巨樹たち

神奈川県足柄下郡湯河原「五所神社のクス/イチョウ」

黒い果実の絨毯爆撃

 「成願寺のビャクシン」を訪ねた後、同じく源頼朝つながりだという五所神社まで歩いてきました。
 立地上、まず変わったフォルムの大イチョウが視界に飛び込んできますが、ガイド通りに「楠木パワー」獲得を目指してみます。

 「五所神社のクス」は、鳥居を入ってすぐの位置に立っている。
 幹周は8メートルを超え、神奈川県でも有数の大クスと言えるでしょう。

 背が高く(樹高40メートル)、縦横比率的にスマートな印象を残す巨樹だと言えます。
 遥か上空に養生キャップが施してある……大切にされているご神木なんだなと実感します。

 平成9年5月1日、「五所神社のイチョウ」、「産土八幡神社のクス」とともに町指定天然記念部に指定されている。
 意外と最近の出来事なのに驚きますが、由緒ある神社のご神木なので、天然記念物指定されずとも一定の敬意と保護は受けてきたでしょう。

 見学コースに入っているらしく、修学旅行生が楽しそうに石段を上っていく。
 自分もあのくらいの頃、ああして鎌倉の鶴岡八幡宮を訪ねたなあと。
 あそこの大銀杏が倒壊するなんて夢にも思いませんでしたけど。

 クスの前にはベンチとテーブルがあり、神社が混雑する時期でない限り木陰でゆっくりできそう。
 しかしこの時は、奈良公園の鹿のうんこかと見まごうほど(奈良公園はもっとすごいか笑)クスから大量の実が落ちていて、とても腰かけられないくらい汚れてました。
 当然、鳥たちは大喜びで、頭上からは途切れることなくさえずりが聞こえる。
 ああ、いいなあ……と微笑むも、案の定フン攻撃をくらう。

 解説では樹冠を心配されていますが、こうした営みからは樹勢のよさを実感できます。

 そして、ここにも湯河原市観光課がセットした例のパワー窓が(「成願寺のビャクシン」も参照を)。
 神社設置の解説は簡素なものしかないので、この際、蘊蓄をありがたく頂きます。

『湯河原を開拓した人々が信仰し、昔からご利益があるとされているスポット。
 五所神社の親神さま天照大神の力を授かった楠木と云われています。
 源頼朝が先勝祈願をした楠木。幼木だったこの木に「苦難にも打ち勝ち、互いに生長を誓おう」と声を掛けたと云われています。
 あなたも楠木の巨木に触れ健康・安全・勝利のパワーを授かりましょう!』

 ネット検索すると、「健康・長寿・ボケ防止の力を与えるパワースポット」ともある。
 設置にあたって、このパワー窓にも、念入りに祈祷が行われたようですよ。

 考察という名のつまんないツッコミをしてみるなら、クスの幼木にわざわざ声を掛けるもんかなあ? と。
 しかし、下記する「明神のクス」もほぼ同年の個体と推測されており、頼朝が先勝祈願した頃、この一帯には若いクスが多かったのかもしれない。
 もし神社の植樹が計画的だったとしたら、あえて幼木に注目するシチュエーションも生じたかもしれませんよね。
 「頼朝サン、ぜひこの若輩クスに声かけてやってくださいよ」とか頼まれれば、断りはしなかったでしょうし……
 いや、真相は全くわからないですけども。笑

 あえてお手植えとせず、乗馬鞭をぶっ刺してもいず、より若い「産土八幡神社のクス」を無理に関係させてもいない。
 現世利益的パワーゲット! を謳っても、どうにも歴史成分が濃くなってしまうのはちょっと不器用でもありつつ、伝承と歴史の境界線をきちんと見極めているところに好感が持てました。

「五所神社のクス」
 神奈川県足柄下郡湯河原町宮下359−1
 五所神社
 推定樹齢:850年
 樹種:クス
 樹高:36メートル
 幹周:8.2メートル

 町指定天然記念物
 かながわの名木100選
 訪問:2023.2

探訪メモ:
 湯河原駅からだと徒歩1キロほどの距離。
 メインストリートを歩けば坂道苦もなく、旅情を感じながらたどり着けます。

 五所神社の駐車場が利用できますが、有名な神社なので、年末年始や七五三の時期には簡単に埋まってしまうはず。

「五所神社のイチョウ」

傾斜角30度のご利益カタパルト(?)

