面椿から採取した穂木から育てた二世樹なのだそうですよ。
 地元の想いが伝わってくる良いエピソードです。

 歩け歩けの方々が立ち寄り、一気ににぎやかに。
 当地、碁石海岸周辺はヤブツバキが生育する太平洋沿岸の北限地。自生のヤブツバキは地元の方にとって日常に溶け込んだ花なのだそうです。
 車で5分ほどの距離には「世界の椿館・碁石」があり、名前の通り世界の多様なツバキを鑑賞できたり、ツバキ祭りが催されたりもしています。

「大船渡の三面椿」
 岩手県大船渡市末崎町中森
 推定樹齢:1400年
 樹種:ヤブツバキ
 樹高:17メートル
 根周:8メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2024.4.13

探訪メモ:
 ツバキの花のピークは桜より早い。「三面椿」の場合は、三月中旬から四月初週が見ごろではないでしょうか。
 同じく大船渡「三陸大王杉」「常膳寺姥杉」などと併せてコースを組むのも良いと思います。

 防潮堤に視界が遮断されるようになってしまいましたが、上ってみると、三陸リアス海岸が一望できました。
 海がとても美しく、集落の雰囲気ものどかで心地いい。いうまでもなく海鮮もウマイ。
 この旅はこれ以降内陸に入ってしまいましたが、またぜひのんびり訪ねたい風景です。

4件のコメント

  • RYO-JI

    椿の巨樹は大変珍しいですね、というかそんな印象は皆無だったので大層驚きました。
    椿自体は珍しい樹種でもなくよく見かけますし、樹冠が大きいのもそれなりにあるように思います。
    ですがいずれも巨樹感はなく、幹がここまで太くて巨樹と呼べる椿はまるで別物と言っていいでしょう。
    しかもこれが半壊後の姿だなんて、最大最古の椿と名乗るに相応しい存在かと。

    二世樹育成のエピソードも微笑ましくて良いですね!
    若い世代に地元の自慢の樹を知ってもらう、関わってもらうのは将来的にも何かと期待が持てそうです。

    • RYO-JIさん
      なかなか珍しいですよね。渡辺典博氏「巨樹・巨木」などでも何本か掲載されていますが、どれも特有の雰囲気があって気になります。
      こういった樹種は、ものによっては(幹周3メートルではなく)1~2メートルで巨樹とすべきだろうというような動きもあるようですね。
      株立ち感はありますが、一樹として扱える中では全国的に見ても最大級ではないでしょうか。
      ツバキというとどこか地味で陰な感じですが、この熊野神社の雰囲気は明るく、とても良いところでした。
      地域の宝として知られてほしい巨樹だと言えます。

  • to-fu

    京都北部にも「滝の千年ツバキ」というヤブツバキの巨木があり、なんとなくサイズ感や雰囲気が似ています。
    正直なところ巨樹として眺めに行くような樹木ではありませんでしたが、満開時は標準サイズなら控えめなツバキの
    花の香りが存分に楽しめて、見ごたえも相当なものなんだろうな…という感想。
    (要は私の訪問も満開時期からあまりにズレすぎていたため、見栄え的にも香り的にもイマイチなまま終わってしまいました。)

    どちらの推定樹齢もかなり眉唾ですし実際ツバキがどの程度の年月を生きられるものなのか想像も及びませんが、
    長生きしてもらいたいですね。ツバキの満開時期は冬の低いテンションの延長線上にあるのでどうも積極的に
    見に行ってやろうという気分にならないんですけど、一度巨大ツバキの現物を見てしまうとやはり一度くらいは
    満開を撮影したいと欲が出てきます。しかしいざ冬になるとやっぱりテンション上がらないんだよな…

    • to-fuさん
      「滝の千年ツバキ」、渡辺でも読めました。いやあ、見事ですね。
      この「三面椿」よりも幹が直立傾向で(よく見ると束感がありつつ)、素直に巨樹として評価しやすいようですね。
      仰られる通りで、ツバキの花見に行くというのはかなり通好み。笑 寒いうちに動き出さないといけないですよねえ。
      しかもあのボリュームのある赤い花がびっしりつくと何とも言えない重みがある。サクラみたいに華やかというより、凄みが出てしまうでしょうね。
      その辺を意識して撮れたら面白いとも思います。

      「滝の千年ツバキ」は推定樹齢1200年、同じ本の広島県「山中福田のツバキ」も推定樹齢1450年とあり、真に受けるととんでもない長寿樹種ということに。こういう数値には何か通底する根拠があるんだろうか? と興味深くも感じました。
      古くから植物油の代表樹種だったはずで、民俗、産業的に追えるんだろうか? と。
      イチョウに通じる面白みも感じるので、そこがまた別のツバキ巨樹を訪ねる動機にもなりそうな予感です。

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