巨樹たち

東京都文京区「本郷弓町のクスノキ」

ビルの谷間の大クス

 東京23区内の巨樹を訪ねて撮る!
 と決めたからには、「都市と巨樹」の構図を突き詰めてみたくなるものです。
 写真撮りの欲望は露骨なもので、見た目に驚きのあるとびきり大きな樹を見たい。
 そんな都合の良い巨樹があるわけが……と調べてみた時、白羽の矢が刺さりまくるであろう巨樹が、この「本郷弓町(ほんごうゆみまち)のクスノキ」です。

 「渋谷で5時」などという旧友との約束のもと上京してしまったため、三脚を持ってきていません。
 しかし、大クスの所在地に近づくにつれ、こりゃ三脚立てて撮れる環境じゃないなあ……という気がしてきました。

 下に示すGoogle mapもぜひ拡大して見ていただきたい。
 東京都文京区、東に湯島天神、西に後楽園球場(東京ドーム)……いや、本当の本当、大都会東京の真っ只中です。
 車がガンガン通る幹線である春日通りから数十メートル。
 たったそれだけの距離のところに目通り幹周囲8メートルを超える大クスがあろうとは、誰が想像できるでしょうか。

 大クス。誇張なく大クスでした。
 こういうのも全く失礼な話ですが、「東京の街中にあるにしては大クス」とか「いわば大クス」であるのかと思いきや、「紛れもない大クス」であることに驚かされます。

 データによれば、幹周囲は8.5メートル
 しかし、高さ1.5メートル地点での測定とのことで、見ての通り漏斗状の立派な根張りがあるので、公式高さ1.3メートルでの測定ならばより大きな数値を記録するはずです。
 巨樹あるあるですが、解説板の指定年月(昭和54年)に計測したきり更新されていない可能性も……?
 東京だからさすがにそれはないでしょうか? 実測してみたかったです。

 ぜひとも注目したいのが、この旺盛な樹勢
 アスファルトとコンクリートに埋め尽くされた只中に孤立しているのに、独りで森を作りあげようとしているかのような意欲を感じさせてくれます。
 常緑のクスだから、冬に訪ねても青々と葉が茂っている。灰色ばかりを見慣れた視線が自然と吸い寄せられるような美しさ。
 このギャップ、感動を呼ぶのに十分なものがあります。

 三脚はヒューマンスケール(人物の大きさをモジュールにした対比写真)を撮るために欲しいわけですが、ここではひっきりなしに通行する方がおられます。
 失礼がない程度であれば後ろ姿を入れさせて頂き……、いやむしろ、人が入らないように撮る方が難しいかも。

 通りから見て、クスの後ろ側は背の高いマンションが立っています。
 建築物の日影規制によるのか、セットバックしていて、そこに大クスが立っているような感じ。
 もとい、何百年も前からクスがあったことは確かなので、それを基準に道が切られ、建物が建ったのですね。
 日影規制といえば、このクスが作る日影が建築法規的にどのように扱われているのか、ちょっと気になります。

 過密都市・東京に無理やり巨樹がはめ込まれてしまったかのよう。
 そんな中でも、できるだけの枝張りを残そうという管理者の方の暖かい意思が見て取れます。

 本当にビルすれすれだ。
 反対側は電線ぎりぎりまで枝を残し、アンバランスにならない程度の剪定が定期的に行われているようです。
 床屋さんに月イチで通っているイメージ。
 そこも何とも、大都会の身綺麗な老紳士のようではありませんか。

 東京の歴史とともにあり続けてきた樹です。
 Wikipedia調べるだけでも、かなり多くの記録が出てきます。

 江戸時代、このあたりは御弓組与力同心が屋敷を置いていたため「御弓町」と呼ばれていた
 江戸末期の本郷界隈の切絵図では、この付近は「甲斐庄喜右衛門」という旗本の屋敷であったが、この甲斐庄氏が楠木正成の末裔を自覚していたらしい。
 誰が植えたかは定かではないようですが、大阪でよく見られるように、楠木氏のシンボルとしてこのクスを大切にしていた……ということではないでしょうか。
 旧お武家屋敷出身という共通点を持つ港区「旧細川邸のシイ」とともに、江戸・東京の歴史に触れられて興味深いです。

