巨樹たち

北海道勇払郡「不思議な泣く木」

アイヌの哀しき魂が宿る

 記念すべき北海道の巨樹第一弾!
 ……というには行き当たりばったりな訪問になってしまいましたが、まさに北海道らしい、北海道にしかありえない巨樹を見つけてしまいました。
 その名も「不思議な泣く木」、そう、いわくつきの樹です。

 広すぎる上、一部の有名どころを除き情報乏しい北海道の巨樹。
 この「泣く木」の存在は地図で知ったのですが、このインパクトある名前、無視して通れなくなりました。
 なんでも道路を作る工事の際に再三切ろうとしたが、その度に泣き声をあげるため、ついに切られないで残された樹だという……。
 何を隠そう、怪談奇談の類はマニアの域のワタクシですので、このテの樹の存在はもちろん知っていました。
 現実に出会う機会が巡ってこようとは。

 10月も半ば、北海道の圧倒的な紅葉を停まっては撮りしていたら、あっという間に日が暮れ始め、空気もどんどん冷たくなる(15時で10℃)。
 焦りが芽生え始めた時、ひときわ大きな一本立木が路肩に出現したのです。
 何やら解説板のようなものもすぐに目に付く。この樹です。

 こわごわ近づく。
 目通り幹周3メートルの基準は十分満たしそうです。
 後で検索してみると、「木が切れず道路が木を避けて奇妙に曲がっている」……などと書いている記事にも出会いましたが、見ての通り、道は曲がっていません。
 おそらく他の話と混同したのでしょう……それっぽく書いただけのものが独り歩きしていくのはフォークロアのお約束ですが、書いて載せるならせめて自分の目で確かめに来いよって思いますよねえ。

 いや、それはそれ、話を戻して……

 えっ!?
 巨樹だと嬉しくなったのもつかの間、近づいてみれば、幹はとんでもない有様です。
 ど、どうしたんだこれは?

 切ろうとして切れなかったと言いますが、これはその時に負った傷ではないでしょう。
 砲撃でも食らったかのような瀕死の大怪我です。
 一瞬、別の樹がくっついてるだけか? とも思いましたが、明らかに大きな主幹が大破した姿です。

 痛々しい姿に、地元の方が供えたらしき酒瓶などが凄みを加えている。
 足元には砕け散った樹皮や残骸がまだ残っている。
 もしかすると、ここまでの状況になったのは最近のことで、傷んできた部分を人為的に引き剥がしたのかもしれません。

 孤立している状況、傷跡からすぐに予想できますが、原因は落雷でしょう。
 主幹頂部も折れ、枯れているので、まっすぐに引き裂かれて燃え上がったようです。
 これまでに見た落雷被害の中で一番ひどい部類かもしれません……。

 樹種は「ニレ」とあり、イコール「ハルニレ」のことです。
 日本にはハルニレ(春楡)、少し小柄なオヒョウ(於瓢)、関西にあるというアキニレ(秋楡)の3種があるそう。
 ハルニレが一番大きいのですが、それでもこの樹はかなり大きい個体のはず(最大個体は神奈川県「有馬のはるにれ」)。
 実際、吹っ飛ばされたような穴がなければ、今回の北海道行でこれ以上に大きいハルニレを見た覚えはありません。
 この大きさに成長するには、少なくとも2〜300年ほどは経ているのではと推測します。

 写真手前で鮮やかに黄葉しているのはすぐそばに生えた別種の樹(おそらくダケカンバ)ですが、ハルニレも健気に枝を茂らせ、「まだまだ生きてるぞ」とばかり葉を黄色く色づかせています。

 そして……そう、この樹が「泣く樹」である由縁ですね。
 それは、こんな物語……。

 切ろうとすると泣き声をあげ、どうしても切ることができない樹。
 日本各地に点在する怪談ですが、北海道開拓時代にあっては、「自然対人間」、「地霊対侵入者」という図式が浮き彫りにされているように感じます。 
 アイヌの悲しい物語は後で結びつけられたものと記されていますが、事実に基づいた話である可能性は捨てきれないでしょう。

 この辺りは1月の最低気温の平均がマイナス18℃という厳しい環境の土地。
 いつまでこの伝承とともに立っていてくれるものか……。
 偶然出会い、訪ねられて幸いでした。

 「不思議な泣く木」
 北海道勇払郡占冠村下トマム
 樹齢:200〜300年?
 樹種:ハルニレ
 樹高:20メートル程度
 幹周:3〜4メートル程度

 訪問:2018.10

探訪メモ:
 近く……とは言えないですが、有名な星野リゾートがある占冠(しむかっぷ)村。
 高速をここで降りれば、車で20分ほどです。

この旅については、「2018年・北海道東部巨樹探訪旅1」でどうぞ。

 手持ちの怪談本から、この樹の他に「北海道T郡の怨念の楡の木」、「夕張郡栗山町の泣く木(カーブが避けているというのはこの樹らしいが、現存しない)などが拾えました。
 どちらも切ろうとすると泣き声が聞こえ、場合によっては機械が壊れたり怪我人が出て、工事が中断されてしまうという。
 そして、不気味なことに、どちらもニレの樹なのです。
 これが何を意味しているのか……。

 科学的解釈は言う……
 ニレという樹種は身がしまって硬いため、ノコギリで引こうとするとすごく嫌な音を立てる。
 それこそ巨樹クラスの樹を無理に切ろうものなら機械を壊し、怪我人も出やすい。
 丸ノコやチェーンソーを使ったことがある人はすぐに想像できるでしょうが、節や芯材に当たってキックバックすると大変危ない。
 ましてや、未開の地で巨木を切ろうという時に、人が泣くような声を聞いてしまっては……気が動転して、犯すはずのないミスを犯してしまったかもしれません。

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