巨樹たち

東京都台東区谷中「谷中のヒマラヤスギ」

谷中のシンボルとも言えるヒマラヤスギ

 東京で町歩きを楽しむ方であれば、おそらく誰もが知っているであろう巨樹……そう言える存在だと思います。
 カメラやスマートフォンで写真を撮り歩くのがむしろ普通な今時、「こんな街中に巨樹が!」と驚き、一枚撮るのにぴったりなインパクトを与えてくれます。
 昭和レトロな街並みで人気の台東区谷中、「谷中のヒマラヤスギ」を訪ねました。

 十代の終わりから15年あまり暮らしていたので、東京の街歩きはノスタルジーに浸ってしまうところがあります。
 特に谷中辺りは、カメラを買ってすぐ足を運んだところでもあり……と、思い出話を始めるとキリがないですが、当然このヒマラヤスギの巨樹も見ています。そして、その大きさと場違い感に驚き、何枚も撮っている。
 その頃はデジタルカメラも黎明期中の黎明期。フィルムカメラとどっちが優れているか? という論争もまだ熱く、自分としてはフィルム派でした。実家の箱の中を探せば、この樹を撮ったネガがどこかにあるはず……。
 実際、似た経験を持つ方は多いのではないでしょうか。

 御徒町〜上野界隈を流しつつお昼を食べ、谷中まで歩いてきました。
 高層ビルのない地域にそびえる樹高20メートル超の巨樹ですから、遠くからでもその樹冠がよく見えます。

 こんな街中の道の真ん中に育っているだけでも個性としては十分ですが、いかにも谷中レトロというか、小さなパン店がくっついているのも目を楽しませてくれます。

 いやほんと、お変わりなく……と言いたいのですが、真新しく切断した木口がすぐに目に入りました。
 伐られている……。
 事情を知らなければショックを受けるような眺めです。

 調べてわかったのですが、去る10月の巨大台風のおり、分岐した幹の一本が折れてしまったそうです。
 分量にしてこの巨樹の1/3ほどもありそうな幹・枝が崩壊し、パン店と道の上に倒れてきた。
 数日間通行止めになるなど、大変だったようです。

<東京新聞の記事>
「ヒマラヤスギ、幹の一部折れる 谷中のシンボル 樹齢100年」

 現在の姿を眺めていると、どうしてそこから折れてしまったのか不思議に思いますが、部分的な空洞化や亀裂があったのでしょうか。
 全倒壊しなくて本当に良かったと思いました。
 あんな巨大台風の中で立っていなくてはならないなんて、巨樹たちの身に何が起きても不思議ではないですからね……。
 パン店もぺしゃんこにはならなかったようで、良かったです。

「こんなところにヒマラヤスギ……?」
 と誰もが首をひねるとおり、当然、自生していたものではない。
 新聞の記事にもありましたが、根元にある「みかどパン店」の現店主の方のお祖父さんが植えられたもののようです。

 鉢植えだったヒマラヤスギに……よっぽど可愛かったのでしょう……米の研ぎ汁を与えて育てていたら、どんどん大きくなってしまい、地植えに切り替えたところ……今のこの有様です。
 大きくなる樹を植える時は要注意! という教訓でしょうか。
 当然、ご苦労もたくさんあったことでしょうが、時を縮めて考える時、樹の健やかすぎる成長にはなんとも言えないコミカルさを感じてしまいます。

 06年に台東区の保護樹木指定にされ、現在の所有者もパン店の方だそうです。

 それにしても、この立地。一度見たら忘れ難いものがあります。
 巨樹探訪を目的にずいぶんと方々に出かけるようになりましたが、宿がなければ車で寝ればよい! と強気になれるとしても、東京23区はそもそも、車を停める場所がありません。
 高い駐車料金を払った上、自分もホテルに寝ているようでは、次の路銀があっという間に枯渇です。
 しかも、こんな人通りひっきりなしの路地に乗り入れ、停めるところを探すなんて……想像するだけで悪夢。