 その後の大震災も、大空襲も、ここから一歩も退かずに生き延びた。
 これほど立派で健康な樹ですが、ここは「谷中のヒマラヤスギ」と同様、天然記念物には指定されていず、文京区の保護樹木止まり。それでいいのか? と少し不満に感じました。

 しかし、マンションの方ではむしろこのクスとの生活をウリにしている様子。
 確かに、実際見れば、「この樹を毎日眺められるのは幸せだろうな」と思う。わかる。
 クスにとっても、日照が限られる代わり、強風や落雷からはビルが守ってくれるはずです。
 人と、巨樹と。双方、健やかな暮らしが今後も長く続きますように。そう願わずにはいられません。

「本郷弓町のクスノキ」
東京都文京区本郷1丁目28−32
推定樹齢:600年
樹種:クスノキ
樹高:20メートル
目通り幹周:8.5メートル

文京区指定保護樹木

訪問:2020.2

 探訪メモ:
 駐車場、ありません。複数の駅から徒歩圏ですので、徒歩で見学を。

 最寄ビルにイタリアン、お向かいにも飲食店がありますので、時間内なら、クスを眺めながら食事できると思います(そうしたかった……)。

 司馬遼太郎先生の本にも取り上げられるなど、有名な樹なので、これからも保護には期待できそうです。
 健康な樹なので、ネット上のコメントも好意的なものが大半。健康は大切ですね。
 自分のように30分もぐるぐる撮っていく人間は珍しいようですが、長い時間をともにしたくなる居心地の良さがありました。

8件のコメント

  • さかした

    数年前狛さんに教えてもらって行って樹と街がマッチしていてとてもよかったんですよね。
    そうそう幸せな空気が流れてますよね。
    行く途中に真砂坂からスカイツリー眺めたりクスノキの対面の教会が素敵な建物だったりクスノキ以外にも楽しめる。
    最近ご無沙汰なのでまた行こうかしら。職場から近いし。

  • RYO-JI

    大都会東京にあるとは思えないサイズのクスですね。
    でもそんな思いをこのクスに聞かれたら、逆にコッチが怒られそう。
    『いや、ワシはもう何百年も前からココにおるんや。お前らが後から来てビルやら何やら建てたんやろ!』(何故か関西弁)。
    それでもこうやって元気に残っていることが奇跡に近いと思います。
    寺社の境内にあるなら保護されて残っているのも頷けますが、これってそうじゃないように見受けられますし、
    これだけのサイズなら真っ先に建築用に伐採されていそうなのに。
    しかし大阪の楠木氏関連のクスを知る身としては、このクスも同じようにシンボルツリーとして大切にされていたのでは?
    という推測には大いに納得できるものがありますね。

    それにしてもビルの中に佇む姿が物凄く新鮮です。
    嘘みたいに(笑)。
    巨樹巡りをしていてこういう光景はまぁありませんからね。
    私もこれはチェック済の巨樹ですが、東京に行く機会がまったく無くてですね、残念ながら。

  • to-fu

    うーむ。ここの近くも何度も歩いてますが全く記憶にない…
    ここから徒歩1~2分程度の秋吉で何度かやきとりを食べた記憶ならあるんですけど 笑
    視点が変わるというのは物凄いことですね。
    今はむしろこんなクスが立ってるのに印象に残らないなんて頭おかしいんじゃないの?と思ってしまうのに。

