巨樹たち

山形県最上郡「小杉の大杉」

トトロの木

 山形県の北部には珍しい(失礼)観光名所に行ってきました。
 鮭川村は最上でも屈指の清流・鮭川と林業で有名で、探訪時(10月末)でも曇ればもう9℃まで下がる寒い土地です。

 こんな土地に観光名所? それも巨樹がらみという。
 特に勿体ぶる気もありません。
 山形県最上郡鮭川村「小杉の大杉」は、あの有名キャラクターに似ているゆえに、全国的な知名度を誇る巨樹です。

 世界のハヤオ・ミヤザーキの公認を得ているかどうかは不明ですが、大杉へと入る農道入口にはこのような看板がいくつも設置されています。
 (そのものズバリで言ってるじゃないか……)
 などと思いながら、すれ違い不可能な細道に進入します。
 ミラーにおばあちゃんが写っていますが、この先が両側田んぼのカーブ。
 おばあちゃん、道を譲ろうとして手押し車に腰掛けてしまい……いやあの、それじゃ激狭……ああ、車の脇腹が針金みたいな枯コスモス叢にこすってキーキー(涙)

 たった一本の杉の巨樹しかないというのに、訪れる人はかなり多いらしく、10台ほど停められるちゃんとした駐車場、水洗公衆トイレ、パンフレットにポストカードも準備されていました。
 実際、この訪問時にも5、6組もの人たちが入れ替わり立ち替わり訪れていました。

 他の巨樹ではおよそ考えられない人気ぶりです。
 神社や他の観光地の力を借りず、巨樹単独でここまで人を招いているというケースは、他にあっただろうか……
 思い浮かぶのは最低でも国天クラスですが、いや、大抵の国天よりもよほど集客している。
 誤解を恐れず言えば、人気だけなら特天クラスだと言えるでしょう。

 駐車場から坂道を下っていくと、やがて大杉が見えてきます。
 ですが、この時点では、ジブリのジの字もない。
 かなりこんもりと樹勢の良い杉であることはわかりますが、トトロに見えるのは、樹の裏側からの角度。

 ああー、なるほどね。
 言わんとしていることはわかります。
 杉であるのに、こんなにこんもりとまん丸いシルエットになるのは珍しい。
 二本の耳状に綺麗に立ち上がって、よく出来ているなあと感心します。
 大きな欠損が全くない、これほど綺麗な樹冠だけでも貴重だと言えますね。

 逆に言えば、ただ「トトロの木」だというだけでは、スマホで写真1枚撮っておしまいです。
 あとは「これ知ってる?」「見て見て、いいでしょ」「良かったらいいねとリツイートシクヨロ」とかいう材料。

 いえいえ、滞在5分でお帰りになられるのも個人の自由です。
 しかし、強調しておきたいのは、「小杉の大杉」は、別にトトロでなくても見る価値ある巨樹だということです。

 巨樹の前に立ったなら、やはり幹を見なければ。
 この樹の場合、あまりにもガワの印象が強すぎ、また、葉の茂りがすごく濃いため、トトロの図を撮って帰ってしまう方が大半です。

 実際、書籍やマップにはトトロ写真しか使われない。
 そのため、トトロを構成する幹の状態がどんなものなのか? が謎だったのです。

 あの「耳」からして、二本の直立する杉が立っていて、枝張りが合体しているのでは……と予想したくなりますが、絡み合う枝に潜り込んで観察した実態、幹は一本なのです。
 そして、まっすぐでもない。
 地面すれすれからいきなり太い枝を分岐させる裏杉の特徴を見せつけます。

 一番状況が把握できる位置で捉える「小杉の大杉」、いや、あえて言えば、「トトロの中身」がこちらです。
 なんという裏杉むき出しの姿! 
 トトロなんざハリボテにすぎません、とか言うつもりもなく(言ってる)、この獰猛なまでの生育力には嬉しくなってしまいました。
 はるばる撮りにきて良かったと思わせてくれるインパクトは、ここにこそあります。

 縦構図でも。
 立地ゆえ全体が撮れないということはよくありますが、この巨樹の場合、懐に潜り込まないと幹が全く見えないので、幹を入れた全体像が存在しないという、変わったケースです。
 無数の枝の豊かな茂りが、まさしく放射状に立ち上がり、あの丸い、トトロめいたシルエットを内側から作り出しています。

 解説板には推定樹齢1000年とありますが、この茂りが1000年も生きた老杉に作れるでしょうか?
 化物めいた生命力を誇る裏杉(天然杉)に常識が当てはまらないことも知っていますが、もっと若いのではないかと推測します。
 3、400年が適当ではないかと、まあ根拠はないんですが、それ言ったら1000年も根拠がなさそうですよね。

 実際、トトロの図を撮るのが一番楽。
 木道に這いつくばったり、三脚をスパイダーさせたり……

 と、頑張っていると、思わぬ敵が出現しました。
 『トトロのナカミを盗撮! なんたる卑劣漢!』 
 とジブリ警察代行?のアシナガバチ(中を撮る時には他のお客さんは帰ってましたよ)。
 樹冠に巣があるらしく、怪しい挙動のためマークされてしまったようです。
 一通り撮らせてもらったので、退却することにしました。

 解説文。書かれていませんが、村指定天然記念物。
 「曲川の大杉」が本名ですが、集落名をとったとおぼしき「小杉の大杉」というこの名も、「大きい小さいどっちなんだよ!」的に面白い。

 修正前に推定樹齢が何年だったか気になりますが……樹齢なんて、いつも当てにはならないので、大丈夫です。笑
 それよりも、幹周囲6.3メートル、意外なほど小ぶりに感じる。

 数値だけでリストアップされた場合、地味すぎて見向きもされなかったかもしれない(こういうところが「小杉の大杉」?)。
 偶然にもトトロに似たことによって、この樹は注目を浴び、村に人を呼び、保護心にもつながったのでしょう。

 「今時のうまいやりかたは、こういうのだぜ?」
 したたかで、どんな手段でも使って生き延びる裏杉が喋れたら、それくらいは言うかも?

「小杉の大杉(曲川の大杉)」
 山形県最上郡鮭川村大字曲川
 推定樹齢:1000年
 樹種:スギ
 樹高:20メートル
 幹周:6.3メートル

 村指定天然記念物

 訪問:2019.10

 探訪メモ:
 入り口の道がすれ違えない細さである以外は長閑な風景が続き、悪路はありません。
 長閑すぎるほどなので、居眠り運転には注意。
 また、最上の冬は相当なものでしょう。

 ※3月いっぱい、冬季閉鎖されるようです。
 くわしくは「鮭川村観光協会ホームページ」で確認できます。

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