 大クスがご神木なら、五所神社の前衛を務めているのがこの大銀杏。
 まずこの威容に驚かされる人は多いはずです。

 根幹部は老朽化していて大きなウロもありますが、萌芽枝の数を見ても一定の樹勢を確認できます。
 肉食恐竜が前のめりにこちらを威嚇してるようにも見える。
 きっと初夏からはわけのわからない(意訳:『イチョウ巨樹らしい』)ミドリのカタマリと化すに違いありません。

 周囲にギンナンの気配がないのと、気根(乳柱)を生じがちなところからして、雄の樹ではないか? と勘予想。違ってたらごめんなさい。
 上記のキャンペーンにおいて、残念ながらイチョウパワーは主張されていないので、情報は幹周と樹高のみですが、南側に30度も傾いていて、樹高25メートルなのか、全長25メートルと言うのが正しいのか、ちょっとわからない。
 同じく傾斜族(?)の巨樹、長野県「臥雲の三本杉」を彷彿とさせますが、もちろん災害の影響でしょう。
 頂部には黒く炭化した箇所があるようで、落雷が原因で……こうなる?

 玉垣から身を乗り出しそうな姿勢と放射状の無数の枝からして、神社のパワーを外へと解き放つカタパルト、滑走路、加速器、アンテナ……そういうイメージを抱いたのは自分だけでしょうか。
 クスが理性的な姿をしている分、パンクスなイチョウにも感じます。

「五所神社のイチョウ」
 神奈川県足柄下郡湯河原町宮下359−1
 五所神社
 推定樹齢:800年
 樹種:イチョウ
 樹高:25メートル
 幹周:8.8メートル

 町指定天然記念物
 かながわの名木100選
 訪問:2023.2

 五所神社にもう少し触れれば、クス、イチョウの巨樹以外でも、社叢も鬱蒼として見事。

 準巨樹レベルのナギ(と思う)、多数のイヌマキもあって、どんな樹木が生育しているか探索してみるのも楽しいです。

「明神のクス」

 五所神社は巨樹探訪において大変おトクなスポットです。
 上記のクス、イチョウに加え、道路を挟んですぐ向かいに「明神のクス」が鎮座しているのですから。

 幹周値を見るなら、実はこのクスが最も大きい。
 というか、近年の「巨樹・巨木林の会」の資料だと、幹周は1560センチとされていて、これだとかの「箒杉(1200センチ)を超える神奈川県最大の巨樹ということになる。
 ですが、この、いまいち「鳴り物が鳴ってない感じ」、どうしてなのでしょうね。
 実物を見て考えよう。

 立地もそうですが、初対面で出た言葉はこれ……「一里塚?」。
 マウンド上に植えられたクスが生長に従ってそれを飲み込み、この形になったのではと。
 つまりその場合、地上1.3メートルで計測したとしても、それは「根」ではないのか? 疑惑。
 それと同時、そうアイツ、秋田県「吹張の大槻木」の異常なるビジュアルが脳裏を駆け抜けていくわけです。
 特に五所神社のスマートなクスを見た後だと、ふむ……と考え込んでしまいそう。

 根周辺には朽ちている部分もあり、相当長い年月を経ている感じがある。
 その昔はここも五所神社の境内だったらしく、百メートルほど南の千歳川(現在、ここからは見えない)でみそぎを行い、このクスを下を通って五所神社へ向かうのが決まりだった(解説板)。
 つまり、この「道」もそれほどに古く、クスは絶えず道端の樹として存在していたようにも読めます。

 計測高さが変わると数値が大きくブレる樹形であり、環境省巨樹データベースでは幹周11.8メートルと報告されていたりする。
 「五所神社のクス」より早い昭和54年に町指定文化財とされているのは、おそらく、神社境内にないことで(あるいは道路に近い立地のせいで)別個に保護が望まれる向きがあったのではないか、と推測。
 登録上は史蹟で、天然記念物ではないので、湯河原市のホームページにも取り上げられていませんでした。
 ここもちょっと一里塚っぽい扱いで、巨樹としては箔がついていない……のかもと。
 何にせよ、巨樹の驚異の能力と可能性、それを長大な年月見守り続けた土地の人々の姿勢を示している姿には違いないでしょう。

「明神のクス」
 神奈川県足柄下郡湯河原町宮下353
 推定樹齢:850年
 樹種:クス
 樹高:15メートル
 幹周:15.6メートル(諸説あり)

 町指定文化財
 かながわの名木100選
 訪問:2023.2

探訪メモ:
 本当の意味で、「五所神社の目の前」にあります。
 「五所神社」バス停下車なら0分。
Door to Tree(?)です。

 というか、県外観光客がここで下車したら、「なるほど、五所神社のクスはコレだな!」と勘違いして楠木パワーを賜ってしまいそう。

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