 そういうワケで、東京23区の探訪は難物に思えてしまい、後回しにしてしまっていました。
 やるとすれば公共交通と徒歩。しかし、それをいつやるか……遠くないのに、四国の秘境に行くより気が重い。
 東京時代の旧友から誘いがかかった時、真っ先に思い浮かんだのがこの課題、そしてこのヒマラヤスギの姿だったというわけです。

 折れる前のこんもりと丸く美しい樹冠を知っている身として、現在の損壊した姿はかなり痛々しく感じます。
 これだけの部分を失ってしまって、今後重量バランスや樹勢に影響が出ないかも心配です。

 しかし、あれから3ヶ月が経った冬の日でありながら、葉は青々としている。
 何より、「アスファルトのど真ん中からこんな大きな樹が……」という、初めてこの巨樹に出会った時のたくましい印象が強く、この樹がこれで枯れてしまうはずはない! と信じたい気分にさせてくれます。
 樹齢100年という若さもある。まだまだ幹は空洞化していはいないだろ? と期待をかけたくなります。

 この三叉路がまだ舗装されていないような頃から立っている大都会の巨樹。
 深い雪の重みでうねった巨杉や急斜面に立つカツラを見ると、過酷な環境で生きることの凄まじさを感じますが、この樹はそれとは全く異なった過酷さと闘って生きているように感じます。

 今回の巨大台風による折損が発生するより以前から再開発計画で伐るという話があり、反対派の署名によって守られたりしていたようです。
 数年行かないとまるで風景が変わってしまう感のある東京、そういう話があるのも当然かもしれません。
 しかし、この樹のように強い印象を残す古来からのランドマークをあえて破壊していくというのは、都市計画としてそもそも破綻しているのではないか? と、素人は思うのですが。
 それを繰り返して成長してきたのが今の東京、日本なのだと言われればそれまでかもしれませんが、未来へ向かうモノの考え方として美しくないのは確かです。美しくなければ、都市計画としてはまず失敗でしょう。

 今、巨樹を追いかける目で改めて見てみて、これほど印象深く、珍しい樹が天然記念物指定になっていないという点にも注目すべきと思いました。
 パン屋さんが最近植えた樹だからでしょうか?
 いや、邪推すれば、伐る気になればいつでも伐れるようにしてあるのだと思えてしまいます。
 もし、今回の台風の一件で怪我人が出ていたら……そう思うと、今回この樹を再び見ることができたのは幸運なのだとも思えました。
 もちろん、所有者であるパン店の後継がいるか……という問題もあるでしょう。

 この樹自体、大都会・東京の粋さの象徴のような存在なのではないかと思います。
 今後も、東京の粋な計らいを見ることができるように期待したいものですね。

「谷中のヒマラヤスギ」
東京都台東区谷中1丁目6−15
樹齢:100年
樹種:ヒマラヤスギ
樹高:20メートル
目通り幹周:4メートル

台東区指定保護樹木

訪問:2020.2

 探訪メモ:

 当然ながら駐車場は無し。
 山手線日暮里駅などから谷中散策に組み込んで歩くのが楽しく、楽だと思います。
 夕方の路地散策などで撮るのが良いですね。
 終始人や車が通るので、周囲には気を配って。
 みかどパン店自体は撮影を拒まれています。

 

周囲の声など:
さすが東京、Google mapのレビューだけ見てもたくさんの感想が上がっています。
外国人の方の投稿も。
「東京の悲しい物語(東京)」「東京傷情故事」と書いてあるので、何かこの樹にまつわる悲しい故事があるのか? と思ったら「東京センチメンタル」というドラマに映っていたということのようで。笑

4件のコメント

  • to-fu

    新サイト開設おめでとうございます!
    いつの間に!ですね。驚きました。そして素晴らしい出来ですね。
    実は私もサブドメインを取得して、そちらに巨樹ログのクローンだけ抜き出す作業を試みたんですが
    あまりに面倒くさくて八ッ場ダムの工期並みに伸び伸びになっています 笑
    あとは下手に長年やっているためサイト評価も少しは上がってしまっているものですから、
    やはり本サイトに公開した方が検索順位もずっと良かったりして…どこかのタイミングで
    巨樹ログだけ見やすくまとめないと、とは思ってるんですけどねえ。

