巨樹たち

山形県最上郡「滝の沢の一本杉(お化け杉)」

泥、林道、お化け杉

二度にわたる泥道との格闘……

 山形県最北部、最上郡真室川町。
 ただ車道を走っているだけでも山の深さにドキドキしてくる土地ですが、さらに林道へと踏み込み、林野庁「森の巨人たち100選」にも選出されている巨大な一本杉を目指します。

 東北の秋はハイスピード。紅葉に見惚れているとあっという間に冬に閉ざされます。
 鮭川村「小杉の大杉(トトロの木)」周辺が春まで閉鎖されるのを見ても察する通り、行くなら早く、と気が急く。
 無論、クマの恐怖もありますが、今回の巨樹までは林道を車で進めるという事前情報。
 ある程度安心していたのですが……東北のワイルドさでしょうか、そう簡単には行きませんでした。

 実はこのアタック、10月、11月と二度敢行しており、10月の方はスギに到達せずに引き返しています。
 秋口で急いでいるのは林業の方も同様で、4キロ奥までは行ったものの、絶賛作業中の方々に迷惑になるような気配だったのですね。

 それとまた、秋には秋雨があるんですよねえ……。
 下手すると台風まで来て、探訪時もなかなかの雨。
 ためにこの「滝ノ沢林道」は泥道と化してしまいました。

 ともあれ、県道35号沿いの看板を目印に林道へ降りていく。
 早くも「路肩崩壊」「一本杉まで行けません」との立札があり、判断を迫られます(当時)。

 行くか、行かないか? これはもう本当に自己責任です。
 この記事と同じ選択をして損害を被っても、当方は一切責任を負えません。
 そうお断りした上で。
 この時の自分はといえば、あくまで臆病者の感性を大切に、無理そうなら絶対に引き返す……ということで、「進む」を選びました。

 ほうら、いきなりヤバいことになっている。
 洗い越し……と言ったらいいのか、川の流れを突っ切ることになります。
 車高の低い軽自動車であれば、もはやこの時点でやめといた方が……。

 すぐに未舗装林道に。
 この辺は路面が締まっていて、寂しさ以外に感じることもないんですが、4.4キロという道程の1/3ほど行くと、その先国有林である旨の看板が立っています。
 立ち入り禁止ではなさそうですが、ここにも「先でどんな目に遭っても一切責任は負わない」という警告が見える。

 で、予告にたいへん忠実に、道が悪くなってくる。
 前述の通り、林業トラックが通行しているので車両通行不能ではない。
 しかし、地表がドロドログズグズで、材木を積んだ大型車によって掘られた轍がものすごく深く、地上高が高いSUVでも腹を擦る。
 轍を乗り越え、車体を傾かせて走破するわけですが、力のない車だとハマったきり抜け出せないかもしれない。

 コーヒー牛乳的水たまりもすごく深いし……。
 道幅はある程度ありますが、確かに片側が崖とか、丸太で支えてるところとか、、、
 ああ四駆でよかった! ……そういう局面を何度も経験します。
 二駆でも……まあ、うーん、多分行けると思いますが、……え、新車? それはやめといた方が身のためです。

 スピードを出す気になれず、15分以上かけて進むと分岐が現れますが、これを左へ下ってはダメです。
 一回目探訪時はこの下で林業者さんたちが大勢作業されてましたが、二度目の探訪時、試しに下車した一歩目が足首まで埋まるズブドロの田んぼ状態でした。
 うちのクルマさんも、あんなヌルヌルの斜面をよく登れたもんだよ。とちょっと感心。

 消去法・経験法にて、直進と理解。
 いやもう、ここまででも結構疲れていますが、この先さらにどんな酷い目に遭うのよ?
 身構えましたが、数十メートルで林道終点でした。
 そして……

「滝ノ沢の一本杉」、あらわる

 何の前触れもなく、横目に巨杉がぬっと現れる。
 これまでソワソワしながら走ってきたにも関わらず、不意をつかれて声をあげてしまいました。

 「滝の沢の一本杉」。
 雨中、嬉々として車を降り、三脚とカメラをセット、巨樹へと駆け寄りました。
 目通り幹周11メートル超、完全な単幹形状。
 何も言うことはない。これは、ただただ、でかい!

 一段下がった地表から林道レベルを超え、はるか上空まで立ち上がる樹高は50メートル近いとされる。
 どうしてもタテ構図でしか撮れない巨樹というものがあるものです。

 周囲の植林スギと全く異質な存在感、巨大さ。
 すぐ根元で振り仰ぐと、張りも色艶も良い樹皮の荘厳な眺めに見惚れてしまいます。
 山形の最北部に生息するスギ巨樹は裏杉であるべきで、根元から大きく分岐した形状であってもおかしくない。
 これほどの見事な直幹形状は、かえって奇異に映ります。

 この一本杉には異称があり、何を隠そう「お化け杉」というらしい。
 なるほどオバケじみた巨大さであるし、大きく広げた腕のような大枝は骸骨じみて暗く、刺々しい。
 悪天候の中、泥林道を走ったせいもあるか……かなり前向きに言っても陽気50:陰気50に留まる印象を受けました。  

 ものの本によれば、このスギは古来から狩人にとって目印の樹であり、集合場所や休憩場所とされていたそうです。 
 いつの時代からか根元に石仏が祀られており、注連縄を回されていた時期もあったらしい。
 その石仏はやはりいつの間にかスギに取り込まれ、完全に根幹の中に没した……。
 この幹の大きさ、勢いならば、何の不思議もない。

 実は、林道の分岐の左を下って行った先、ドロドロ広場の奥も一本杉へと通じています。
 周囲が小さな沢か、雨水が流れ込む湿地のようになっており、スギを巨大化させるための水を提供しているようにも見えました。
 もっとも、冬季はここも深い雪に閉ざされるのでしょう。

 揃いも揃って険しい立地で、「こんなの誰がコンプできるんだよ!?」 的印象の林野庁「森の巨人たち100選」の銀パネル。
 このスギを訪ね、ますますそう思いましたね。
 制定は2000年で、数値もその時のものでしょう。
 よくある昭和期の解説よりも現状に近い数値と考えられるはずです。

 しかし、斜面に生育しているこの一本杉の場合、どこを基準高さにとるかで幹周値は揺らぐ。
 11メートルまでない幹周を示している資料も別に存在しています。

 と、いう感じで、いかがでしたでしょうか……。
 東北の中でも真室川は奥地と言えるでしょうが、もし探索する勇気あらば、ぜひ見て頂きたい一本と言えます。
 苦労して会いに来てよかった。これでソワソワせずに冬を迎えられる。
 そう気持ちを熱くして戻る泥林道は、行きよりも(少しだけ)走りやすく感じられるのでした。

「滝の沢の一本杉(お化け杉)」
 山形県最上郡真室川町釜渕
 推定樹齢:300年以上
 樹種:スギ
 樹高:49メートル
 幹周:11.5メートル

 県指定天然記念物
 森の巨人たち100選
 訪問:2019.10、2019.11

探訪メモ:
 クマよけ鈴、防水靴、雨の前後の探訪では四輪駆動が欲しい。
 思い返せば、あの洗い越し(というか川そのもの)も行きと同じ水量であるとは限らず、リスキーでしたね……。
 くれぐれも自己責任、ご安全に!

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