    それにしても本当に素晴らしいクスです。こんな酷いところ(随分な言いようですが)でもクスは立派に
    育つのだなあと感心してしまいました。根回りなんてガッチリ固められちゃってるのに。
    改めて思うと東京って意外と緑が多いですよね。ちょっと電車に乗ればすぐ山間部にも行けますし。
    もう若くないので流石に二度と住みたくありませんが、たまにはふらふら歩くのも悪くないですね。
    僕もなんだかんだ昔住んでいた馬込のあたりは毎年散歩に寄ってしまいます。

    私も大阪や奈良、地元京都でも電車移動や都市ど真ん中のときはまず三脚を携行しませんね。
    せめてヒューマンスケール兼記念写真用としてGRとゴリラポッド的なミニ三脚くらいは
    あってもいいかも、と毎回思うんですけど、かばんを変える時に移すのが億劫なんですよねえ。

  • さかしたさん>
    東京といっても、奥多摩や島嶼ではなく、ど真ん中にこんな巨樹があるとは驚きです。
    しかも、そう、行ってみると、皆がこの樹を大切に思っているのがわかりますよね。
    谷中から水道橋まで歩いて行きましたが、そこそこ起伏もあり、見所もあるし、良い写真散歩になりました。
    いつ行ってもクスは緑が多いし、定番コースにしてもいいなと思います。

  • RYO-JIさん>
    なぜか関西弁笑……でも、クスに喋らせたらと思うと、西の方の言葉ですよね。そう決まってる。
    クスには生命力の強さももちろんあるでしょうが、都市への適応力がかなりあるんでしょうね。
    大阪の街中にも薫蓋樟のような大物が鎮座していますし、九州でもわりと街中にいます。
    環境とともに、確かに、御神木ではない樹を大切にするというところ、江戸っ子の粋なはからいなのかなと思います。
    戦災も、用材にされる危機も抜けている。すごいことです。

    この眺め、稀少ですよね。
    多くの都市計画が植生と生きることをテーマにするでしょうが、ここまでのもの、本当に巨樹と生きているということを見せてくれる。
    これからも共存していってほしいですね。

  • to-fuさん>
    いや、それは僕もですよ! 後楽園周辺ぐるぐるも含め、道自体には(この横道は曖昧ですが)既視感あります。
    当時はGoogleMapもなかったと思うので、それはそれですが、それにしてもこんな立派な巨樹なら見つけて撮っていない方がおかしいのに。
    なんかおもしろいもんないのかな〜、とずっとやってたわりに、こうなんですもの、自分にあきれます。

    もちろん、多くの人の尊敬を受けることで綺麗な姿のまま保持されるということはあるでしょうが、尊敬を受けても、こんな高高度の都市の圧迫は、普通樹を殺すものです。
    クスは本当にたくましいな、と、惚れ惚れしました。
    おっしゃる通りで、今歩いていると、3メートルクラスのイチョウやクスなどが次々目に飛び込んできます。
    上野公園や東大敷地内にもクスの大木が並木を作っていました。
    僕も久々に歩きましたが、こういう角度からも魅力が多い都市なのだなと感心しました。

    大都市圏での三脚携行は辛いですね。身ひとつだし、何かと買い物してしまったりもするし……。
    その時のヒューマンスケールの撮り方を考えねばと思いましたが、結局通行人の方に入れさせていただいて。
    15-30mmを付けてしまったら、ますますコンパクト三脚から遠のいてしまい……笑

  • 福光 寛

    ここは本郷三丁目の駅からは歩くと、本郷台中学の裏の裏になるため、分かりにくい位置にあります。そのため、何かの間違いでこの辻に入らないと気がつかないのではないでしょうか。ただ立派な大木ですし、根本をみるととても大事にされていることがよくわかります。

    • 福光 寛さん>
      確かに、ビルの谷間に入ってしまっているので、もしGooglemapなどが普及していなかったとしたら、近くに通勤などしていても案外気付かないかもしれませんね。
      これほどのクスなのに……とも思いますが、この立地にこれほどのクスが今も健在だという事実にこそ驚きます。
      都市と緑の共存は東京はじめ大都市が目指す理想のはずですが、その成功しつつある一具体例だと言えると思います。

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