    そしてこの谷中のヒマラヤスギ。
    パン屋にお墓、この光景は見覚えがありますよ。何度も撮り歩きました。
    でもヒマラヤスギとなると、あったかなあ…と記憶があやふやだったり。
    興味がない時代だったので本当に視界に入っていなかったんでしょうねえ。勿体ない。

    あまり考えたくありませんが、このパン屋さんが無くなってしまったらきっと…
    狛さんも仰るように、その瞬間を待ち望む方々の魂胆が透けて見えるようで何だか嫌な感じです。
    想像以上に大きくなってトーテムポールのように枝葉をぶった切られた街路樹を見ても感じることですが、
    人間の都合だけで樹木がぞんざいに扱われるのはいかがなものかと思いますね。
    せっかく大きく成長できたんだ。何とかこう、上手い付き合い方はできないものかな、と。
    このクラスの目立つ巨樹なら保護しようとする勢力も存在するはずなので、頑張っていただきたいですね。

  • coma

    to-fuさん>
    初コメント、ありがとうございます!! お名前が自動で大文字化してしまうのはどうにかしたい!!
    ワードプレスは勉強しながらなのでお恥ずかしい限りなのですが、ひとまずコンテンツを作れるまでは行けたと見て、作業しながら学んで行きます。
    フリーのブログでもできない事はないんですが、やっぱり十数年の雑味がすごくて。煮詰めて固めたいなと思いますね。笑

    車では行けない東京街中の巨樹ということで、思い浮かんだのはこの樹でした。
    スナップで何度も撮ったあの樹……どうしただろう? と、そんな思い出し方。
    どうやら当時の自分にも、スギとヒマラヤスギは違う、くらいの感覚はあったらしく……でも、このY字路の方が気になったのかもしれません。当時、路地は好きでしたからね。

    巨樹を見て回ってこの樹を見に行った時、えっ、天然記念物じゃないんだ? というのはちょっとしたショックでした。
    記憶の中の美化された像に劣らず立派で個性的な樹なのに……と。
    この樹を伐るか残すかで、谷中の度量を測ってしまいそうです。
    無くすのは一瞬でできますが、共存するのは難しい。
    ……でも、そんなに難しくて価値がないことなのか? と思うのは、やっぱり僕が部外者だという証拠なのでしょうか。

  • RYO-JI

    広角ズームに専用サイト開設・・・スゴイ、いつの間に。
    いや、おめでとうございます。
    絶対に巨樹専用サイトを開設すべきだとずっと思っています、私も。
    でもねぇ、諸々の作業や勉強を想像するだけで心が折れてしまって手が出ません。
    だからこそ狛さんが実行し始めたのには大賛辞を贈りたいと思います。

    そしてこのヒマラヤスギ、誰かの写真で見た覚えがあります。
    この辺りをスナップする人は多いみたいですね。
    そんな人達には、このヒマラヤスギとパン屋の光景は撮らずにはいられないでしょう。
    都会には貴重な地域にとけ込んだ樹なので、是非ともランドマークとしてでも残していただきたいです。

  • coma

    RYO-JIさん>
    コメントありがとうございます!
    優柔不断なので、ひとつ動かすまでは人の何倍かくどくど考えてしまいます。笑
    それゆえに、やりながら直していけばいい! とスタートすることにしまして。
    広角レンズも、どっちかというとそんな感じです。
    勉強は気が重いですが、いつも何かしら新しいことをやると、正当な逃げ道にもなるし、いいですよね。
    RYO-JIさんの探訪記も貴重な資料であり、単純に良い出来なので、大切に扱ってしかるべきだと思います。
    ともに、どんどんやっていきましょう!

    谷中・根津・千駄木、「谷根千」は、お散歩フォトの聖地みたいな街ですから、かなり多くの人の写真に写っていると思います。
    東京は建物も面白いですが、それらとともに100年の歴史を生きてきたこの巨樹も、大切にしてほしいですね。
    この突然現れてびっくりする大きな姿、大好きです。

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